1 :捨てられた
物心ついたときから、薄暗い埃っぽい部屋が彼ーーロウのすべてだった。ここへ訪れるのは、食事を運ぶ使用人くらいで、他の人が訪れることはなかった。幸いにも、使用人たちがここで仕事を休憩し、話していることが多く、かろうじて言語は聞き取れるようになってはいたが、それ以外は情報を得るすべはなかった。その使用人たちの話によれば、ここが一応貴族の屋敷だということも、ロウが妾の子で、魔力がないために出来損ないとして閉じ込められていることも知っていた。
いつものように荒い足音が遠くから聞こえ、無遠慮にドアが開かれる。
「ロウ様、お食事こちらに置いておきますね」
投げ捨てるように置かれたそれは、カビの生えたパンと、具のほとんどないスープだった。
死なない程度に出される食料を、かきこむように食べる。
いつまでこんな生活が続くのだろうか、格子のついた窓をちらりと見上げる。
空はどんよりと曇って、いつ雨が降ってもおかしくないような湿った天気だった。
やることもなく気づけば、ボロボロの布団で眠っていた。
いつのまにか土砂降りの雨と、雷が鳴り響いている。
「こちらにこい」
唐突に開かれたドアから、騎士のような男たちが俺の手を掴んだ。
「な、はなせ!!!」
「いいからこい!お前みたいな役立たずは、ここにいる意味がないと、やっと旦那様がお分かりになったようだ」
俺の世界の全てだった部屋から、引きずるように連れ出され、馬車に押し込まれた。
出された外の世界はロウが思っているよりも広く、自らの部屋がとても小さい世界だったのだと思い知らされるような気持ちだった。
騎士たちを前にして、ロウにはなんの力もなく、抵抗しても無駄なことだと、諦めて身体の力を抜きされるがまま、運ばれていく。
いったいどこに連れて行かれるのだろうか、まあどこに連れて行かれたとしても、どうしようもないなと、内心で吐き出す。
押し込まれた馬車にどれくらい揺られていたのか、外の景色は見えず、ずいぶん長い時間走っていたように感じていたが、急にとまった。
「おら、降りろ!!!これは旦那様からの餞別だ、2度と顔を見せるな」
「痛っ……!
小さな袋とともに、道に投げ捨てられる。気づけば雨はやんでおり、ぬかるんだ地面に膝を打ち付ける。頭じゃなくてよかったなと、息をはいた。ロウを捨てたあと、すぐさま走り出す馬車を見送り、どうしたらいいのかと途方にくれた。
「こんな森のど真ん中でどうしたらいいんだよ…」
幸いにも雨はやみ、光が指していることから、夜中のうちに馬車を走らせ、今朝捨てられたのだろう。ロウは困ったようにつぶやいた。なんにしろ、自由にはなれたんだ。まだ死にたくない、その思いで、近場に街やせめて川などはないか探すため立ち上がる。ロウは雨露できらきら光る森を歩き始めた。