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『LUNARIA WORLD TOUR 20XX – JAPAN STADIUM NIGHT』-光のオープニングアクト

 あのスタジオから、まだ一ヶ月しか経っていない。

 それでも、世界はもう“次のページ”をめくっていた。


 横浜・オーロラスタジアム。

 間もなく日が沈もうとしている夕暮れ時。

 海沿いの夜風が吹き抜け、七万人の観客の喧騒がまるで波のように揺れていた。

 前方ステージの中央に、ピアノが一台。


 光が手を振りながら登場した瞬間、

 爆発のような歓声が夜空を突き抜けた。


 しかし、彼が椅子に腰を下ろし、マイクに息を寄せると――

 まるで合図を受けたかのように、歓声がすっと引いていく。

 空気が張り詰め、七万人の鼓動がひとつのリズムになった。



♦︎一曲目『LUNARIA Piano Medley』


「この話が決まってからルナリアさんの曲初めて聴いたんだけど、もうほんっとうにいい曲がいっぱいだよね!! いくつか混ぜて遊んでみたよ!」


 観客席から軽い笑いが起きる。


 軽い口調でそう言って、光はピアノに指を落とす。

 “Venus Code”、“One More Eclipse”、

 そして“Cat Walk”の旋律が滑らかに繋がっていく。


 クラシックの繊細さと、ポップスの躍動感。

 手拍子が自然と広がり、風が音を運んで夜空を撫でる。


 その音の海の中――アリーナ中央ブロック。

 黒のベースボールキャップを深くかぶり、黒のロングコートに身を包んだ金髪の女性が静かにリズムを刻んでいた。


 隣の女性が、ふと目を止める。

 「……あ、すみません。ジロジロ見ちゃって。

 変なこと言うんですけど、一瞬ルナリアさんかと思って……」


 女性はキャップの奥で微笑む。

 「ふふ、よく言われるわ。ルナリアが大好きでね〜、ライブに来る時はいつもルナリアのコスプレメイクしてるの。」

 「えっ、すご……! 完全に本人ですよ!」

 「ほら、目の色とか、よく見るとちょっと違うでしょ? あの色がなかなか出せないのよねぇ」

 「……そんな細かいところまで……」


 帽子の女性が尋ねる。

 「今日はどこから来たの?ルナリアのライブにはよく来るのかしら?」

 「沖縄から来ました!当たればどこにでも、それこそ海外でも飛んでいきます!!!」

 「あらあら、ルナリアの大ファンなのねぇ...」


 隣の女性がおかしそうに笑う。

 「そんなハイクオリティなコスプレメイクしているあなたが言うことですか?それ。」

 「たしかに、それもそうね!」


 二人は笑い合い、

 夜風が音と一緒に笑い声を運んだ。



♦︎二曲目『お題ピアノ(リクエスト)』


「じゃあ次! なんかお題ちょうだい!」


 観客の声が重なる。

 「星!」「自由!」「ルナリア!」


 そして、ひときわ澄んだ声が響いた。

 「ルナ様のpure light!!」


 光は笑って頷く。

 「pure lightにしようか。この夜にふさわしい曲にしてみるね。」


 静かで透明で、ひときわシンプルな旋律が、夜空に浮かび上がる。

 派手な装飾も、リズムもない。

 ただ“音”だけが呼吸していた。


 観客のざわめきが消え、

 ピアノの音が波のように広がっていく。


 七万人の中に、穏やかな光と涼やかな風が澄み渡っていくような、そんな演奏だった。


 帽子の女性――ルナリアは、胸に手を当てて目を閉じた。

 その表情は、誰よりも優しく、そして誇らしげだった。



♦︎三曲目『星空』


 日はすっかり沈み、いつの間にか夜空には満点の星が輝いていた。


「もう一曲は、俺の曲をやらせてください! ツアーファイナルで弾いた 『星空』っていう曲だよ。

 今日みたいな晴れた星の下は、ほんと最高のステージだよね。」


 青と白の照明がゆっくりと変わる。


 観客たちは自然とスマホのライトを灯し始める。

 この 『星空でスマホライトを灯す』 流れは大空光を知るファンの中ではすでに”お約束”となっていた。ルナリアのファンも自然と共鳴する。


