「ゆっくりと、甘く。」~ゆっくりと揺れるひまりの心情〜
玲と出会ってからのひまり。
玲にも変化が訪れていると同時に、ひまりも心の中で確かに何かが変わっていくのを感じていた。
そしてそれは段々と大きくなって…。
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「出会いの日、甘い出会い」
ある雨の日。傘を忘れて駆け込んだカフェ。
びしょ濡れの自分を見た店員さんが申し訳なさそうな顔をしているのを見て、「やっちゃった~」と心の中でため息をついた。
「すみません、タオルとか……ありますか?」
そんな私の声に反応したのは、店員さんではなく、窓際に座っていた女性だった。その人はいつの日かカフェで見たスーツが似合うかっこいいお姉さんだった。
「……使え」
そう言って、無造作にハンカチを差し出してきた。
(え? えっ、くれるの?)
びっくりして顔を上げると、そこには思ったよりもスッとしたクールな美人さんの顔があってブラックコーヒーの匂いが良く似合っていた。
冷たい雰囲気なのに、目が綺麗な青色で――なぜか吸い込まれそうな感じがした。
「ありがとうございます~!」
思わず笑顔でお礼を言うと、彼女は目をそらしてしまう。
(……あれ? もしかして照れてる?)
ちょっと可愛いかも。
そう思ったのが、私の中で玲ちゃんが気になるようになった最初の瞬間だった。
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「気づいたら、隣にいるのが当たり前」
「ブラックばっかり飲んでると、苦くて人生まで苦くなっちゃいますよ~!」
「……余計なお世話だ」
出会ってから、私はちょくちょく玲ちゃんとカフェで会うようになった。俗に言うカフェ仲間ってやつだった。
最初は偶然だったけど、気づいたら「玲ちゃんの隣」が私の定位置になっていた。
玲ちゃんは、いつも無愛想だけど、話してみると意外と優しい。
ハンカチを貸してくれたのもそうだし、私が寒そうにしてるとそっとマスターに頼んでエアコンの温度をあげてくれる。この前なんか、カイロまで貰っちゃった。
(こういうさりげない優しさ、ずるい……)
玲ちゃんのそんなところが、少しずつ好きになっていった。
でも、「好き」って言葉を使うのは、まだ早い気がしていた。
これは憧れみたいなもの。
大人でかっこよくて、ブラックコーヒーが良く似合う。そして何より私にはないものを持っているから。
そう思っていた。
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「心のざわめき」
ある日、私は何気なく聞いた。
「玲ちゃんって、彼氏とかいないんですか?」
すると、玲ちゃんは「いない」と呆れた顔で即答した。
「ふ~ん……じゃあ、好きな人は?」
その時、玲ちゃんが一瞬言葉に詰まった気がした。
(あれ?)
別に、「好きな人がいる」って言われたらショックだったかもしれない。
だけど、いないと言われてほっとしたのも事実だった。
(……私、なんでほっとしてるんだろ)
この時、初めて玲ちゃんへの気持ちがただの憧れじゃないことに気づき始めた。
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4.いないと、寂しい
数日後。
いつものカフェに行き、元気よく扉を開けると、いつもの席に玲ちゃんがいなかった。
(あれ……今日は遅いのかな?)
いつも通りにカフェラテを頼んで、玲ちゃんが座るはずの隣の席を見る。
ぽっかりと空いたスペース。
玲ちゃんと会う前まではそれが普通で当たり前だった、それなのに今は、なんだか落ち着かなかった。
(変なの……別に、玲ちゃんのために来てるわけじゃないのに)
結構時間経ったよね?それなのに今日は玲ちゃんは来なかった…お店を出る前に飲み干したカフェラテは何故か甘くなく、苦かった…。豆のせいかな…。
でも、その日だけじゃなく、次の日も、その次の日も、玲ちゃんは来なかった。
(……どうして?)
