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三、兄、妹、祖母

 その日も学校では美羽と話すこともなく、一日が終わった。

 

 帰宅した航星は宅配スーパーで届いた物を冷蔵庫にしまい、洗濯物をたたみ、風呂を洗い、それから米を研ぐ。明日はゴミの日だから、袋にまとめておく。日が暮れてきたら全室の雨戸を閉める。

 これらは航星の仕事だ。

 スマホで音楽を聴きながらすべてを片付け、ようやく自室へ入る。

 宿題をしているうちに保育園から祖母と琴音が帰ってくるだろう。

(すっかり主婦だな)

 苦笑いが漏れた。

 でも、これをやらないと祖母が大変になってしまう。



「夕飯だよ。唐揚げだって!」


 琴音が呼びに来たとき、航星はタブレットを睨みつけていた。作文の宿題を仕上げて、この学校用のタブレットに保存しなくてはいけないからだ。


「わかった」


 作文は苦手だった。

 今まで貰ったプレゼントの中で印象に残ったことについて、新聞のコラム風にまとめるという宿題に四苦八苦している。


(書けるかよ)


 イライラしていたから、逃げるようにダイニングに行くと、エプロン姿の祖母が既にご飯を運び始めていた。


「航星、ご飯食べられる?」


 優しい声にうなずき、食事の準備をいつも通り手伝った。

 祖母、航星、妹の3人で食卓を囲むことにすっかり慣れた。


「航星がしっかりしているからってお母さんは頼りすぎね。土日は遊びに出ちゃうんでしょ?」


「遊びじゃなくて仕事だって。だいたい午後だけ」


 午前中の母は溜まった家事を片付けるのに必死だ。

 でも、午後は仕事の残りをやると言って出ていき、お酒を飲んで帰ってくる。


「土日までお父さんと航星に任せて」


 祖母が味噌汁のお椀を置いた。


「お父さんの帰りも遅いんだから、もっと早く帰れる仕事をすればいいのにね」


「おばあちゃん、また同じ話ししてる」


 琴音がけらけら笑った。


「ありゃ」


 祖母もおどけてみせた。


「航星」


 祖母が改まった。


「何かあったら話すんだよ」


「大丈夫だよ」


 ここまで、お決まりのパターンだった。

 祖母なりに航星を気にかけてくれている。

 航星さえ、文句を飲み込んでいれば家は平和なのだ。


「お兄ちゃんに、“いいもの”あげる」


 琴音が突然立ち上がった。


「いいもの?」


「マジョジョのネックレス。しんじつをあらわす魔法の石だって!」


「マジョジョ? 魔法?」


 琴音は航星にネックレスをかけた。

 青い飾りが胸元で揺れる。


「今日買い物のときに見つけて買ったんだよ。おまけ付きのお菓子。その玩具だよ」


 祖母の説明で納得する。

 琴音の好きなTVアニメに出てくるネックレスだ。

 琴音も色違いを首にかけている。


「ありがとう、琴音」


 航星の言葉に、琴音は満面の笑みを浮かべた。


(このことを書けばいいか)


 作文の宿題に目処が立ちそうだ。ホッとしたのもつかの間、次の問題を思い出してしまった。


(今日はすぐ寝るかな)


 またカーテンの影に誰かいるとかいうのだろうか。

 琴音の寝かしつけのことを考え始めると、昨日の出来事が蘇る。


(思い過ごしってやつだよ)


 カーテンの裏側の気配と赤い光を思い出していた。


「航星っ」


 祖母の声で我に返る。


「ぼんやりしているよ」


「ごめん」


「大丈夫?」


 祖母の顔が心配で曇る。


「疲れている? ごめんね。おばあちゃんが泊まれないから」


「大丈夫だよ」


 そういったものの、わけもなく不安がこみ上げた。 

 まるで何か悪いことが起こる予感のように暗い影を背後に感じるのだ。


「ねえ、ばあちゃん。幽霊見たことある?」


 不意に訊ねる。


「ないよ」


 突然の孫のおかしな質問に狼狽えることなく祖母は答えた。


「見られるなら見たいね」


 予想外な穏やかな返しに、航星のほうが動揺してしまった。


「何で?」


「会いたい人がたくさんいるから」


 祖母は微笑んで答えた。


「産まれる前に亡くなった兄や、お世話になった伯母さんや、いつも助けてくれたお母さん、つまり航星や琴音のひいおばあさんね」


「おばあちゃん、怖くないの?」


 琴音が訊ねる。


「使い古された言葉だけど、生きている人間が一番怖いんだよ」


 航星はハッとしてうつむいた。

 祖母の優しい声を聞いていたら、幽霊といって恐れるのは死者に失礼な気がしてきたのだ。


「生きている人間が幽霊みたいに現れるのが一番怖いのかな」


 なんの気無しにポツリというと、祖母がうんうん頷いた。


「そりゃ、生霊だ。おっかないね」


「生霊?」


「古い物語にも出てくるよ。生きた人間の怨念がお化けになって苦しめに来るんだよ」 


 航星はよくわからなかった。

 ただ、生霊という言葉はぬるりと記憶に張り付いてしまった。


 あの赤い光は居てはならない、見えてはならないものに思えた。それなのに、確かに血の通った人間の熱量がある気がしたのだ。

 生霊という祖母の言葉がその存在に当てはまる気がして、航星の不安を静かに駆り立てていた。

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