株式会社チーム光、誕生?
全国ツアーの熱狂が過ぎて、一ヶ月。
街のざわめきも、ようやく日常を取り戻し始めた頃だった。
都内の片隅にある小さなレンタルオフィス。
ツアー中、仮拠点として数ヶ月契約していたその部屋に、久々に五人が揃っていた。
オフィスに二つあるテーブル。片方に光・遥・雪、もう片方に詩音とマリ姐。
光がテーブルに電子ピアノを置き、柔らかくフレーズを探る。
「この新曲、サビ前もうちょい音を抜いてもいいかも」
光の言葉に、向かいでイヤホンを外した遥が頷く。
「やっぱりそう思う? 少し情報量が多すぎた気はしてて」
「うん。音を減らすと、メロがぐっと立つ感じ」
雪はそのやりとりを聞きながら、紙コップのコーヒーに口をつける。
ゆるやかに流れる午後――だが、もう片方の机では地獄の戦場が広がっていた。
机の上には、会場の使用契約書、警備会社からの請求書、照明・音響スタッフとの業務委託契約、搬入出の立会記録――実務の匂いがする紙の束が山積みになっている。
壁には、ツアーで使ったポスターが貼られたまま。散らばるコピー用紙の端には詩音が走り書きしたメモ。
「ツアーは大成功でした。でも……」
ノートPCに目を落としたまま、詩音が息をつく。
「この後処理、もう個人の手には負えませんね」
「ほんとよ」マリ姐が額を押さえた。「会場契約も警備関係も、クラファンも、寄付金も。全部私の個人名義。正直、もう破綻してるわ」
少しの沈黙のあと、詩音が顔を上げた。
「やはり、どこかで法人化を検討する必要がありますね」
その言葉に、全員の視線が集まる。
遥が画面から顔を上げて二人を見ながら口を開いた。
「SNSで“ツアーの譜面集を出してほしい”という声を多く見ました。法人格があれば、そうした出版物を“公式”として出せるかもしれません。著作権処理も法人の名義で一元化できます」
「たしかに」詩音が頷く。「ビジネス面でも、記録としても価値が高い」
雪は部屋を見回した。
「拠点……オフィスって正式に持てたりするのかな。ここってレンタルの拠点だからか“自分たちの場所”って感じがしなくて落ち着かないなって……」
「わかるー」光が笑う。「やっぱ自分たちの場所ほしい! 楽器置いて、いつでもワイワイできる部屋!」
「拠点の常設。それも法人化のメリットですね」詩音がまとめた。
マリ姐は腕を組み、少しだけ真面目な表情に。
「法人化は“飛び立つための足場”。ここから先に進むなら、避けて通れないか…」
その瞬間、ふと全員の視線が光に集まった。
「……社長は、やっぱり光かな?」
雪の静かなつぶやきに、空気がぴたりと止まる。
「いやいや無理!」光は全力で手を振った。「俺は音楽やる人! 社長はマリ姐でしょ」
「は? なんで私!?」
ぽかんとするメンバーを前に、光はさらっと言葉を続ける。
「だってさ、全部回してくれてるのマリ姐じゃん。俺、正直なにもできないよ?」
その“ぽん”とした一言に、場の空気がふわりと変わった。
詩音は目を細め、ノートを閉じる。
(……確かに。光さんに責任を背負わせたら、彼の自由が縛られる)
雪は心の中で小さく頷いた。
(光は“飛ぶ人”。その翼を折らないように、私たちが支える)
遥も微笑みながら思う。
(最初から、私たちの“社長”はマリ姐だったのかも)
遥が小さく苦笑する。
「事実、最適配置に見えるかなぁ」
「同意します」詩音。
「……私も」雪。
もう場の流れは”社長=マリ姐”で完全に決まっていた。
「ちょ、ちょっと! 勝手に決めないでよ!」
マリ姐の声が響いた時には、もう遅かった。
「決まりー!」光が笑顔で手を叩く。
「異議ありません」詩音。
「賛成です」雪。
「私も」遥。
「うそでしょ……!? なんでみんなそんなノリ軽いの!?」
笑い声が部屋いっぱいに広がる。
窓の外では、春の終わりを告げる柔らかな風がビルの間を抜けていった。
――こうして、“株式会社チーム光”は産声をあげた。
それは、音楽を自由に羽ばたかせるための“足場”であり――
次なる嵐の入り口でもあった。




