魔王と勇者と魔王軍幹部共⑩
城の中央――人族一万人を詰め込んでもまだまだ余裕がありそうな庭園。
その中央に、ニアを含む六人が俺達を迎えるように立っていた。
皆一様にニアと同じような黒づくめの服を着て、燕尾のマントを羽織り、俺の顔(キメ顔)が書かれている面を被っている。
どこからどう見てもヤバい集団にしか見えないが、間違いなく(残念なことに)俺の良く知る魔王軍幹部達だった。
面を被っているとはいえ、各々髪やら体格やらが特徴的なため見分けるのは難しくないが――その中に一際眩しい金髪を持つ小柄な少女がいることに気付いて息が詰まる。
(ガロっちよぉ……)
(うるさい。黙ってろ)
深呼吸して気を落ち着かせると、出来るだけエリスの方は見ないようにして、努めて冷徹に聞こえるよう声を出した。
「改めて聞こう。お前達は何をしにここに来た」
すると、六人はこそこそと会話したのち、頷き合って再び俺と対峙する。
それからエリスが一人前に出てきて、大きな声で叫んだ。
「会員ナンバー1!ガロンさんがいないとき勝手に玉座に座ったことがある!エリィ!」
「なんだって?」
何かはまったくわからないが、何かが始まったのだけはわかった。
エリスの後に続くように次々と幹部達も名乗りを上げ始める。
「会員ナンバー2!私と同じ匂いになるよう毎日魔王様の枕に香水振りかけてる!ルル!」
「会員ナンバー3!魔王様の言ってること実は半分もわかってねぇ!デル!」
「会員なんばーよーん!まおーさまの声を録音して毎晩聞きながら寝てる!ロルちゃん!」
「会員ナンバー5、常に魔王様の居場所がわかる、ガルと申します」
「会員ナンバー6!三日間くらいこっそり魔王様の影に『入ってなかった』、ニアです!」
「六人揃って!魔王様を――」
総括するようにルルヴィゴールが言うと、各々キメポーズのようなものを取って叫んだ。
「取り返しに来ました!」
「愛しております!」
「世界一ィ!」
「すとーきんぐ!」
「お迎えに上がりました」
「か、帰って来て『ほしくない』です!」
揃えなさいよ。
あと今どさくさに紛れて変な事言ってる奴いなかった?
ていうかほんとなんなんだ。突然何を言い出すんだこいつらは。
勝手に玉座に座ったって何。いつでも座ってくれていいよ別に。
同じ匂いになるようにって何。もはや嫌がらせだろそれ。
半分もわかってないって何。ほとんど適当だったのか今まで。
録音して毎晩聞いてるって何。ただひたすらに怖いよ。
常に居場所がわかるって何。一体何の能力なんだそれは。
三日間影に入ってたって何。仕事しなさいよ。
今日何度目になるかわからないがまたも絶句する俺。
そんな俺を見ながらアイリスが腹を抱えて笑っていたので髪を一本思いっきり引き抜いてやった。
「な、何がしたいんだお前達は」
心の底から思ったことを言うと、ガルゼブブがしっとりとした声音で答えた。
「魔王様がご存知ない、わたくし達の秘密を暴露していくことで、精神的揺さぶりをかける作戦です」
何だその作戦……!滅茶苦茶効果的なんだが……!?
「では、早速二週目に――」
「ま、待てガルゼブブ。いくら秘密を暴露されようと、我に精神的動揺はありえない」
それを聞いたガルゼブブはにっこりと笑い、何も言わずにエリスに発言を促した。
くそ、わかっていやがるなこいつ……!
