表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/155

ツアー中盤2:嵐の渦中で

全国を巡るツアーは折り返しを過ぎ、熱狂は加速度的に膨れ上がっていた。

どの地方都市でも、ホールの周囲には長蛇の列ができ、倍率数百倍の抽選を勝ち抜いた観客が奇跡を体験する。

だがその熱は、次第に舞台の外へも溢れ出していく。

今のチーム光の器では、扱いきれないほどの熱狂となっていた。



ある夜、公演後。

楽屋口のドアが開いた瞬間、スタッフが青ざめた顔で戻ってきた。


「外、出待ちで埋まってます! 数百人規模で……車、出せません!」


ざわめきが走る。

悪意のある暴徒ではない。みな「会いたい」だけのファンだ。

だが、その純粋さがかえって壁となり、出口を完全に塞いでいた。


「別ルートを使うわ!」

マリ姐が即座に立ち上がり、スタッフへ指示を飛ばす。

「先に車を回して! 表口は無理、フェイントで一度機材搬入口を開けるの!」

まるで軍の指揮官のような声が飛び交い、現場は一気に緊張に包まれた。



詩音は涼しい顔を崩さずにスマホを叩き続けていた。


――精一杯の手を尽くしているだけに、その胸中は焦りでいっぱいになっていった。


(……先週、警備を二倍にした。動線も改修した。それでも人の波が追いつかない。

“十分なはず”の対策が、ほんの数回で陳腐化するなんて)


資金も人脈も投じてきた。計算の上では守れるはずだった。

けれど光の名前が動くだけで、そのすべてが追い越されていく。


(この膨張の速さには、理屈も計算も通じない。

倒れたら終わり――絶対に倒させない)


顔は崩さない。けれど、タップする指先はかすかに震えていた。



出口へ向かうわずかな廊下。押し寄せる声が壁のように響いていた。

「光くん!」「出てきて!」

ほんの数メートル先に熱狂の群れがある。


「今!」

マリ姐の声が飛ぶ。スタッフが一斉にフェイント移動を仕掛け、機材搬入口が一瞬開かれる。

光と仲間たちはその隙を縫って走り抜けた。



フェイント移動が成功し、裏口から専用車に飛び込む。

車内に乗り込んだ光は、肩で息をしながらも窓の外を眺めて笑った。

「すごかったね……冒険ごっこみたいでワクワクした!」


雪は即座にその隣に身を寄せ、水を差し出す。

「……怖くないよ。大丈夫だから」

小さな声。手の温もりが、乱れた呼吸をゆるやかに落ち着けていく。


(楽しそうに笑ってるけど……本当は無理してる。わかるよ、光)

雪はその笑顔の奥にある緊張を見逃さなかった。



街を揺らす熱狂。

それを受け止めるには、ツアーの器があまりに小さい。


マリ姐は胃を押さえながら段取りを練り直し、

詩音は資金と人脈を総動員して警備を積み増し、

雪は静かに隣で支え続ける。


だが、嵐の渦中、光を守る者たちの焦燥と無力感は、静かに積み上がっていった。



翌朝。

ホテルの一室で、詩音はスマホを手に小さく息を吐いた。

(……独力じゃもう追いつけない。認めざるを得ない)


指先が迷い、そして決意を固める。

発信ボタンを押した。


「……母様。助けてください」


すぐに落ち着いた声が返る。

『なにか落ち込んでいるようだけど、あなたの今の優先順位はどうなっているの?自分の力を証明することが一番になっていないかしら?』


詩音は言葉を失う。

母の声は、続けざまに鋭く突き刺してきた。


『東雲家で何を学んできたの? いつだって、一番大切なのは目標を達成すること。

そのためなら手段はなんでもいい。金でも、人でも、時間でも。

さらに言うと、独力で何かを為せると思うのは三流よ。今回はあなたは“私”という人脈を使った。それで光さんを守れるなら、極めて正しい判断に他ならないわ。むしろ頼るのが遅いくらい。

いったん私に任せてみなさい。あなたはそれを見て、大いに学ぶことね。』


「……はい、よろしくお願いします。」


(……三流……)

悔しさが胸を突き、視界がにじむ。


けれど同時に――その言葉は、重荷を持ってもらったようにも感じられた。

ここ最近、常に感じ続けていた”守ること”へのプレッシャーから解放されていたのだ。


(私ひとりで背負う必要はない。人脈も資金も全部、目標のために使うこと...)


電話を切った瞬間、詩音は小さく目を閉じた。

重荷が半分降りた感覚と、悔しさが入り混じる。


——次のツアー地で、状況は一変することになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