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会社設立のバタバタと爆弾投下

 都内の小さな貸し会議室。

 白い蛍光灯の下、テーブルの上にはノートPC、朱肉、判子、書類――そして、疲れ果てたマリ姐と詩音の二人。


 「定款、印鑑証明、資本金払込証明……これで全部揃ってるんでしょうか?」

 詩音が書類をめくりながらため息をつく。

 「待って、資本金って最低いくらにすればいいの? “一円でも設立可能”ってあるけど、そんな会社イヤでしょ」

 「では百万円でいきましょう。ただ会社口座がまだないので、一度は個人口座で払込証明を作るしかありません」

 「個人口座から会社口座に移す……で、その会社口座を作るのに登記簿が必要? もう意味わかんない、頭痛い、全部どうでもいい……」


 詩音が顔を上げる。

 「なに光さんみたいなことを言ってるんですか」

 「うそ……それは嫌……」


 朱肉の赤が乾く音だけが響く。

 詩音は小さく息を整え、ぽつりと呟いた。

 「……本当は専門家に頼もうと思ってたんですが、母に“法人の仕組みを肌で掴むため、一回は自分でやっておきなさい”と言われまして」

 「スパルタね……」

 「はい。結果、地獄を見てます」


 マリ姐はペンを止め、書類の一行を指さす。

 「……代表取締役、これ決めなきゃダメみたい」

 「会社を代表する人ですね。つまり社長です」

 「え、私かな!? 他にいないし……」

 「はい。今のところはマリさんしかいません」

 「うわぁ……責任を負わされる未来しか見えないわ……」

 「でも、それ今までとあまり変わらない気もします」

 「……た、たしかに」


 二人の乾いた笑い声が、蛍光灯の明かりの下に溶けていった。



♦︎同じ頃 ― 光の家


 夜。

 リビングの隅に置かれた電子ピアノの前で、光がスウェット姿で鍵盤を軽く鳴らしている。

 画面の向こうではコメント欄が流れ続け、雪が隣で湯呑みを差し出した。


 「なんか最近ね、マリ姐と詩音さんが“会社つくる!”って頑張ってくれてるんだよ〜。

  聞いたらさ、今まであのライブ全部マリ姐の個人名義でやってたらしくて。びっくりじゃない?」

 光は苦笑いして首を傾げる。


 コメント欄が一斉に反応する。

 『会社!?』『株式会社チーム光!?』『あの規模で個人名義は草www』『またマリ姐が過労死しそう』


 「そうだよね〜。でも会社って、俺なにすればいいのかな?

  オフィスでBGMでも弾く? “集中できる社内ピアノ”みたいなやつ」

 光は笑いながらピアノをポロンと鳴らす。


 コメントが一斉に走る。

 『CEO(Chief Enjoy Officer)でしょ』『BGMより曲作りなさいw』『たぶん今までと変わらん』


 「じゃあ俺の肩書、“Chief Enjoy Officer”にしよっか」

 コメントがさらに沸き上がる。


 『光社長誕生?』『実際、光くん社長やるの?』


 「無理無理! 俺なんもできないよ! 社長はマリ姐、満場一致!」

  雪がすかさず突っ込む。

 「アーカイブとかスパチャの設定すら知らなかったもんね」


  コメントが畳みかける。

 『たしかに光くんできなそう』『それは会社崩壊する』『マリ姐なら安心』『マリ姐の胃は心配』


 雪が呆れ顔でお茶を置いた。

 「光、オフィスに行ったらまずマリ社長にお茶をお出ししてね」

 「え、俺お茶汲み係?」


 ふたりの笑い声が、穏やかな夜に溶けていく。

 その瞬間――コメント欄が金色に光った。



♦︎スパチャ乱入


————

 「¥50,000」

 投稿者名:Lunaria Official

————


 「うわっ!? 何これ初めて見た色……え!?五万円!?」

 光が画面を覗き込み、目を丸くする。


 そしてコメントが固定表示されている。


————

 『私ルナリアよ。日本ツアー成功おめでとう。特にファイナルは素晴らしかった。

 ぜひ私の世界ツアー・日本公演で、オープニングアクトをやらない?』

————



 「ルナリア? だれ?」

 雪が湯呑みを落としかける。

 「えっ!? 世界的歌姫だよ! あの赤の衣装で金髪の人!」

 「あー! あの人か! すごっ! オープニングアクトってなんだろ? ライブのゲストのことかな? やる?」


 『やれ!!』『世界デビュー確定!!』『#光ルナリア』『#社長まだ登記前』

 コメントが嵐のように流れる。


 光は笑顔でピアノを軽く叩きながら、

 「じゃあ――やります!」

 と、ケロッと宣言した。


 その瞬間、世界が動き出した。



♦︎遥の部屋


 モニターの前で、遥がコーヒーを吹き出した。

 「……今、“やります”って言った!?」

 急いでSNSを開く。

 画面には次々とタグが躍っていた。

 『#株式会社チーム光』『#光ルナリア』『#光世界デビュー』

 

 「いや、言ってる場合じゃない!」


 遥はスマホを掴み、貸しオフィスに電話をかけた。

 「マリ! 詩音さん!! 今すぐ配信見てください!!」



♦︎貸しオフィス ― 大混乱


 書類の山の中、詩音が青ざめた顔でスマホを覗き込む。

 「な、なにがあったんですか!?」


 スピーカーから、遥の焦った声が響く。

 「光くんがルナリアの前座オファー、受けました!」


 動揺したマリ姐が訊く。

 「えっ、えっ?あの世界ツアーの!? いつの!?」

 「日本公演、一ヶ月後です!」


 詩音は一瞬、完全に固まった。

 「……法人登記、まだ提出前です……」

 マリ姐が天を仰ぐ。

 「嘘でしょ!? 会社できてないのに今度は勝手に世界進出!?」


 一拍置いて、マリ姐が机をバンと叩いた。

 「……もう知らない! どっちもやるしかないでしょ!!」

 詩音が苦笑する。

 「そういうところ、社長らしいです」

 「うるさい! 登記も現場も、どっちもなんとかするわよ!今までと一緒!なんとかする!」



♦︎SNSの嵐


 SNSの画面にはコメントが雪崩のように流れていた。

 『夢のコラボ!?』『光くん世界へ!』『#光ルナリア』『#HIKARU_WORLD』『#マリ姐過労死フラグ』


 詩音がため息まじりに笑う。

 「……会社設立より先に、世界に出ちゃいましたね」


 マリ姐が頭を抱えながらモニターを見つめた。

 「やっと活動が落ち着いたから登記しようって話だったのに……

  うちの社員、早速グローバル進出してるじゃないの……」


 詩音が苦笑して肩をすくめる。

 「でも、光さんらしいですよ。世界とか関係なく、“やりたい”で動く」

 マリ姐もふっと笑って。

 「……社長の仕事、また増えたわね」


 二人の乾いた笑いの中、モニターには世界トレンド「#HIKARU_WORLD」が輝いていた。



ナレーション


「こうして“株式会社チーム光”は、

登記より先に、世界のステージへと踏み出した。


 まだ会社のハンコもできていない。

 けれど――音楽はもう、国境を越えて走り出そうとしていた。」


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