はじめての朝 ― 二つの音が出会う日
朝の光が差し込む、都内の老舗スタジオ。
ケーブルとマイクが床を這い、スタッフたちの足音と機材チェックの音が重なる。
チーム光――マリ姐、詩音、雪、遥、そして光。
五人は到着してすぐ、慌ただしく準備を整えていた。
「まさか急に海外のビッグネームと打ち合わせなんてね……気を抜けないわよ」
マリ姐が腕を組む。
「光さんが少しは緊張感を持ってくれればいいんですが」
詩音の声に、遥が笑う。
「なさそうよねぇ……」
雪が肩をすくめた。
「たぶん、ないと思います」
スタジオの奥では、すでに光がピアノに座っていた。
穏やかな和音を転がしながら、呑気に言う。
「どんな人なんだろ〜。楽しみだな」
雪がふと紙袋に気づく。
「光、その紙袋なに?」
「じゃーん! “たねやの餅入り最中”だよ!ルナリアさんにあげようと思って!」
マリ姐が振り向く。
「あら、手土産持ってくるのはえらいじゃない」
光は得意げに胸を張った。
「でしょ!しかも調べたんだけど、ルナリアさん日本大好きらしいよ!」
詩音が微笑みながら苦笑する。
「……それは、もう誰でも知ってますよ」
雪「光、ドヤ顔やめて」
遥「でも可愛いチョイスね、たねや」
マリ姐「緊張は……してないわね」
雪がため息まじりに頷く。
「うん、ゼロです」
⸻
♦︎ルナリア登場
その時、スタジオの外がざわめいた。
黒い車が停まり、白いセットアップの女性が降り立つ。
金髪をすっきりとまとめ、立っているだけで空気の密度が変わるような存在感だった。
世界的歌姫――ルナリア。
後ろを歩くのはマネージャーのアン。
タブレットとスケジュール帳を抱え、静かな表情でこちらを見ていた。
緊張よりも、どこか興味深そうなまなざし。
“ルナリアが認めた相手”――その存在を確かめに来たような目だった。
扉が開く。
光が立ち上がる。
視線が交わる。
ルナリアがまっすぐ近づく。
「はじめまして、光です」
差し出された光の手を取る――と思いきや、彼女はそのまま抱きしめた。
空気が、一瞬で凍る。
雪(目を丸くする)
詩音(息を飲む)
マリ姐
アン「Oh no… again!?(また!?)」
ルナリアはそっと光の肩に顔を寄せた。
「……あたたかい。あなたの音みたい」
光は固まったまま、どうにか言葉を探す。
「え、あ、ハグ文化ってやつかな。……うん、会えて嬉しいです、ルナリアさん。日本語喋れるんですね」
「ええ! 日本、大好きだからね!」
アンが苦笑しながら小声で。
「私は勉強させられました……」
ルナリアは軽く笑った。
「話すより、音を聴かせて」
そう言って光の手を取り、ピアノの方へ引いていった。
「ルナリア、please! まだ挨拶が――」
「アン、任せたわ!」
⸻
♦︎即興セッション
ピアノの前。
光が椅子に腰を下ろし、ルナリアがマイクを持つ。
光が言う。
「どんなキーが好き?」
「なんでもどうぞ」――彼女はウィンクを残す。
鍵盤がゆっくり沈む。
最初の音が空気を震わせた。
柔らかな残響が、スタジオの壁を這うように広がる。
その音に、ルナリアの声が重なった。
最初は探り合い。
光が転調すれば、ルナリアは瞬時に追いかけ、旋律をひねる。
歌が高く跳ねた瞬間、光のコードが息を合わせて包み込む。
音が呼吸し、感情がぶつかり、空気がひとつの生き物のように動き出した。
英語と日本語とフランス語が溶け合うように響く。
意味よりも音の響きが先に立ち、
まるで“音楽そのものが会話している”ようだった。
雪の瞳がわずかに潤む。
詩音が胸に手を当てる。
遥は息を呑み、マリ姐は口元を覆った。
音が生まれては消える――
その三分間、誰一人として瞬きさえ忘れていた。
最後の和音が静かに消える。
ルナリアが満面の笑みを浮かべる。
「完璧ね。二人でやれたら、もっと世界が明るくなりそう」
光も笑った。
「そうだね。音があれば、通じる気がする」
雪がぽつりと呟く。
「光があんな顔して誰かと音楽してるの、初めて見た……」
⸻
♦︎マネージャー同士の現実対応
スタジオの奥では、マリ姐とアンが向かい合っていた。
タブレットと書類が並び、二人の手が止まることはない。
「先ほどはうちのルナリアが少々驚かせてしまって、すみません。衝動で動くタイプなんです。しかも大抵それが許される立場にあるのでストップが効かなくて...」
「いえ、うちの光も全く気にしていないようなので、今回は不問とさせていただきます。」
「大変助かります。一点確認ですが、光さんはレーベル所属なし、ですよね?」
「なし。個人活動。法人は設立準備中ですね。」
「……よく個人であれだけの規模を捌き切りましたね。
それだけの柔軟さがあるのは強みですが、“自由”という形は一番怖いとも思います。」
「同感です。一番早く動けるのは自由な形とも感じていますが…」
二人は同時にため息をついた。
「ルナリアはかなり衝動で決める人なんです。今回も朝食の席で“光に決めたわ”って」
「うちはツアーファイナルのMCで“次はドームやろう”って宣言されました。事前相談ゼロで」
「……」
二人、思わず吹き出す。
アンが笑いながらタブレットを操作した。
「契約形態は、“友人がたまたま遊びに来た”で通します。法的に安全です」
「……その言い回し、うちでも使えるかも」
背後から詩音が顔を出す。
「お二人、なんだか既に息ぴったりですね。」
⸻
♦︎締め
ピアノを囲み、笑い合う光とルナリア。
音を止めても、会話はまだ続いていた。
少し離れた場所で、アンとマリ姐がその光景を見つめる。
「こうなると、もう止められませんね」
「……でも、悪くないでしょ?」
二人は同時に笑った。




