合唱練習 ― 音の導き
音楽会の一週間前、放課後の音楽室。ピアノのまわりには距離ライン、扉には見守りの先生。
「Bメロ、いい声は出てるのに合わないね」先生が眉を寄せる。
光はラインの内側からそっと顔を上げた。
「俺、音で合図してもいい?」
「音で? ……そんなこと、できるの?」
「たぶん。やってみる」
先生が小さくうなずく。光は鍵盤に指先を置いた。
次のテイク。息より薄い和音が、歌い出しのすぐ手前にふっと灯る。
誰の指示もないのに、教室のみんなの胸が同時にふくらみ、ひと呼吸の余裕ののち、伴奏がやわらかく動き出した。
フレーズの終わりでは、小さな鈴の粒のような音が着地の気配をつくり、声が軽く床に触れて、次の言葉が自然に前へ出る。
「……今ので揃うのね」
先生が目を瞬く。小声で「(そんなこと、できるのね……)」と唇が動いた。
光は説明しない。ただ、同じ“呼吸の地図”を音でそっとなぞる。
入り前にごく薄い和音、ひと呼吸、伴奏。
語尾の手前でごく小さな音、ふわりと降りる。
拍は“歩く速さ”。押さず、急がず、横で並走する音だけが、誰も気づかないまま自然とクラスをまとめていく。
列の後ろで雪は、自分の胸が自然にふくらんで、自然に降りるのを感じて小さく驚いた。
(合図されてるわけじゃないのに、みんなの身体の動きが勝手に揃う)
最後のサビも同じだった。入りの前に気配が灯り、ひと呼吸。声はのびのびと天井へ上がり、語尾はそっと降りた。
「本番も、いまの感じで」先生がにっこり笑う。
光はベンチの上で指をひらひらさせただけだった。
片付けが始まる。子どもたちはラインの外から「ありがとー」と手を振り、光は軽く会釈で返す。
——これは“サイン”ではない。
こう鳴らせば、みんなの身体がこう動く。こう置けば、全体がここで息を合わせる。
光はそれを説明できないまま、本能でやっていた。
この“音の導き”は、のちに大きな会場で何千人もの呼吸を一拍でそろえ、観客を自然にノセる自由な演奏へと育っていく。




