ツアー中盤3:詩音ママプロデュース “管理された危険”とは
全国ツアーは折り返しを過ぎ、熱狂は膨張を続けていた。
どの会場も満員。地方の小さなホールで起きる出来事が、毎夜トレンドを塗り替える。
——前夜、詩音は母にSOSを出し、「目的のために人脈を使え」と告げられた。
その数日後、ツアー先のホテルで会議が開かれる。
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♦︎ 会議:方針の転換
昼の静かな会議室。机の上に広げられたのは、次会場の周辺図だった。
詩音ママ直属の大柄な女警備隊長が図面を指し示す。
「奥様の方針は“管理された危険を設け、そこを完璧に守る”です」
マリ姐が眉をひそめる。「あえて晒すなんて危険すぎる」
詩音も声を落とす。「完全にガードした方が確実では……」
隊長は静かに首を振った。
「光さんの魅力は“近くに感じられる自由さ”にあります。それを奪えば、熱は冷めます。
ですがその自由さを無防備に許せば、混乱と事故につながる。だからこそ“こちらが作った危険”を舞台にするのです」
マリ姐は腕を組み、なおも渋い顔をする。
隊長は畳みかけた。
「この策で同時に叶うものがあります。安全性。ファンの満足度。話題性。そして、最も重要なのが光さんの心の安定です。
“危険”をなくすのではなく、管理して演出する。奥様のお言葉です——“檻に閉じ込めた鳥に、観客は魅了されない”」
その一言に、マリ姐は沈黙したのちに深く息を吐いた。
「……なるほど。檻の中の光なんて、確かに想像したくない。承知しました。お任せします。ただ本当に、光のことをよろしくお願いします。」
マリ姐は深く頭を下げた。
詩音は頷きつつも、胸の奥で悔しさがじりりと疼いた。
(……私には思いつけなかった。母様は光さんのライブを本当に見て理解しているんだ……)
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♦︎ 本番:管理された危険
会場周辺には、すでに数百人のファンが詰めかけていた。
これまでなら雑然と散り、警備を圧迫するだけの群衆。
だが今日は違う。警備員が柔らかい笑顔で誘導し、ロープで仕切られた“ご挨拶エリア”へと人々を自然に流していく。
SNSにも事前に噂が流れていた。
「今日の会場、最後に光くんに会える場所あるらしい!」
「運が良ければ手振ってもらえるって!?」
期待と興奮で熱を帯びつつも、列は整然と続いた。
やがて。
光が、短い導線を歩いて現れる。
——一瞬で、歓声が爆発した。
「光くんーーー!!」
泣き叫ぶ声、震える声。
だが押し合いは起きない。誰もが「ここなら会える」と理解しているから。
光は立ち止まり、笑顔で手を振り、「ありがとう」と口の形で告げる。
わずか数十秒。けれど群衆は泣き崩れ、歓喜に震えた。
スマホを掲げる手が林立し、その動画は即座に拡散された。
『押し合いゼロで神対応!』
『地方で奇跡みたいなシーン』
『危なげないのに距離は近い、理想的すぎる』
『最近の感じ心配してたんだよね。今日は大丈夫そうで安心した』
数分でトレンド上位に食い込んでいった。
——危険は消えていない。だがそれは完全に“こちらの舞台”で制御されていた。
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♦︎ 光の顔
裏口に戻る途中、光はまだ笑っていた。
「すごいなぁ……!みんな、あんなに喜んでくれるんだね!」
その顔は、ここ最近ライブ後には見せられなかった表情だった。
緊張や疲労の影が抜け、ただ嬉しさだけを湛えた笑顔。
マリ姐は少し驚いたように目を細め、詩音は胸の奥が熱くなった。
雪は隣で水を差し出しながら、同じ笑顔につられてしまう。
(——これだ。光がこうして笑えるなら、全部やる価値がある)
三人の心に、確かな安堵が広がった。
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♦︎ 実はお母様は...
袖でマリ姐は呟いた。
「……危険すぎると思ったけど、ここまでコントロールできるなんて」
詩音は黙って見つめる。(安全も自由も両立できる……母様は全部見えていたんだ)
車に乗り込む前、警備隊長がそっと詩音に耳打ちした。
「奥様、詩音様からこんなふうに頼られて、初めてだってとても嬉しそうでしたよ。珍しく声が弾んではしゃいでいました」
さらに小さく微笑む。
「実は奥様、お忙しい中でも毎回ライブをご覧になっています。詩音様が関わっているから、と。厳しく見えて、実はとても子供想いの方です。……これは、ここだけの話で」
詩音は言葉を失い、胸の奥がじんと温かくなった。
(次は、私の力で守る。必ず——)
外の歓声を背に、車は静かに走り出した。
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無秩序な危険から管理された危険へ。
混乱を舞台に変える術を学んだチーム光。
この日を境に、ツアーは目に見えて安定し、より大きな熱狂を抱えながらも確かな軌道に乗っていった。




