整えられた熱狂、揺らぐ笑顔
ツアーも後半戦に差しかかった頃。
ある地方都市での公演を終えた会場前は、まだ熱を帯びていた。
特設のバリケードで仕切られた“ファンゾーン”には、数百人の観客が整然と集まっている。
「ここで待てば必ず会える」という仕組みはすでにファンの間に浸透し、群衆は一方向にまとめられていた。
ペンライトや手作りの横断幕を掲げながら、期待に声を弾ませる。
ファンゾーンの先、黒塗りの車がライトを灯して到着すると、ざわめきは一気に膨れ上がった。
「やばい、もうすぐだ!」
「専用車来たよ!」
◇
やがて会場の扉が開き、光とチーム光が姿を現した。
歓声が爆発する。
「光くんー!」
「ありがとう!」
「最高だったよ!」
光は自然に笑って手を振りながら声を張った。
「ありがとうー! 盛り上げてくれて、俺もめっちゃ楽しかったよー!」
その一言にファンゾーン全体が震えるように沸き立つ。
最前列のファンにはさらっとサインをして渡し、海外から来た観客にはにかっと笑って「センキュー!」と返す。
ほんの数秒のやり取りだが、次々に涙や歓声を生んでいた。
短い交流を終えると、光は改めて振り返り、深く頭を下げた。
「本当にありがとう! また会場で!」
スタッフの合図で専用車のドアが開き、光と仲間たちは乗り込んでいく。
◇
ドアが閉まった瞬間。
さっきまでの熱気が嘘のように遠のき、車内は静寂に包まれた。
エンジン音とタイヤの擦れる音だけが響く。
後部座席。
光はシートに身を預け、少し遅れて大きく息を吐いた。
「……ふー……毎度ながらすごかったね。あんなに来てくれるなんて、なんか毎回人増えてない?」
「公演に当たらなかった人も来てたりするからね。」
「SNSを確認すると、かなり遠くから来ている方もいるようで人数の予測が難しいところですね」
光の言葉に笑みは宿っている。
けれど――どこか薄い。
マリ姐はタブレットを開き、次のスケジュールを確認していた。
「明朝の移動は五時発。ホテルに着いたらすぐ休ませるから」
その声音はあくまで事務的だった。
詩音はスマホを睨み、警備隊からのレポートに目を走らせている。
「人の流れは問題なく管理できています。ただ一部、想定以上の滞留が……」
額に皺を寄せながら、処理に没頭する。
二人とも、光の様子に目を向ける余裕はなかった。
◇
ただ一人。
雪だけが、その横顔をまっすぐに見ていた。
(……声に張りがない。顔色も白い。笑ってるけど……)
「光、はい」
彼女は持っていた水を差し出す。
「ありがと」
光は受け取り、喉を潤すと、すぐに空元気のような笑みを浮かべた。
「大丈夫、大丈夫」
そう言いながら、窓の外の街灯を眩しそうに目を細め、額に手を当てる。
……けれど、その手がかすかに震えているのを、雪は見逃さなかった。
胸がぎゅっと掴まれるように痛む。
「大丈夫」――その言葉が、無理を隠すためのものであることを、彼女は知っていた。
◇
「次はどんなリクエストかな」
光が明るく言って笑うと、マリ姐と詩音は顔を上げ、「まったく調子いいこと言うんだから」と苦笑する。
車内に小さな笑い声が広がり、先ほどまでの緊張が和らいだ。
ただ雪だけは、その笑顔の奥に潜む影を見逃さなかった。
(……誰も気づいてない。でも、私はわかる)
光の肩にそっと視線を落としながら、胸の奥で静かに言葉を重ねる。
(無理をしても笑ってしまう人だから。だからこそ――気づいてあげるのが私の役目)
(支えることしかできないけれど、それでいい。隣にいて、大丈夫だよって伝える。それが私の場所だから)




