ライブ前・演出打ち合わせと仕組まれた奇跡
話は約1ヶ月前に遡る。
♦︎ライブ前・演出打ち合わせ
ルナリア世界ツアー日本公演の最終演出会議。
巨大な会議室の中央、壁一面のスクリーンにはステージ図と導線シミュレーション。
チーム光はその後方で静かに座り、
世界規模の「本番の作り方」を、初めて目の当たりにしていた。
警備チーフが言う
「登場位置はどこからにしましょう、何か希望はありますか?」
ルナリアが軽い調子で言う。
「1階席、アリーナのど真ん中がいいわ」
警備チーフが驚いて顔を上げる。
「ど真ん中……観客に完全に囲まれますが?」
ルナリアは即答した。
「囲まれたとしても、私がサプライズで現れて歌えば、観客はみんな固まって動けなくなるわよ」
アンが呆れたように微笑む。
「……それ、“安全設計”の会議で言うセリフじゃありませんよ」
ルナリアは肩をすくめた。
「だって真ん中で現れるのが一番サプライズ感あるでしょ? どうやったら真ん中から現れられるかしら?」
アンは冗談まじりに答える。
「一般人に変装でもするとか?」
ルナリアの瞳が一気に輝く。
「それいいわね! 楽しそう!」
アン「……冗談なんだけど」
そのやりとりに場の空気が少しざわつく。
だが警備チーフは動じなかった。
「アリーナ中央ですね。了解しました。
中央前方に一本、やや広めの通路を設けましょう。歩きやすく、観客との安全距離も確保できます。
サプライズ登場時に赤と金の照明ラインを引けば、観客にも“ここはルナリアが通る道”だと一目で分かります。
そのラインを視覚的に守らせることで、踏み越えリスクも大幅に減る想定です。」
アンがすぐに口を挟む。
「でも、ラインだけではリスクがゼロにはならないでしょう?」
警備チーフは予め想定していた答えを即座に返す。
「ええ。ですのでライン上には一定間隔で、一般客に紛れさせた警備を配置します。
有事の際は即座にクッションを作って対応可能です」
アンが頷く。
「完璧。採用で」
ルナリアが満足げに笑う。
「決まりね。私の好きな色で道をつくって」
そのわずか数十秒のやり取り。
チーム光は息を呑んでいた。
詩音が小声で言う。
「……無茶が、一瞬で“仕組み”になった」
雪が思わず息を呑む。
「……すごい……。夢みたいな発想なのに、ちゃんと通るんだ」
マリ姐は腕を組み、目を細めた。
「理想をそのまま叶えて、しかも安全まで完璧に確保するなんて……。
“信じる”と“守る”を同時に成り立たせてる。これが世界の現場か」
光はスクリーンの赤と金のラインを見つめながら、顔をほころばせた。
「……このライブ、ぜったい楽しくなるね……!」
マリ姐が小さく笑う。
「まったく……あなたは、そういうところが一番強いわね」
チーム光の席に、静かな笑いが広がった。
その空気には——世界への憧れと、ほんの少しの悔しさ、そして今を楽しもうとする光の高鳴り——すべてが、同じ温度で混じっていた。
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♦︎現在 ― 横浜・オーロラスタジアム
道の左右、足元にある赤と金の照明で示されたラインの上を、真紅の衣装を着たルナリアが、数十本のスポットライトに照らされながらゆったりと歩いていた。
通路脇の観客たちは息を詰めたまま、
まるで夢を見ているようにその姿を見ていた。
その目線の高さはルナリアと全く同じ。
ステージ上を眺めるいつもの距離より格段に近かった。
「本物だ……!」
「夢みたい……!」
彼女が言った通り、観客は衝撃で全く動けなかった。ただ、もし何かが起きてもそれを悟らせないほど迅速に対応できる体制は裏で既に構築されていた。
ルナリアは微笑みながら歌う。
その声が、観客の間を通り抜け、風と一緒にステージへと流れていく。
光が笑って迎えるように鍵盤を叩く。
赤と金でできた花道の先で、ピアノの音が広がっていた。
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♦︎ステージでの再会
花道の階段を上るルナリアを、光が迎える。
音が彼女の歩みに合わせて高まっていく。
ステージにたどり着いた瞬間、ふたりの視線が交わった。
「だから言ったじゃん“きっとバレる”って!」
