声変わりの衝撃
◆異変の日
ある日、光がピアノを弾きながら軽く歌おうとした瞬間だった。
「……あれ?」
声がかすれて出ない。
「光、風邪かな? なんか喉の調子悪い?」
私は慌てて近づく。
光は少し照れたように笑った。
「あー……多分、声変わりかも」
隣でマリ姐が静かに頷く。
「男性が思春期になると起こるものですね。ファンの皆さまには、公式サイトからお知らせをしておきます」
光は気楽に肩をすくめた。
「カスカスだから、配信では喋んないほうがいいな。なんか恥ずかしいし」
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◆「歌えないけどピアノは弾くよ」
【観察日記】
光の喉の調子が安定しておりません。
医師による診察の結果、思春期特有の「声変わり」であることがわかりました。
男性が成長過程で一時的に声が不安定になり、やがて以前より低い声に変化していく現象です。
そのため、しばらくは歌の活動を完全にお休みし、配信中もおしゃべりは控えさせていただきます。
ピアノ演奏のみをお届けする形となります。
光自身はとても元気ですのでご安心ください。
皆さまには少し寂しいかもしれませんが、“音だけの舞台”をお楽しみいただければ幸いです。
◆ファンの声
•「声変わりってなに?初めて聞いた」
•「そんなのあるんだ!?知らなかった!」
•「病気じゃなくて安心したけど、ちょっと心配だね」
•「可愛い声が変わっちゃうのかなぁ……寂しいな」
•「ピアノだけでも見るけど、やっぱりおしゃべり聞けないのは寂しい」
•「成長の証ってことなんだろうけど、ドキドキするな」
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◆沈黙の配信期
数週間、光の配信はピアノだけになった。
画面の向こうで無邪気に笑う声もない。ただ指先が生む旋律だけ。
それでも人は集まった。
流石に前ほどの勢いではないけれど、光がピアノを弾き終えたあとに笑顔で手を振るだけで、十分すぎるほどの人が残っていた。
けれど日常では、変化を隠せなかった。
机に向かっていた光が、ふと私を手招きする。
大きな声を出せないから、近づけと示している。
身を寄せると、耳元で掠れた低音が囁かれた。
「……雪、お茶、淹れて」
――ただそれだけなのに、背筋を電流が走るように震えた。
(……刺さる。刺さりすぎる)
光は無自覚で、いつも通り。
なのに私だけが動揺して、俯くしかなかった。
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◆「声戻ったし、歌ってみるね」
【観察日記】
光の声が安定してまいりました。
医師の判断でも、声変わりの大きな段階は無事に過ぎたとのことです。
これに伴い、今夜の配信から歌を再開いたします。
しばらくは声量を抑えつつの歌唱となりますが、成長の証としてお楽しみいただければ幸いです。
皆さまの応援が光にとって大きな力になっております。
今後とも、変わっていく光をどうぞ見守ってください。
◆ファンの声
•「やったー!久しぶりに声が聞ける!」
•「声変わっちゃったの、楽しみ3割・心配7割って感じかな」
•「元気な姿が見られるといいな」
•「可愛い声が好きだったけど……変わった声も聴いてみたい」
•「大人っぽくなるのかな?想像できない」
•「でも成長の証なんだし、絶対かっこよくなるはず!」
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◆復帰配信(囁き低音)
画面に現れた光は、マイクに向けて少し緊張したように息を吐いた。
「……やっと声が安定してきたよ。まだ大きな声は出せないけど、ちょっと試してみるね」
その言葉自体が、囁くような低音で響いた。
耳に落ちるたびに震えるようで、私は息を止めた。
コメント欄:
•「低音やば」
•「囁かないで!腰砕ける!!」
•「男の人の声ってこんな破壊力あるの……?」
•「息遣いで死ねる」
私はカメラに映らない位置に立っていた。
けれど近すぎて、耐えられなかった。
思わずいつもの立ち位置から二歩ほど下がる。
それでも囁くような低音が耳に直接入り込んできて、鼓膜だけじゃなく頭の奥まで震えて、体が熱くなる。
耳が真っ赤になっているのが自分でもわかって、まともに前を向けなかった。
光がちらりと横を見て、小さく笑った。
「……雪、なんかいつもより気持ちちょっと遠い?」
「えっ……そ、そんなこと……ない」
慌てて答えた声は裏返りそうになった。
視線を合わせられず、ただモニターに目を向ける。
光は特に気にしていない様子で鍵盤に向き直り、ピアノを奏で始める。
低音の囁きが混じる歌声に、コメント欄が再び大騒ぎになる。
雪(……違うの。私が勝手にドキドキしすぎて、近くにいられなくなってるだけ……!)
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◆配信後
配信が終わり、光が「じゃあ、今日はここまでー!」と手を振って退出した。
いつもならタオルを片づけたり、お茶を淹れたり、光の世話を焼いてから部屋を出る。
けれど今日は耐えきれず、そのルーティンさえ忘れて、思わずリビングに降りてしまった。
「…………っ」
ソファに腰を下ろした途端、全身が固まってしまう。
心臓がどくどく鳴って、耳まで熱くて、全然落ち着けない。
低くなった声。
囁くような歌声。
すぐ横で聞いていたはずなのに、胸の奥にまで直接触れられたみたいで――息が詰まった。
「……っ、無理……」
思わず顔を両手で覆って、そのままソファに倒れ込む。
クッションに顔を押し付けても、頭の中に響くのはさっきの低音。
(前の可愛い声も好きだったのに……なんで……なんでこんなに刺さるの……)
その時、階段を下りる足音がして、光の声が響いた。
「雪、いる? なんか……やっぱりいつもより気持ち遠くない? どうした?」
リビングのドアが開き、光が心配そうに顔をのぞかせる。
「えっ……そ、そうかな?」
心臓が跳ねて、まともに顔を見られなかった。
誤魔化すように笑っても、耳まで熱いのは隠せなかった。
9/4から"27日連続"で毎日更新中!
そしてブクマ200件突破ですーー!嬉しいー!
いつも読んでくださる皆さまのおかげです、ありがとうございます!
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30日連続更新が見えてきたな....!




