スポンサー殺到
初日公演の熱狂が世界を駆け巡る中、光――いや、それを支えるマリ姐の元にはスポンサーのオファーが雪崩のように押し寄せていた。
「CM出演をぜひ!」
「ブランドアンバサダーに! 衣装も提供します!」
「我が社のキャンペーンソングを!」
マリ姐のスマホは鳴り止まず、机の上には書類の山。
昨日まで「前例がないから無理」と言っていた企業が、今日は「前例がないからこそ価値がある」と群がっている。
「……調子が良すぎるんですよ」
マリ姐は深くため息をつき、額に手を当てた。
無邪気にピアノを叩いていた光が顔を上げる。
「スポンサーなんて、別にいらなくない? 俺、歌って弾ければそれでいいし」
詩音も静かに頷いた。
「ええ。ツアーを完走するまでは、自由に音楽に集中してほしいと思います」
♦︎
都内のホテルにある貸し会議室。
長机を挟んで、各社の担当者たちがずらりと並び、光と詩音、マリ姐はその正面に座っていた。
「まずはこちらをご覧ください。衣装一式、弊社ブランドが全面的に提供します。舞台映えもしますし、宣伝効果は抜群です」
「リスクが高いリクエストコーナーは控えていただきたい。あの形式は予測不能で、スポンサーとしては危険です」
「観客との距離が近すぎるのも問題です。柵を設け、警備員を増員すべきでしょう」
次々に投げ込まれる提案に、光はきょとんと目を瞬かせていた。
詩音の胸に、嫌な想像がよぎる。
決められた衣装で、用意された曲をこなすだけ。観客との間には高い柵が立ち、警備員の背中越しに歌う光――。
あの、自由に笑い、観客の声に応えて鍵盤を叩く姿は、そこにはもうなかった。
(……そんなの、光さんじゃない)
詩音は静かに口を開いた。
「――光さんの価値は、スポンサーの作った枠に収まることではありません。観客と向き合い、自由に音を紡ぐからこそ、人を惹きつけるんです」
その言葉に会議室がざわめく。
だがマリ姐がすかさず声を重ねた。
「――ええ、その通りです。光にとって“自由”は絶対に欠かせない。進行表を半分も守らなかった初日だってそう。けれどその自由さこそが、観客を熱狂させ、彼を唯一無二にしているんです。スポンサーの意向に縛られて、その魅力を失わせるくらいなら、契約など必要ありません」
力強い言葉に、詩音は思わず身を乗り出し、大きく頷いた。
「はい! 私も全くの同意です!」
会議室にざわめきが走る。
「しかし、この波を逃すのは……」
「タイミングを逸すれば……!」
マリ姐は手元の資料をパタンと閉じ、机の上に置いた。
その音が、会議室のざわめきを断ち切った。
♦︎
マリ姐はきっぱりと首を振った。
「彼の才能を信じています。波はこれからも必ず起きますし、私が起こします。
だから今は、音楽そのものに集中させるべきです」
その毅然とした言葉に、詩音も一歩前に出た。
「私、東雲家の名において、光さんの活動を支援します。スポンサーは不要です。私が全力で支えます」
言葉は静かだったが、その響きは確かな覚悟を含んでいた。
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会議が終わり、担当者たちが去っていく。
貸し会議室に残ったのは三人だけ。
会議中、一言も喋らなかった光が、ぽつりと言った。
「二人とも、かっこ良かったねぇ」
マリ姐は深いため息をつき、椅子にもたれかかる。
「……緊張感ゼロね、あんた」
詩音は苦笑しながら肩をすくめた。
「本当に……あなたって人は、もう」
呆れと安堵の入り混じった空気が、ようやく会議室を包んだ。




