ツアー中盤2:嵐の渦中で
全国を巡るツアーは折り返しを過ぎ、熱狂は加速度的に膨れ上がっていた。
どの地方都市でも、ホールの周囲には長蛇の列ができ、倍率数百倍の抽選を勝ち抜いた観客が奇跡を体験する。
だがその熱は、次第に舞台の外へも溢れ出していく。
今のチーム光の器では、扱いきれないほどの熱狂となっていた。
◇
ある夜、公演後。
楽屋口のドアが開いた瞬間、スタッフが青ざめた顔で戻ってきた。
「外、出待ちで埋まってます! 数百人規模で……車、出せません!」
ざわめきが走る。
悪意のある暴徒ではない。みな「会いたい」だけのファンだ。
だが、その純粋さがかえって壁となり、出口を完全に塞いでいた。
「別ルートを使うわ!」
マリ姐が即座に立ち上がり、スタッフへ指示を飛ばす。
「先に車を回して! 表口は無理、フェイントで一度機材搬入口を開けるの!」
まるで軍の指揮官のような声が飛び交い、現場は一気に緊張に包まれた。
◇
詩音は涼しい顔を崩さずにスマホを叩き続けていた。
――精一杯の手を尽くしているだけに、その胸中は焦りでいっぱいになっていった。
(……先週、警備を二倍にした。動線も改修した。それでも人の波が追いつかない。
“十分なはず”の対策が、ほんの数回で陳腐化するなんて)
資金も人脈も投じてきた。計算の上では守れるはずだった。
けれど光の名前が動くだけで、そのすべてが追い越されていく。
(この膨張の速さには、理屈も計算も通じない。
倒れたら終わり――絶対に倒させない)
顔は崩さない。けれど、タップする指先はかすかに震えていた。
◇
出口へ向かうわずかな廊下。押し寄せる声が壁のように響いていた。
「光くん!」「出てきて!」
ほんの数メートル先に熱狂の群れがある。
「今!」
マリ姐の声が飛ぶ。スタッフが一斉にフェイント移動を仕掛け、機材搬入口が一瞬開かれる。
光と仲間たちはその隙を縫って走り抜けた。
◇
フェイント移動が成功し、裏口から専用車に飛び込む。
車内に乗り込んだ光は、肩で息をしながらも窓の外を眺めて笑った。
「すごかったね……冒険ごっこみたいでワクワクした!」
雪は即座にその隣に身を寄せ、水を差し出す。
「……怖くないよ。大丈夫だから」
小さな声。手の温もりが、乱れた呼吸をゆるやかに落ち着けていく。
(楽しそうに笑ってるけど……本当は無理してる。わかるよ、光)
雪はその笑顔の奥にある緊張を見逃さなかった。
◇
街を揺らす熱狂。
それを受け止めるには、ツアーの器があまりに小さい。
マリ姐は胃を押さえながら段取りを練り直し、
詩音は資金と人脈を総動員して警備を積み増し、
雪は静かに隣で支え続ける。
だが、嵐の渦中、光を守る者たちの焦燥と無力感は、静かに積み上がっていった。
◇
翌朝。
ホテルの一室で、詩音はスマホを手に小さく息を吐いた。
(……独力じゃもう追いつけない。認めざるを得ない)
指先が迷い、そして決意を固める。
発信ボタンを押した。
「……母様。助けてください」
すぐに落ち着いた声が返る。
『なにか落ち込んでいるようだけど、あなたの今の優先順位はどうなっているの?自分の力を証明することが一番になっていないかしら?』
詩音は言葉を失う。
母の声は、続けざまに鋭く突き刺してきた。
『東雲家で何を学んできたの? いつだって、一番大切なのは目標を達成すること。
そのためなら手段はなんでもいい。金でも、人でも、時間でも。
さらに言うと、独力で何かを為せると思うのは三流よ。今回はあなたは“私”という人脈を使った。それで光さんを守れるなら、極めて正しい判断に他ならないわ。むしろ頼るのが遅いくらい。
いったん私に任せてみなさい。あなたはそれを見て、大いに学ぶことね。』
「……はい、よろしくお願いします。」
(……三流……)
悔しさが胸を突き、視界がにじむ。
けれど同時に――その言葉は、重荷を持ってもらったようにも感じられた。
ここ最近、常に感じ続けていた”守ること”へのプレッシャーから解放されていたのだ。
(私ひとりで背負う必要はない。人脈も資金も全部、目標のために使うこと...)
電話を切った瞬間、詩音は小さく目を閉じた。
重荷が半分降りた感覚と、悔しさが入り混じる。
——次のツアー地で、状況は一変することになる。