それに待ったをかけたのはアイリスだった。
「まぁ待て、光魔ガルゼブブ。あたし的には是非とも続きを聞かせてもらいたいところだが、そこまで悠長に遊んでる時間もないんでな」
「王女、アイリス様――で、よろしかったですか?」
「ああ。この間デモント平原でお前たちを完膚なきまでに叩きのめした、アイリス様だ」
「てめぇかぁ……!」
「待ってください、デルゼファーさん」
飛び出そうとするデルゼファーを止めると、エリスが前に出てアイリスと対峙する。
「何しに戻って来た、エリス。ここはもうお前の来ていい場所じゃあない」
アイリスの棘のある言葉。
だが、エリスは全く動じることなくあっさりと返した。
「ガロンさんを取り返しに来ました」
「魔王を取り返しに、か。元勇者とは思えない台詞だな。そっち側につくってことは、あたしを、人族を完璧に裏切ることになるわけだが――わかってるんだよな?」
「わかっています」
「そうかよ」
エリスの迷いない答えにアイリスは素っ気なく返すが、その横顔はどこか嬉しそうに見えた。
それからアイリスは幹部達に視線を移して口を開く。
「お前達もだ。平和条約が結ばれれば、お前達は金輪際人族と関わらなくて済むようになるんだ。それを蹴ってまで、魔王を取り返さなきゃならないのか?これは、お前達を傷つけたくないっていう魔王の想いを踏みにじってまでやらなきゃいけないことなのか?」
すると、底抜けに明るい声でロルデウスが言った。
「あっは!やるに決まってんじゃん!だって、平和条約なんて、もうどーだっていーし!」
「どういうことだ、ロルデウス」
俺の問いに、ルルヴィゴールが厳かに答えた。
「魔王様。私達は全員、魔族という名を捨て、新しく魔王様大好きクラブという種族を名乗ることにしました。この世界に残っている魔族はもう魔王様お一人だけです」
「な、何を言っているんだ……?」
ていうか魔王様大好きクラブって種族名だったのか。
何その頭悪そうな種族。
あとそんな奴らがいる世界で俺はどんな顔して生きていけばいいの?地獄すぎない?
今日一番の意味のわからなさに混乱していると、突然アイリスが笑い声をあげた。
「ぶはははははは!そうか!そういうことか!こりゃあ一本取られたな!」
「待て、どういう事だ」
「簡単な話さ。魔族そのものが無くなっちまえば、平和条約を結ぶ意味も、ガロっちを封印する意味もなくなる。こいつらはガロっちを失いたくないがために、何もかも――それこそ、種族の名前も誇りも歴史も、何もかもひっくるめてぜーんぶ投げ捨てて来たってわけだ」
「馬鹿なことを……」
そんな俺の呟きに、ガルゼブブが口を開く。
「申し訳ありません、魔王様。魔王様のお気持ちを、裏切るようなことをしてしまい。ですが、わたくし達には、魔王様のいない世界など、考えられないのです。魔王様の犠牲の上に成り立つ平穏など、ほしくないのです。ただ、わたくし達と共に、歩んでほしいだけなのです」
ガルゼブブのその言葉に、エリスも他の幹部達も一斉に頷く。
ま、まずい……!泣く……!
い、いや駄目だ、耐えるんだデスヘルガロン。
こんなところで泣いてしまったら負けを認めたも同然だ。
正直こんなことを考えている時点でほぼ負けているような気がしないでもないが、簡単に認めるわけにはいかない。
「駄目だ。名を変えたところで過去の因縁がなくなるわけではない。危険が消えるわけではない。我はお前達に誰一人として傷ついてほしくないのだ。我一人の犠牲でそれが叶うのなら、例えお前達に恨まれることになろうと、必ず平和条約を成立させる」
「魔王様……」
「あたしが言うのもなんだが、ガロっちの言うとおりだ。魔王がいる限り争いはなくならない。人族、そして魔族の未来のために平和条約は必要不可欠なんだ。だからあたしもお前たちの言い分は認められない。というわけで、認めてほしいお前達と、認められないあたし達。話し合いは平行線。となれば――」
そう言うと、アイリスは無造作に剣を引き抜き、エリス達に突きつけた。
「相手をぶっ倒してわからせるしかないってわけだ」
その言葉を皮切りに、場の空気が重苦しいものに変わった。
「さて、さっき話したとおりだガロっち。幹部共の相手はあたしがする。だからガロっちは――と、言うまでもなかったか」
迷うことなく俺の目の前まで進んで来たエリスは、落ち着き払った声で言った。
「わたしと手合わせしてもらえますか?ガロンさん」
有無を言わさないエリスの言葉に、俺は頷くことしかできなかった。




