音楽をやる意味
都内のオフィス。
午後の光がブラインドの隙間から差し込み、
白いテーブルに淡い影を落としていた。
久しぶりに集まったチーム光。
詩音、マリ姐、雪、遥、そして光。
全員が席についているのに、
空気はどこか居心地の悪い沈黙をまとっていた。
議題は「ルナリアのアルバム参加について」。
……という建前。
実際には、みんなが光の様子を見に集まった、ただそれだけだった。
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「じゃ、まず現状の共有をするわね。」
マリ姐が資料をめくりながら言う。
「ルナリア側からの正式オファーはまだ。
ただ、アルバムの“コラボ候補リスト”には光の名前が載ってる。
海外でも“日本の新星”として報じられてるわよ。」
「……ありがたい話だね。」
光の声は穏やかだったが、少し遠くにあった。
その微妙な温度差に、雪がちらりと彼を見た。
詩音も、遥も、マリ姐も、何も言わない。
ただ、彼の口から次の言葉を待っていた。
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静かな間を置いて、光がぽつりと口を開いた。
「……あの人、すごかったよな。ルナリア。」
誰も返さなかった。
全員が、黙ってその続きを聴いた。
「全部が合ってた。音も、照明も、息も。
観客の拍手まで“曲の一部”みたいで。
ああ、あれが世界一か。
俺、ああいうのを目指した方がいいのかな……って思って。」
テーブルの縁を指で軽く叩く。
リズムは不規則で、どこか探るようだった。
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その音を破ったのは、雪の声だった。
「……でも、光の音楽って、
誰かに合わせるための音じゃないよね?」
光が顔を上げる。
雪は微笑んでいた。
「ルナリアさんの音は、世界を一つにまとめる音。
みんなを調和させて、安心させてくれる。
でも、光の音は違う。
聴く人それぞれの中で、世界が広がる音なんだよ。」
遥が静かに頷いた。
「……整う音と、広がる音。
どちらも必要だけど、向いてる方向が違う。
光くんの音は、聴いた人の中に“余白”を作る。
『もっと自由になっていい』って、違う価値観でも大丈夫って、そっと許す音。」
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光は目を伏せたまま、小さく息を吐いた。
「……俺、そんなたいしたこと考えてないんだけどな。」
雪が笑う。
「うん、知ってる。」
遥も微笑んで続ける。
「だからこそ、届くんだよ。
考えてなくても、自由が伝わる。
それが一番、難しいことだと思う。」
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光はしばらく黙って、それからゆっくり言った。
「……俺の音が、誰かを自由にできるなら。
それが“やる理由”なのかもな。」
雪が小さく笑った。
「私、それ最初から知ってたよ。幼いころの光を見て。
あの時から、音が縛られてなかった。」
遥が頷く。
「私は配信で気づいたの。コメントも言葉もバラバラなのに、音だけが先に届いて、聴いてる人たちがそれぞれ違う形で熱狂してた。そんなの見たことなかった。」
マリ姐は肩をすくめる。
「同じく配信でね。“この自由さは、本物だ”って分かった。
だから“整える役は私がやる”って決めたの。」
詩音は柔らかく目を細める。
「私はカフェで話した時に衝撃を受けました。数字じゃ測れない価値観の違いを、迷わず自然に選べる人だって。」
光は照れくさそうに笑った。
「……みんな、バラバラの場所で、同じものを見てたんだな。」
遥が言う。
「うん。“こうあってもいい”っていう合図。
光くんの音が、ずっと出し続けてる。」
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詩音が目を細めて頷く。
「それで十分です。数字や規模より、意味を持ってる音楽は強い。」
マリ姐がため息混じりに笑う。
「やっと少し戻ってきたわね。いつもの、自由でめんどくさいあんた。」
「ははっ、褒めてる?」
「一応ね。」
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窓の外で、夕陽が街を金色に染めていた。
光の横顔も、オレンジ色に包まれている。
その空気は静かで、でもどこか新しい熱を含んでいた。
「——音楽の意味を問い直した日。
それは“誰かに合わせる”ための音ではなく、
“世界をほどく”ための音だった。」




