09
――――しかし、アリシアの人生はそこで終わらなかった。
眩しさを感じて、アリシアはうっすらと瞳を開けた。ぼんやりとした頭で見つけたのは、ライラがオムツを替えているところだった。生理の血とは違う、茶褐色のシミがついている。
「なに、それ」
つい出た言葉は上手く音ならず、掠れて裏返った。
「アリシア!! 目覚めたのね!!」
ライラは震える声で、「よかった、本当によかった」と独り言のように呟いている。眠る前の記憶がうまく思い出せないアリシアは、状況が読みとれずにとりあえず目に入ったシミについて尋ねた。
「それ、私……病気なの?」
「大丈夫。大丈夫よ、アリシア。これは薬の副作用だから、すぐにおさまるから」
ライラが力のこもった声で言えば、アリシアは「ライラがそういうなら、そうなんだろう」と納得した。
「喉がかわいたわ」
アリシアはそう呟くと、上体を起こそうとして身体に上手く力が入らないことに気づいた。
「無理しないで! あなた、三日間も寝ていたのだから」
そう言って、ライラはコップに注いだ水を差し出した。
(なぜ三日も……?)
アリシアが記憶を探ると、段々過去の出来事が蘇ってくる。アルコールに溺れたこと、ライラと出会い治療を始めたこと、それからどうしようもなく死にたくなって薬を飲んだこと。
記憶として確かに存在するのに、なんだか夢のように朧げだった。
そこでふと、アリシアは気づいた。
常にどんよりとあった頭痛がないことに。朝の光を浴びながら、頭がすっきりしている心地よさを久々に感じた。すると、なぜ自分があんなにも苦しかったのか不思議に思えてくる。
「そういえば、ライラ。三ヶ月たったの?」
「ええ、おめでとう、アリシア」
ライラの返事を聞いて、アリシアの中でこのすっきりとした気持ちがアルコールが抜けたことなのだと結びつく。実際は、『死のうと思えばいつでも死ねる』という事実が、無意識にアリシアの希死念慮を相殺した。
いつでも死ねるならば、他人の目など気にする必要はない。苦しみから自力で解放できるのであれば、これ以上に悩むことなどないと――――。
すると、最後の眠りにつく前と同じようにアリシアは自分が好きだったことを思い出した。どうせいつかは死ぬなら、好きだったことだけして楽しんだらいいと、いまならそう思える。
頭に浮かぶのは、お気に入りのドレスに甘いお菓子。楽しい唄に、素敵な演劇。
昔ほどは無理でも、お金にはまだまだ余裕がある。日曜の市場で洋服を見て、美味しいお茶やお菓子を買う想像をしてアリシアの心ははずんだ。
(そのときは、ライラも一緒がいいわ。ガラスのアクセサリーをお揃いで買うの。あと木苺のお酒も…………)
そこまで考えて、アリシアは「お酒はもういらない」と自身に訂正をした。飲みたい気持ちは消えないが、飲み始めたらまた苦しむ予感があった。しかし、ライラがはじめてくれたのは木苺のお酒。そこには思い入れがある。
(だったら、木苺のハーブティーもいいかもしれない)
楽しい気持ちでライラに目を向けると、彼女はにっこりと笑ってアリシアをみた。同じようにアリシアも笑顔を浮かべる。
とても晴れやかな気分だった。
窓から吹き込む穏やかな風が心地よい。それを頬に感じながら、アリシアはゆっくりと瞳を閉じた。その唇は微笑み、穏やかな顔をしている。
その様子をみたライラの頬に、ずっと堪えてきた涙が零れ落ちた。
◆終◆
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