「あはは! でも、最高だったでしょ!」
ルナリアが息を弾ませながらピアノの左側に腰を下ろす。
二人の笑顔が、スクリーンいっぱいに映し出される。
観客の歓声が新たな波となって押し寄せた。
光が右、ルナリアが左。
ステージ中央の一台のピアノを、
二人の手がまるで一つの生命体のように支配していく。
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♦︎音の乱入と嵐
ルナリアが先に動いた。
ピアノの低音でリズムを刻み、まるでベースのように跳ねる。
光が右手で旋律を重ね、互いの音が絡み、押し合い、ぶつかり合う。
「優等生な音じゃ、私には届かないわよ?」
「じゃあ、こっちはどうだ!」
光がオクターブを跳躍し、高音を連打した。
雷鳴のような音が夜空を貫き、観客が息を呑む。
——その瞬間、ステージ袖の闇を裂くように、金髪のショートがふわりと揺れた。
その手に握られているのは、真紅のギター。フェラーリのボディを思わせる、眩いほどの赤。
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ニーナ。
ルナリアのバンドの中でも一番年下で、天真爛漫なトリックスター。
ステージでも舞台裏でもプライベートでさえも、笑いながら人を振り回す小悪魔ギタリスト。
彼女のギターが、突如として旋律に“割り込んだ”。
光のフレーズをまるで奪うように、同じ音を半拍早く鳴らす。
観客が一瞬「え?」と息を呑む。
「男の子なんて、遊んでても面白くないやつばっかりだと思ってた!けど、あなたと遊ぶのはとっても楽しそう!!」
ニーナはいたずらっぽく笑い、アンプを蹴るようにゲインを上げた。
挑発的なリフが飛び出す。
ルナリアと光のセッションの間を切り裂くように、火花を散らす高音。
「……やるわね」
ルナリアが笑いながら左手を叩き、ピアノで応戦。
光も即興で旋律を変え、ギターと絡む。
音が挑発と返答を繰り返し、会場がざわめいた。
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その混沌の中、スティックを指の間で回す影。
マリアンヌ。
長身で筋肉質、ステージを戦場と呼ぶ豪腕ドラマー。
無口だが一度スティックを握れば、全てを音で語るタイプだ。
「……おもしろくなってきた。ついて来れそうだし、もっとアゲよう」
黒いタンクトップ姿でスティックを高く掲げる。
次の瞬間、爆撃のような連打。
スネアが稲妻のように落ち、シンバルが空を裂いた。
その衝撃波で照明が明滅し、観客の悲鳴すらリズムの一部になる。
ルナリアが笑って、マリアンヌに親指を立てる。
ドラムの一撃が光とニーナの音を押し上げ、リズムが跳ねた。
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そして、ステージ奥。
その様子を見ていたのは——ベーシストのレイナ。
短髪でクール、表情はいつも無口で淡々。
けれど誰よりも仲間を見ていて、誰よりも音を支える。
“バンドの背骨”と呼ばれるベーシスト。
「まったく……どいつもこいつも、好き勝手やってくれるわね」
深く息を吐き、指を弦に滑らせる。
太い弦を親指で叩きつけ、低音が床を這うように走る。
観客の足元を震わせながら、他の音を包み込むように前へ押し出す。
その瞬間、全ての音がまとまった。
ピアノ、ギター、ドラム、ベース、そしてルナリアと光それぞれの声。
六つの音が重なり、まるで巨大な生き物のように蠢きはじめる。
風が音を運び、光がステージを裂いた。
「ふふっ、全員そろったわね!」
ルナリアが息を弾ませて笑う。
ルナリアが応えるように鍵盤を跳ねさせ、嵐のようなセッションを導いていく。
♦︎歌の帰還 ― “Stairway to You”
音の渦が最高潮に達した。
ベースが地を揺らし、ドラムが雷のように打ち鳴らされ、ギターが火花を散らす。
ピアノとルナリアの声がそれを束ね、すべての音がひとつかのように呼吸していた。
ルナリアが笑いながら、メンバーたちを見渡す。
ニーナ、マリアンヌ、レイナ——そして隣にいる光。
目が合う。
それだけで、全員が「次の一手」を悟った。
ほんの一瞬、誰も何も言わない。
