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五、美羽

 朝起きると、琴音は普段通り朝食を食べていた。

 父親はすでに出社。

 母親は洗面所でドライヤーをかけている。  

 

「おはよう」


 琴音は笑顔で挨拶する。


(覚えていないのか?)


 航星は向かいに座る。


「昨日の夜のこと覚えてる?」


 訊ねると、琴音はぽかんと航星を見た。


「昨日ってなに?」


「怖かったんだろ?」

  

 何のことを言っているのかさっぱりわからないようで、琴音の気持ちはもう朝食に移ってしまった。


「なんか、忘れちゃった」


 そういいながら、琴音は食パンをかじる。

 やっぱりいつも通りだ。むしろ機嫌がいい。

 琴音が何も覚えていないのは幸いだ。


(とりあえずよかった)


 バタバタと準備を進める母親の足音が聞こえた。

 保育園へ送っていくために、毎朝忙しい。


「お母さん、早く帰れたら一緒にお風呂に入るって」


 その言葉で、琴音の機嫌がいい理由がわかった。

 でも、早く帰れたらという条件付き約束は果たされないだろう。時々、無責任にそういうことを言うが、早く帰れたことなんてないのだから。

 母親だって気にしているから喜ぶようなことを言うのだろうけど、夜、琴音の機嫌が悪くなるからやめてほしいものだ。

 航星の脳裏にふと、昨夜の出来事が蘇る。

 

(あんなこと、二度とあってはいけない)  


 そのために美羽に別れを切り出すつもりでいた。



 待ち合わせの場所、自宅から徒歩3分のところにあるその自販機こそ、美羽に告白された場所だった。

 中1の終わりの頃だ。


 その時のことは鮮明に覚えている。

 夕暮れ時。早春とはいえ、暗くて殆ど夜だった。


 家を抜け出してコーンポタージュ缶を買いに来た航星の後ろに突然立っていた。

 マフラーをぐるぐるに巻いて。


 美羽の事は小学生の頃から知っていて、何度も同じクラスになっている。珍しく航星を避けない女子だ。

 どうしたの?

 そう聞こうと口を開きかけたその時、


「航星の彼氏にして」


 どストレートに言った。

 あんまり突然だったから状況を理解できず、航星は思わず首を傾げる。


「なんで?」 


「なんでって。彼氏になってほしいから」


 驚きで停止していた思考をなんとか働かせ、航星はうつむいた。

 冷静に考えるほど、美羽が自分に好意を寄せるはずなかったから。


「俺は小5のとき、殴ったよね」


 美羽はうなずいた。


「うん。殴られた。小5のとき殴られた」


「今は校則違反して先生に呼び出されたりしている」


「知ってる。ピアスあけたり、先生と喧嘩してみたり、授業サボったりしてる」 


「そんなやつの彼氏なりたいの?」


「なりたい」


 美羽ははっきりと言い切る。

 陸上部の一年女子のエースで、後期学級委員で、成績もまあまあ良くて、教室では友だちに囲まれていて、男子にも人気のあるタイプなのに。

 美羽は孤立したイタい男には勿体ない。

 それが混乱しつつも出した答えだった。

 でも、美羽は目をキラキラさせていた。


「航星と一緒に登校したい。いい?」


 その目の輝きに負けて、肯いてしまった。


「別にいいけど」


 本当はドキドキしていた。

 すごく嬉しかった。

 でも、同時に怖かったのだ。

 そのことを悟られたくなくて、顔をしかめてみせる。猛烈にカッコつけてしまった。

 でも、美羽は違った。


「ありがとう!」


 涙を浮かべながら弾けんばかりの笑顔を溢した。 

 嬉しいという感情を隠さず航星にぶつけた。

 それから、くるりと背を向ける。


「走って帰るね」


 後ろ姿でもわかる。耳が赤い。


「明日の朝、ここで待っててね」


 マフラーをたなびかせ、走り去っていった。




 あの日から、美羽と毎日登校することになった。毎朝幸福だったけど、今日終わりする。


 ーーするつもりだったのに、美羽は来なかった。




 その日、美羽は2時間目後の休み時間に教室に現れた。

 航星は声をかけずには居られなかった。


「どうかしたの?」


 その顔から普段の明るさが削げ落ち、憔悴しきっていた。


「教室では話さないんじゃ……」


 ロッカーに荷物を置いた美羽は、あからさまには驚いていた。


「普通に心配だから」


 正直に言うと、美羽はうつむく。


「実はね、どうしても起きれなくて、ママが遅刻していいって言ってくれたの」


「体調不良?」


 無理して学校に来たのだろうか。


「ーー夢を見た。琴音ちゃんの……」


「琴音の?」


 美羽が黙る。

 まだ顔色が悪い。


「保健室に行ったほうがいい。それとも帰る?」


 美羽は首を振った。


「いいから」


 タイミングよくチャイムがなって、仕方なく航星は席についた。

 クラスの幾人かがヒソヒソと何かを話している。

 どんな気持ちで別れを切り出そうとしたかも、美羽をどれだけ心配したかも知らずに。


(うるさい)


 航星は舌打ちして睨みつけてやった。

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