音を描くひと
CD制作の打ち合わせを終えたあと、そのまま少しだけ雑談の空気になっていた。
マリ姐がタブレットを開きながら、ふと思い出したように言う。
「そういえば光、あの配信で描いてた“自作ジャケット案”の件だけど……」
「うん?あれ俺、けっこう頑張ったよ?」
なぜかいまだに自信満々で言う光。
「“酷評”の嵐だったじゃない。しかも“なぜあんな絵を出したのか考察スレ”まで立ってたわよ」
「ひどくない!? 愛を込めたんだけど!!」
雪が吹き出した。
「愛が空回りしてたタイプだね、あれは」
「とはいえ、その配信後に“自分の絵を使ってください”ってDMが殺到してます。100件以上……」
詩音が淡々と補足する。
「とりあえず、有力そうなのをいくつかピックアップしたけど——」
マリ姐が画面をモニターに映した。
⸻
チーム全員がソファに寄って、一覧を眺める。
ポップ系、写実系、CG系、どれも上手い。
けれど、光の心はどこか引っかかっていた。
「どれも綺麗だけど、“光っぽさ”はまだ無いかな」
雪が呟く。
「抽象画も何件か来てますね。……これなんか、色が独特です」
詩音がタブレットを操作した。
「ええと……“水野真白”? 聞いたことない名前ね」
マリ姐が首をかしげる。
モニターには、青と金が滲み合う抽象画が映っていた。
形は曖昧で、海にも空にも見える。
説明文にはただ一言、「音の記録」。
「……これ、なに? 空……? 海……?」
「説明文もないですね」
雪と詩音が首をかしげる中、光だけが前のめりになって画面を見つめていた。
そして、ゆっくりと言った。
「——“ほどける夜”だ」
⸻
「え、知り合い?偶然?」
雪が驚く。
「いや……この色と雰囲気。あの夜のピアノ、そのまま」
光がモニターを指さした。
詩音がそのアカウントを開く。
スクロールするたびに現れる抽象画。
赤、銀、群青、灰。
光はモニターをながら、静かに言った。
「これ、“星空”だ。……あ、これ“起き昼”だね。……これは“ボヘミアン・シンフォニー”」
静まり返るスタジオ。
モニターの光だけが淡く揺れている。
誰もが、その画面に引き込まれていた。
青と金の色の波が、静かに息づいている。
「正直、私には全然わからないんだけど……光の曲ばっかりってことは、相当なファンなのかな」
雪がぽつりと言う。
「ただのファンにしては……感覚が鋭すぎるわ」
マリ姐が腕を組んだ。
「説明も何も書かれていません。全部“音の記録”とだけ」
詩音がスクロールを止めた。
光はモニターを見つめたまま、小さく呟いた。
「うーん……なんか、見てると“聴こえる”感じしない?」
その言葉に、場の空気が少しだけ変わる。
誰も確信は持てないまま、けれど全員が同じ“何か”を感じ取っていた。
マリ姐が静かに息を吐く。
「……まあ、気になるのは確かね。いったん、会ってみましょうか。ちょっと連絡しておくわ」
雪がふっと笑う。
「なんか、ちょっと運命っぽいね」
光も笑った。
「うん。そんな気がする」
モニターの中で、青と金の波がゆっくりと溶け合う。
⸻
——その絵はまだ“誰のものでもない音”。
けれど、確かに光と同じ場所を見ていた。
静かな出会いが、次の音を呼び起こそうとしていた。




