後年インタビュー:ボヘミアン・シンフォニーをリクエストした青年
――光ライブ初日で「Bohemian Symphony」をリクエストした青年の証言
あの伝説的な全国ツアー初日。
観客のひとりが発した「Bohemian Symphony」という言葉は、やがて世界的な音楽史を語るうえで欠かせない出来事として記録されることになる。
声をあげたのは、ロサンゼルスからやってきた、当時二十代前半の青年。
女性が圧倒的に多いこの時代、男性が音楽にのめり込み、ましてや海を越えてライブに足を運ぶことは極めて珍しい。だが彼は、それをやってのけた最初のひとりだった。
⸻
――まず、来日のきっかけを教えてください。
「もともとは海外で配信を見ていた“ただのファン”でした。光さんは男性で音楽をしている――それだけでも珍しかった。でも僕にとっては、あくまで“画面の向こうの人”。直接会うなんて想像したこともなかったんです。
それがある日、全国ツアーをやると聞いて。『え?男性が全国ツアーを?』と、本気で耳を疑いました。そんなこと誰もやったことがない。冗談半分でチケットを申し込んだら……当たってしまって。
あの瞬間、覚悟を決めました。『これは行かなくちゃいけない』って。男性である自分がロサンゼルスから飛ぶくらい、光さんの挑戦に比べれば小さなことだと思いました。」
ナレーション:
この一歩がどれほどの意味を持つか、当時の彼自身は気づいていなかっただろう。だがこの選択が、後に「海外から男性ファンが日本に足を運ぶ」最初の前例となり、国境を越えたうねりの始まりとなったのだ。
⸻
――初日の会場に立ったとき、どんな気持ちでしたか?
「本当に夢みたいでした。でも同時に、“場違いなのではないか”という緊張もありました。見渡せば女性ファンばかり。外国から来た男性は自分ひとりでした。けど、ここまで来て黙っていたら意味がない。そう思って、『声を出そう』『勇気を出そう』と心に決めました」
ナレーション:
観客の海に埋もれながらも、彼は手を挙げた。
その行動は単なるリクエストではなく、当時の空気を打ち破る“宣言”でもあった。
⸻
――そして、ボヘミアン・シンフォニーをリクエストされた。
「僕がずっと大好きだった曲でした。少数派の声、異端であることを歌うあの曲に、自分を重ねていたんです。だから一曲だけ選ぶならこれしかない、と。
まさか受けてもらえるとは思っていなかったけれど……イントロが鳴った瞬間、全身が震えました。
しかも光さんはただ演奏するんじゃない。転調を繰り返し、ワルツのように遊び、クラシックのように壮大に広げて……『誰も聴いたことのないボヘミアン・シンフォニー』を作り上げてくれた。
会場中が歌って、泣きながら笑って、まるで一夜限りの合唱団になったんです。あの瞬間、“曲が新しく生まれ変わった”って、本気で思いました」
ナレーション:
そのパフォーマンスは、後に「世界をつなげた即興」と呼ばれる。彼の声がなければ生まれなかった奇跡だった。
⸻
――その体験は、あなたにとってどんな意味を持ちましたか?
「もしあのとき申し込まなかったら。もし飛行機に乗らなかったら。もし勇気を出して手を挙げなかったら。……僕は一生後悔していたと思います。
あの夜は僕の人生を変えました。そして、僕だけじゃなかった。後から知ったんです。『自分も日本に行きたい』『男性でも光さんのライブに行けるんだ』と、海外の仲間が次々に声をあげ始めて。
あの瞬間が、海外の男性ファンが動き始めるきっかけになったと知ったとき、胸が震えました。僕の小さな一歩が、世界につながったんだって」
⸻
――最後に、光さんへメッセージを伝えると?
「もともと配信を見ていたただのファンでしたが……あれからずっとファンですし、これからも一生ファンです。
あの夜、僕は“自分がここにいていい”と初めて信じられました。あなたがいなければ、僕は飛べなかった。
光さん、本当にありがとう。あの瞬間は、僕の人生の誇りであり、一生の宝物です」
⸻
ナレーション:
彼が口にした言葉は、単なるファンレターではない。
男性が音楽を愛することを隠さず、海外から声をあげることが許される時代――その最初の扉を開いたのは、名もなき青年の「Bohemian Symphony」という一声だった。
その小さな勇気は会場を揺らし、海を越えて仲間を呼び込み、やがて世界中で男性ファンが光の音楽に共鳴する未来を切り拓いた。
あの瞬間は、ひとりの青年の人生を変えただけではない。音楽の歴史と、この世界における“男性の在り方”そのものを変える一つのきっかけとなった。




