後年・ピアノ教室の先生インタビュー
♦︎後年・ピアノ教室の先生インタビュー
「ええ、光くんのことはよく覚えていますよ。もう二十年以上前のことですが、はっきりと」
当時の講師は懐かしさと少しの笑みを浮かべて語った。
「彼がまだ小学生で、教室に入ってきた頃です。女の子ばかりの中に、ぽつんと男の子が一人。珍しいでしょう? だから、みんな気になって仕方がなかった。
最初は“話しかけたい”気持ちの裏返しで、からかうようなことを言ったり、冗談を言ったりしていたんです。 でも……その好奇心が、いつの間にか行きすぎてしまった。 わざと間違えさせたり、楽譜を隠したり。あの日は、ついに楽譜を破いてしまった」
先生は静かに首を振る。
「光くんは何も言わず、破れた紙を丸めてゴミ箱に捨てました。 “もうやめてもいい”とでも言いたげに、あのときの彼は珍しく肩を落としていた。
けれど翌日――雪ちゃんがその楽譜を直して持ってきたんです。 セロテープだらけで、不格好でしたが……子どもなりに、必死に“繋ぎ止めたい”と思ったんでしょう。
光くんはそっけなく『もうちょい続けてやるか』なんて言ってましたが、私はそのとき、彼の表情がふっと緩んだのを見逃しませんでした。 あの瞬間に“続ける”と決めたんです」
先生は遠い目をして言葉を継ぐ。
「当時はただの子ども同士の出来事にしか見えませんでした。 ですが今思えば……あれこそが、彼の代表曲の原点だったんです。
幼い日の“きらきら星”。 小さな声と、小さな伴奏。 それが、のちに世界を揺るがす音楽の芽だった。
小さな勇気と、ほんの一言の“もうちょい続けるか”。 その積み重ねが、やがて世界に響く歌になった。 奇跡としか言いようがありませんね」
⸻
――この出来事は、ふたりの関係を静かに変えていった。
破れた楽譜を直して差し出した雪。
その小さな勇気は、光の心にいつまでも残る “特別な線” を引いた。
この日を境に、ふたりはただの幼なじみではなく、
お互いを支え合う存在へと変わりはじめる。
そして月日は流れ、中学生になるころ――。
光はついに配信を始める。
それまで彼の才能に気づけたのは、
同じ学校に通う子どもたちや、教室にいた大人たちだけだった。
けれど配信という形で世界に音を届けた瞬間、状況は一変する。
育った街の外へ。
まったく面識のない誰かへ。
光の音は、画面の向こう側へと届き、
“閉じた場所の中の天才”が、急速に世界へ広まりはじめた。
そして――その広がりの中で、
光の音に惹かれ、その才能を支えたいと願う仲間たちが、
一人、また一人と現れるようになっていく。
光の才能が、育った街から世界へ解き放たれるその未来は――
もう、すぐそこまで迫っていた。