いつの間にか、玲ちゃんと話すことが当たり前になっていた。
ほとんど私だけが一方的に話しているだけだったけど、それでもたまに‘’悪くない’’とか‘’馬鹿だな’’なんて言って笑ってるそんな玲ちゃんが忘れられない。
あぁ…会えないだけでこんなに寂しいんだ…。
――私、玲ちゃんのことが好きなんだ。
その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
さっきまで飲んでいたカフェラテの味が思い出せなかった。
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「再会と、涙」
そして数日後、ようやく玲ちゃんがカフェに来た。
「玲ちゃん!」
思わず駆け寄ると、玲ちゃんは少し驚いた顔をした。
「最近来なかったから、心配してたんですよ!」
でも、玲ちゃんは少し気まずそうに目をそらした。
(……なんか、変だ)
いつもと違う。
確かに、玲ちゃんは無口だけど、こんなに避けるような態度はみせない。
その日、私はあえて深く聞かなかった。
玲ちゃんも聞いて欲しく無さそうだったから…
でも、確信した。
(玲ちゃんも、何かを考えてる)
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「雨の日の告白」
その日は、また雨だった。なんだか、この時期はやたらと雨の日が多い気がする。
私はまた傘を忘れて、びしょ濡れになっていた。
そこへ、玲ちゃんが現れた。
「……バカか」
そう言って、自分の傘を差し出してくれた。
(ああ、やっぱり玲ちゃんは優しい)
でも、なんだか切なくなった。
こんなに優しいのに、玲ちゃんは私の気持ちに気づいてくれない。このままじゃきっと私の方が…パンクしちゃうよね…。
だったら――
「玲ちゃんって、優しいけど……」
「?」
「私のこと、どう思ってるんですか?」
自分でも驚くくらい、震えた声だった。
気持ちが溢れて変な声になった、恥ずかしい。
玲ちゃんは、一瞬驚いたような顔をして――ゆっくりと口を開いた。
「お前がいないと……寂しい」
雨音がうるさい中、確かにその言葉は聞こえた。
そしてその言葉を聞いた瞬間、胸がドクンと鳴った。
「お前が笑うと、嬉しいし……悲しい顔をしてると、辛い」
玲ちゃんの瞳が、真剣だった。
「だから……多分、私は……お前のことが、好きなんだと思う」
その言葉が、雨音なんかかき消して、はっきりと聞こえた。
涙が出そうだった。グッと堪えているけど、多分私今変な顔になっちゃってる…。だってずっと玲ちゃんも同じ気持ちだったらいいなって思ってたから。
でも、ずっと望んでいた言葉なのに、なんだか信じられなくて。
だから精一杯、強がって私も伝えるんだ。
「……ふふっ、玲ちゃんって、ほんと不器用ですね」
そう言いながら、私は玲ちゃんの手をそっと握った。
少し震えていたけど、寒い雨の中が気にならないくらい温かかった。
「でも……私も、玲ちゃんのことが好きです」
すると、玲ちゃんは小さく息を吐いて――
「……そっか」
と、小さく微笑んだ。
(ああ、やっと、伝わったんだ)
心の奥が、じんわりと温かくなっていくのを感じた。
その日の帰り道は冬が近づく雨の日なのに、真夏のように体がポカポカした。
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「ゆっくりと、甘く。」
「玲ちゃん、ブラックやめて、今日から毎日カフェラテ飲みましょう!」
「……それはない」
「もう、ケチ~!」
玲ちゃんは、そんな私の言葉に微かに微笑んで、カフェラテを一口飲んだ。
それを見て、私は嬉しくて、思わずまた笑顔になる。
玲ちゃんは隠してるつもりだろうけど、すっかりカフェラテが平気になってるの、私ちゃんと気づいてるんだよ?だからこそ。
(玲ちゃんの世界を、もっと甘くしてあげるんだからね)
そう、心の中でそっと誓いながら――
私たちは、ゆっくりと、でも確かに恋人になっていった。