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"音楽係"は小さな特等席

幼稚園の玄関は、朝から小さな行列でにぎわっていた。

昨日の“奇跡”のせいで、子どもたちは「今日の曲なに?」「順番まだ?」と口々に声をかけ合っている。


先生は慌てて画用紙をちぎり、番号を書いて配った。

「はい、これは整理券。弾いてほしい曲の名前を書いて、順番を守って並んでね。同じ曲はまとめておきますよ」


そこで光がすっと手を上げた。

「先生、誰か“音楽係”にして、曲をまとめてもらったらどう?」


思いがけない言葉に、先生は少し驚いてからうなずいた。

「いいわね。それじゃあ、光くんが指名した人が“音楽係”になります」


先生はカードに「音楽係」と大きく書き、首にかけられるようにひもを通した。

光の視線が列の先頭に向く。

「雪、音楽係お願い。曲名と順番を書いて、次の曲を僕に伝えて」


「えっ、わ、私?」

雪は一瞬固まった。

まわりから「なんで雪なの?」「ずるいー」という小声が飛ぶ。

先生はにこやかに背中を押した。

「はい、今日の音楽係は雪さん。ピアノの横の椅子に座っていいですよ」


雪はおそるおそるネームプレートを首にかけ、ピアノの隣の椅子に腰を下ろした。

光が鍵盤に指を置くと、教室の空気がぴんと張り詰める。



光の演奏が始まる。

雪は整理券を一枚掲げて、光の耳元に小さくささやく。

「次は……◯◯だよ」


その距離に胸が熱くなる。周りの女子たちは羨望と嫉妬を入り混ぜた視線を向けていた。

「音楽係って光くんとずっと話せる」

「ピアノの隣に座れるの、いいなぁ」


そんな声が漏れる。雪は頬を赤らめながら、紙をめくり続けた。



保護者の反応(先生視点)


お昼前、私は連絡帳に「本日の選曲リスト」を貼り出した。動画はNG。それでも十分に伝わるように。

ほどなく保護者チャットが騒がしくなる。


〈午睡、今日は三分で寝た!〉

〈朝の支度、音楽の話を餌にしたら一瞬で終わりました〉

〈うちの子、帰ってきて“リクエスト弾いてもらったんだよ!”って得意げでした〉


噂が噂を呼び、お迎えが少し早まる家庭が増えた。ドアの外に、立ち見の保護者が並ぶ。

他のクラスからも「見学したい」と声がかかるので、私は廊下に見やすい位置を作って、三枠だけの公開枠を設定した。



そして翌日、私は音楽係のローテーションを試してみた。

手を挙げたのは、いつも前に出る“イケ女”の子たち。


「次は、こっちの曲が盛り上がると思うの!」

「テンポは速い方が映えるよ。ね、光くん!」

「合図は私が“せーの”って言うね!」


声はよく通る。身振りも大きく、見栄えがいい。けれど——段取りの指示が増えると、光の視線が鍵盤からわずかに外れる。

「やろうとしてること」はわかるのに、音がほどける前に別の指示が入って、空回りする。

光の横顔に、ちょっとだけやりにくそうな気配が走った。


交代して、雪がふたたび音楽係に入る。

彼女は大きな声を出さない。ただ、置く場所とタイミングだけが正確だ。

次の整理券が、ちょうど光の終止形に吸い込まれる。拍手が自然に重なり、ざわつきが消える。


(そうか——)

私は腑に落ちた。

「光くんには、引っ張るような子よりも、そっと支えてくれるような子が合うのかもね……」


帰りぎわ、雪がネームプレートを外して先生に差し出した。

「ありがとうございました」

私は受け取りながら、ふっと笑った。

「雪ちゃんが音楽係のときはやりやすそうだったわよ。雪ちゃんと光くんは、相性ぴったりなのね」


雪は少し照れながらうつむき、列に戻っていった。


廊下のあちこちで、女の子たちがひそひそ声を交わしている。

「次は誰が音楽係になるんだろうね」


教室の空気は、もう次の日の音楽を待っている。

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