ルナリアが、ゆっくりとまぶたを閉じる。
——次の拍で、全員の音が止まった。
静寂。
まるで海の底に沈んだような、重く透き通った空気。
七万人の観客が、息を飲んだまま凍りついている。
ドラムのスティックが静かに下ろされ、
ギターの余韻が消える。
ベースの弦が最後の振動を終える。
そして、光のピアノだけが——呼吸のようにシンプルな和音を1つだけ載せる。
ルナリアが、その音に重ねるように唇を開く。
「If I could find a stairway…
to you——」
そのたったひとつの歌声が、世界を満たした。
それは、さっきまでの轟音よりも強く、
どんな照明よりも眩しかった。
光はピアノに手を置いたまま、そっと彼女を見つめる。
声は出さずに、ただ目線と呼吸だけで和音とメロディを載せていく。
ルナリアの声が夜空に伸び、ピアノがそれを受け止め、
星々がその旋律に共鳴するかのように瞬いた。
観客の中から、ひとり、またひとりと涙がこぼれる。
それは悲しみでも歓喜でもなく——
“生きてこの瞬間に立ち会っている”という実感の涙だった。
ルナリアが最後の一節を静かに歌う。
「There’s a stairway… to you」
——完全な沈黙。
息をする音すら消え、
スタジアムのすべてがひとつになった。
そして次の瞬間、光が最後の和音を添えた。
静かに、温かく、夜を包むように。
——それが合図だった。
歓声が爆発する。
「ルナリアーー!!」「サイコーー!」「すごいーーー!!!!!」「ルナ様ーーーー!!!」「光くーーーーーん!!」
名前を叫ぶ声が渦を巻き、涙と笑顔とライトが入り混じる。
赤と金の紙吹雪が舞い上がり、風がそれを空へ運ぶ。
誰もが手を掲げ、空を仰いでいた。
涙に濡れた頬を照らすのは、ルナリアの歌の余韻。
その夜、世界は確かに、ひとつの音で繋がっていた。
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最後にルナリアはにっこり笑って、アリーナ中央を指さした。
「ありがとねーーー!! 大好きだよーー!!!」
——その瞬間、スタジアムが割れた。
七万人の歓声が爆発する。
誰もが「自分に言われた」と思って叫んでいた。
スマホを掲げ、泣き、抱き合う人もいる。
けれどその中で、
アリーナ中央の一角——。
ひとり、沖縄から来たファンがいた。
胸に抱いた黒のベースボールキャップに手を当て、立ち尽くしている。
視線の先、まっすぐ自分を指す指。
ルナリアの瞳は、確かに彼女を見ていた。
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♦︎フィナーレ
「……ねえ、光」
「ん?」
「私、今ね——分かったの」
ルナリアはマイクを持ち直し、スタジアム全体を見渡しながら宣言する。
「私のアルバムの最後のピースが、見つかった!」
観客がどよめく。
「制作中のニューアルバムに、光を正式に招待します!
ねえ、やってくれるわよね?」
光は苦笑しながら肩をすくめる。
「もちろん?」
観客の歓声が爆発した。
花火が夜空を裂き、金の紙吹雪が舞い上がる。
歓声が風を超え、空の果てまで届くようだった。
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♦︎バックステージ
モニター前のマリ姐とアン。
歓声と花火の音が壁を震わせる。
マリ姐が画面を見つめたまま言った。
「……勝手に光をアルバムに招待って言ってるけど、大丈夫です……?」
「全然大丈夫じゃないけど、なんとかします……」
二人は同時にため息をついた。
(やっぱりこの人“も”、そういうタイプなのね……)
モニターの中では、光とルナリアが満面の笑みで肩を組み、
観客の光の海に手を振っていた。
バックステージの静かな苦悩と、ステージのまぶしい歓喜。
その対比は、不思議なほどに美しかった。
——音楽は、前に出る人と支える人。
その両方がいて、初めて世界に響くのだ。
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すべての音がひとつに溶けていく。
スタジアムの夜空に、もう一発、ひときわ大きな花火が上がった。




