カオスの半年間
◆裏側のカオス
AI疑惑を跳ね返してからの半年間。
光の人気は爆発的に広がり、登録者数は十万を超え、切り抜き動画やファンによる「弾いてみた」など、昼夜を問わず拡散され続けた。
だが、その裏側は――崩壊寸前のカオスだった。
配信はほぼ毎日のように行われたが、告知もスケジュールもない。
新曲のうち、正式にSNSに投稿されるのはせいぜい二割。
残りは「めんどくさい」と言って光のPCフォルダに眠り続ける。
遥が必死に採譜しても、光が気分でSNSに投げるだけ。
タイトルは「新曲」「最終(仮)」「ほんとに最終」「また修正版」……。
同じ曲の楽譜が複数パターン出回り、ファン有志の整理も追いつかない。
チャンネルには膨大な配信アーカイブとオリジナル曲。
ピアノ即興、ピアノ曲、バンド、オーケストラ、民族音楽。
量産される動画の洪水は宝の山であり、同時に追いきれない地獄だった。
ついには「公式っぽい非公式アカウント」が現れ、きちんと整理して発信。
ファンから「公式より公式」と呼ばれる始末だった。
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◆翻訳者の限界
黒川 遥は本業の会社員を抱えながら、夜と休日に光の採譜と編曲をしていた。
金曜の夜は徹夜で譜面起こし、土日はほぼ寝ずにDTMで編曲。
机の上はエナジードリンクの空き缶で埋まり、目の下の隈は日ごとに濃くなっていった。
ある日、そんな遥をみかねて、光と雪は電話をかけた。
「遥さん、少し休んだ方がいいよ。無理してない?」
雪が心配そうに言うと、光も頷いた。
「そうだよなぁ……俺も“ちょっと休んだら”って思うよ」
遥は一瞬手を止め、疲れた声で言った。
「……でも、私が休んだら曲が止まりますよね?」
二人は言葉を失った。
確かに、遥が止まれば楽譜もアレンジも途切れる。
光は唇を噛み、雪は小さな手をぎゅっと握りしめた。
それ以上、何も言えなかった。
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◆光の停滞
表向き、光はいつも通り配信で笑顔を見せていた。
リクエストに応えて即興を弾き、知らない曲も一度聴けば弾きこなす。
だが、配信が終わると椅子に背を預け、天井を見上げて小さく呟くことが増えた。
「……なんか、毎日同じだな」
かつては配信を始めるたびに瞳を輝かせていた。
「何を弾こう」「どんな反応が返ってくるだろう」と、子どものように楽しみにしていた。
けれど今は、笑顔にどこか力がなく、言葉の端々に惰性の色が混じる。
最初の頃の輝きは、少しずつ色を失っていた。
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◆雪の深い心配
その背中を、雪はただ見つめていた。
光の笑顔が作り物に見えることがある。
その隣で遥は限界まで体を削っている。
雪の胸に不安が広がった。
(……このままじゃ、ふたりとも壊れてしまう)
まだ何も決意はできない。
けれど、心配の色は日に日に濃くなっていた。
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ナレーション
「――熱狂の半年間。
だが、その裏側はカオスに沈み、翻訳者は限界まで追い詰められ、即興王子は停滞し、幼馴染は深い心配を抱えていた。
爆発的な人気と同じ速度で、崩壊の足音もまた近づいていた」
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