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六、正体

 美羽は部活に出たようだ。

 航星は心配を抱えたまま一人で帰った。

 今日は美羽に連絡したい。

 具合は治ったのか聞きたい。

 そう思いながら、なんの変化もないままに、いつもどおり時は過ぎていく。




 あっという間に寝る時間になってしまった。




 今夜も琴音は何も変わらず絵本を催促した。


(本当に覚えてないのか?)


 首を絞められたというのに。

 琴音をまじまじと見つめてもニコニコするだけだ。


「幼稚園で読んだ猫の本がいい」


「うちにはないよ。違う猫の絵本でもいい?」


「あれ絵が怖いからイヤだなぁ」


「かわいい猫の話はいろいろあるよ」


 本棚でいくつか見繕い、琴音に選ばせると、航星は決めていた通りに切り出した。


「読む前にカーテンを調べていいかな?」


 今夜は先手を打ちたかった。

 言ってやりたいことがあったから。


「いいよ」


 琴音は快諾した。

 でも、調べなくてももうわかっている。

 いる。

 航星がカーテンを開けると、その隙間から赤い目玉が見えた。

 自分の目が赤い。


(やっぱりこれは俺だ)


 ガラスの中の自分の背後には、今夜も青い影が映っている。


「琴音を傷つけないでくれ」


 影に向かって呼びかけた。

 

「どうしたの?」


 背後で琴音の声が聞こえても、航星は影から目をはなさなかった。

 忌まわしい自分の影と対峙しなければいけない。


「琴音は逃げて」


 逃げると言っても、どこへ逃げるのだろう。

 兄以外誰もいないこの家の中の、どこに?

 航星は深いため息をついた。


「何も悪くない妹を攻撃しないでくれ。美羽とは別れるから」


 琴音に何の罪があるのだろう。


「お前が俺の魂なら、琴音を傷つけたりしない。琴音だけじゃない。もう誰かに危害なんて」


 もう自分が誰かを攻撃するなんて嫌だった。見たくなかった。


ーー自分を犠牲にするのか?


 そいつは無表情に喋りだした。


ーーもうずっと、小さな妹の面倒をみてきたのに。


「妹の面倒くらい、これくらい、どうってことない」


ーーこれくらいって。まだ14歳だろ?


「大したことしてない。家のことをするのは当たり前。俺はもう中2だよ。

 それにさ、両親は二人共元気で、ちゃんと働いているし、おばあちゃんも協力してくれている。琴音はお前みたいな問題児でも暴れん坊でもない」


 周りにはちゃんと自分を思ってくれている人がいる。

 琴音はいい子だ。

 自分は恵まれている。

 

「俺はこれ以上なにも望まない」

 

 充分幸福なのに、苦しいだなんて、叫んではいけない。


「お兄ちゃん」


 呼ばれて振り返ると、琴音が顔を真っ青にしてこちらを見ていた。


(怖いよな)


 逃げたくても、怖くて足が動かないのだろう。


「部屋の外へいく?」


 航星は琴音のそばにいくと、立ち上がるよう手を引っ張った。しかし、琴音はふるふると首を振る。


「お兄ちゃんも一緒に」


「一緒には無理だよ。また明日このおばけと会うことになるよ。琴音、怖がりだろ?  

 だから、今夜お兄ちゃんがちゃんとやつけなきゃ」


 

 自分にも言い聞かせるように、航星は言う。

 妹の安眠のためにも、撃退しなくてはいけない。

 

「お兄ちゃん、もういいよ」


 今度は琴音が袖を引っ張った。


「お兄ちゃん、ごめんね、琴音のせいだよ」


 そして、しゃくりあげて泣き始めた。

 どうして泣くのだろう。

 守られていいんだ。

 親が家にいないんだから、兄がすべきだろう?

 兄は黙って妹の背を撫でる。


「怖がらせてごめんね」


 琴音が激しく首をふった。


「ちがうよ」


ーー他の人はもっと苦労している。だから自分はわがまま言ってはいけないなんて、言うな。


 後ろの影が投げかけてきた。


「でも」

 

 そうすればうまくいくんだ。

 琴音が寂しがらない。

 お母さんも心置きなく仕事ができる。

 おばあちゃんへの負担が減る。


ーーそんなふうに我慢するな


ーーお前が我慢していると、琴音も我慢しないといけないんだよ?


「えっ?」


ーーお前がピリピリしてたら気を遣うんだ。


 航星が親に気を使うようにさ。

 

ーー甘え上手じゃないから、遠回りして訴える。

 例えば、幽霊がいるから眠れないっていってみたり。


 航星は琴音の顔を覗き込む。


(考えたことがなかった)


 真っ直ぐに甘えられないから、ワガママを言い出したのか。


ーー甘えるのが下手なんだよ。


ーー美羽と別れなくていい。


ーーきっと大丈夫。美羽なら。


 俺が俺に言い聞かせた気がした。

 涙が溢れて、涙を止めることができくなかった。


 ああ、我慢していたのか。  

 昨日の苦しい涙と違う。

 サラサラと頬を伝っていく。




 気づくと、青い影は消えていた。

 泣き顔の自分が窓に映っている。


「お兄ちゃん」


 琴音が心配そうに見上げている。


「泣かないで」


「ごめんね。大丈夫だよ」


 涙を拭ってから琴音の顔がよく見えるようにしゃがむ。


「俺、友だちと話したいんだ。だからスマホを見てもいい?」


 琴音は答える。


「いいよ」


 涙の跡の残る面は、笑顔で満たされていた。


「電気は消さないでね」


 航星はうなずいた。


「これは二人だけの秘密だ」

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