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詩音・帰宅後の調べものシーン

 その夜。

 詩音は部屋に戻るなり、机に腰を下ろし、ノートパソコンを開いた。


 昼間、カフェで光が見せてくれた画面。

 海外からのコメントや数字の大きさに衝撃を受けたのを思い出しながら、震える指で検索欄に文字を打ち込む。


『“男性 結婚 支え合う”』

『“男 対等 夫婦”』


 結果に並んだのは、冷たい活字ばかりだった。

 「逆玉狙い」「専業主夫希望」「金銭問題の不安を減らす方法」……。

 どれも現実的で、どこまでも打算的。


 昼間、光がさらりと語った「支え合う関係」「男女は対等」という価値観。

 そんな言葉を真正面から口にする男は、どこにも見つからなかった。


「……それは、そうですよね……」


 詩音はそっと呟き、カップを持つときに震えた指先を思い出した。

 胸の奥に残った熱は、消えるどころか強まっている。


 気を紛らわせるように、今度は「大空 光」と検索欄に入れる。

 すると動画サイトや記事がずらりと並んだ。


 再生ボタンを押すと――。


 そこに現れたのは、昼間カフェで気楽に話していた少年とはまるで別人だった。


 ピアノに向かうと、その表情は一瞬で変わる。

 指先が鍵盤に触れた瞬間、全身が音楽に支配されたかのように動き始めた。

 背筋はしなやかに弓なりになり、肩から腕へ、腕から指先へと流れる力が旋律を紡ぎ出す。

 音が重なり、揺れ、立ち上がっていく。


 まるで音楽そのものに取り憑かれているかのように、光はひたすら没頭していた。

 だがその横顔には、重苦しさはなく、むしろ解き放たれたような自由さがあった。

 鍵盤を駆け抜ける指先は軽やかで、時折ふっと口元がほころぶ。


 歌声が加わると、真剣な眼差しと楽しげな笑みが交互にあらわれる。

 激情に突き動かされる瞬間もあれば、友達と冗談を交わすみたいに軽やかなフレーズを織り込む瞬間もある。


 ――そのすべてが、音楽と一体になった姿だった。


「……本当に、楽しそう……」


 記事を開くと「再生数は数百万突破」「海外コメント殺到」「男性天才ピアニスト」と並んでいる。


 昼間、彼が軽く口にしていた「少しは稼いでる」という言葉を思い出す。


 本当の意味での「少し」ではなかった。

 光にとっては“金額なんて知らないけれど、1人2人を養うくらいなら問題ないだろう”――その程度の感覚で口にしたのだろう。


 ――けれど実際には、“少し”どころではなかった。


 動画配信の収益、音源の売上、スポンサーからのオファー。

 桁違いの金額が動いているのに、本人はまるで興味がなく、すべてをマネージャーの高瀬真理――「マリ姐」が管理しているという。

 光はただ音楽をしているだけで、世の中がお金を運んできてしまうのだ。


 詩音には、その規模感がすぐに分かってしまった。

 母から「大きなお金の動かし方」を学んできたからこそ――光の活動から生まれる額は、普通の社会人の数十倍以上に及ぶことを一瞬で推察できた。


「……本当に、私が見てきた男の人たちとは違う」


 記事をさらに読み進めると、インタビューが目に入った。

 そこには、真剣な表情で未来を語る光の姿があった。


『全国ツアーとかしてみたいですね。

 直接会って、“あ、この人ほんとにいるんだ”って思ってもらう、感じてもらうのって、画面の向こうじゃできないことだから』


 ――全国ツアー。

 現実には無謀に思える夢を、彼は迷いなく笑って口にしていた。


 昼間の自然体。

 夜に見た、音楽に没頭する横顔。

 そして「全国ツアー」という無邪気で真っ直ぐな夢。


 詩音は胸を押さえた。

 痛いほど脈打つ鼓動が、彼の存在を強烈に刻みつけていた。

9/4から"31日連続"で毎日更新中!

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