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沈黙の一週間

 スタジアムの熱狂から、まだ一週間も経っていない。

 けれど、世界の空気はもう変わっていた。


 「ルナリア、ステージで日本の新星・光と共演!」

 「ルナリア、観客席からサプライズ登場!光のツアーファイナルのオマージュか!?」

 「大空光の実力と、それを上回るルナリアのパフォーマンス」

 「世界的歌姫ルナリアのアルバムに光が参加か? いまだ関係者は“ノーコメント”」


 ニュースもSNSも、どこを開いても同じトピックを扱う見出しが並んでいた。

 映像配信は数千万回を超え、ハッシュタグは連日トレンド入り。

 “自由の音楽”と“完璧な調和”が同じ夜に響いた衝撃は、世界のあちこちで語り継がれていた。


 だが、その渦中にいる本人――光は、何も発信していなかった。


 配信も、ツイートも、ストーリーも。

 光のアカウントは、あの夜を最後に沈黙したままだった。



 夕方の光が差し込む部屋。

 カーテンの隙間から、街のざわめきがかすかに聞こえる。

 ピアノの前に座った光は、鍵盤の上で手を止めていた。


 “——じゃあ光、あなたはここまで。

  ちょっと今の差を見せてあげるから、早くここまで登ってきてね。”


 あの夜の声が、まだ耳に残っている。

 ルナリアの笑顔。圧倒的な調和。完璧な世界。

 自分もそこにいたはずなのに、どこか遠い場所に感じた。


 ふと、背中にやわらかな気配が落ちた。


 振り向くと、雪が静かにソファから立ち上がり、光の隣に腰を下ろしていた。

 彼女は何も言わない。ただ、同じように鍵盤を見つめていた。


「……すげぇ人だったな」

 光の声は、ほとんど独り言のように小さかった。


「うん」

 雪はうなずく。


「全部が綺麗で、息が合ってて。

 あの人のステージって……“完成してる”んだよな。

 俺のは、なんか途中みたいで。」


 雪は少し考えてから、ゆっくりと口を開く。

「でも、途中って、悪くないと思うよ。」


 光が顔を向ける。

 雪は穏やかに微笑んでいた。


「ルナリアさんの音は、もう完成してる。

 でも、光の音は“動いてる”し ”どんどん変わっていく”感じがする。

 風みたいに、どこまでも行けそう。」


「……風、ね。」

「うん。止まらないの、光の音は。」


 光は少し黙って、それから苦笑した。

「止まらない……はずだったんだけどな。」


 彼は小さく息をついて、もう一度鍵盤を見つめた。

 手が少しだけ動く。けれど、音にはならなかった。


 そのまま二人は、沈む夕陽を見つめていた。

 街の喧騒の代わりに、遠くでカラスの鳴き声が響いた。

 それが今日、部屋で鳴った唯一の“音”だった。



◆SNSのざわめき


日本ファン

『光くん、生きてる?』『無事ならいいんだけど』

『配信ないと落ち着かない』『ルナリアに圧倒されたのかな……』


海外ファン

『Where is Hikari?』『He used to stream every day… now silence.』

『Hope he’s okay.』


ネタ勢

『#光くんロス』『ピアノの音が聴きたい禁断症状』



「——沈黙の一週間。

 それは音の止まった日々ではなく、

 音を見つめ直すための、静かな時間だった。」

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