 七万人の小さな光がゆっくりと揺れ、

 波のように広がって夜空と溶け合った。


 光の歌声が、その光の海を漂うように響く。


 最後の和音が鳴り終わると、照明がゆっくりと落ちた。

 拍手もない。七万人が息を止めている。


 ——その暗闇と静寂の中。


 ステージの端に、ベースの影が忍び込む。ドラムセットの椅子がわずかに軋む。もうひとり、ギタリストがコードを確認する仕草。


 観客は誰も気づかない。

 ただ、夜風だけがその予兆を運んでいた。



♦︎四曲目『Stairway to You(君への階段)』


 そのとき、アリーナ中央のあたりでは、

 小さなざわめきが起きていた。


 「……ねえ、やっぱりあれルナリアじゃない?」

 「似すぎてる……」

 「声まで同じ……」


 帽子の影が動く。

 女性は小さく笑った。

 「もう、しょうがないわね。」


 ルナリアは静かに指を伸ばし、そっと目元に触れる。

 カラコンを外す。


 先ほどまで話していた隣の観客は、その一瞬を偶然見てしまった。

 碧い瞳が光を反射して煌めき、空気がふっと震えた気がした。

 思わず息を呑む。

 ——その色は、スクリーン越しに何度も見た“本物の碧”の輝き。


 ルナリアが小さく口角を上げて囁く。

 「話せてよかった、この帽子はあなたにあげる。私の大ファンさん。」


 そう言って、隣の女性の膝の上に帽子をそっと置く。

 まとめていた金髪をほどく。


 立ち上がると、金の髪がばさっと肩に流れ落ちた。

 その瞬間、視界が息を呑むほどの黄金の輝きに満たされる。

 碧い瞳が星のように光を弾き、微笑んだ。


 ほんの一拍遅れて、周囲の観客が異変に気づく。

 「……ルナリア……?」

 「え、うそ、本人!?」


仕上げとばかりに黒のロングコートを脱ぎ去ると、真紅のドレス風ステージ衣装が現れた。

それと同時にスタジアムの全域から数十本のスポットライトが照射される。


 空気が一瞬にして爆ぜる。

 七万人の視線が、ただ一点に縫い付けられた。


 ——その瞬間、音が消えた。

 七万人の心臓の鼓動だけが、夜空に響いていた。

 ほんの一秒。

 でも、永遠にも感じる静止の時間。


 次の瞬間、歓声が爆発する。


 「きゃあああああ!!!」

 「ルナリア!?」「本物!?」

 「え!?どこ!?!?!?」「あそこ!!!」

 「まじ!?」


 スタジアム中の歓声と悲鳴が重なり、

 場が一気に制御不能寸前の熱を帯びる。



♦︎光のピアノ


 前方ステージの中央で、光がすぐに反応した。

 ピアノに飛びつき、強烈なリフを叩き込む。

 高音と低音が絡み合い、雷鳴のような音がスタジアムを貫いた。


 観客の注意が一瞬ステージへ戻り、

 混乱が音に抑え込まれる。


 (さすが、ライブの呼吸をよくわかってる)


 その隙に、ルナリアがマイクを掴んで笑った。

 「Tokyo——Can I sing from here?」


 —— 一拍の静寂。


 次の瞬間、爆音が世界を覆った。


 ドラムが炸裂。

 ベースが地を揺らし、ギターが赤い光の中で火花を散らす。


 ドン! ドン! ジャーン!


 ステージ後方で花火が弾け、

 上空から赤と金のテープが舞い降りる。

 夜空を焦がすように光が弾け、音と風が渦を巻く。


 ルナリアの立つ道の左右に赤と金の照明が灯り、ステージまでの道を描き出す。


 ルナリアが、笑いながら歌い出したのは、

 誰もが知る彼女の代表曲――“Stairway to You”。


 “There’s a stairway――to you!!!!!!!!!!!!”


 声が風を押し返し、スタジアム全体が共鳴した。

 7万人の観客が立ち上がり、耳をつんざく歓声が広がる。


風が髪を舞い上げる。

 光は前方ステージの中央。ピアノの音が夜風を割る。

 ルナリアはアリーナ席のど真ん中を、観客の波を割りながらゆっくりと進んでいく。


 二つの音が――遠く離れた場所から、今ひとつに重なった。


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