魔王と勇者と魔王軍幹部共⑨
気を落ち着かせるように息を吐いたアイリスは、騎士達に向かって言った。
「急ぎ大臣達を招集しなさい。もはや一刻の猶予もありません」
「そ、それが……!」
「どうしたのです」
「先んじてお声がけしようとしたのですが、城の中には誰一人として見当たらず……!」
「まさか、逃げたというのですか?」
「わかりません。ただ、忽然と消えてしまったところからすると、おそらく何者かの手によって連れ去られたものかと……!」
「連れ去られた……?」
城の重要人物が誰なのかを知っていて、かつ誰にも気付かれることなく攫うことが出来るとすれば、心当たりは一人しかいない。
アイリスもすぐに気付いたようで、呆れたような笑みを口元に張り付けていた。
「……厄介ですね、本当に」
「わ、我々はどうすれば……!」
「騎士団の半数以上を国民の避難誘導に、残りを砦の防衛に充てなさい」
「ぼ、防衛、ですか……」
「何かあるのですか?」
「偵察によると、奴らは武器も持たず、ただひたすらに『あぁ愛しのデスヘルガロン様~好き好き大好き魔王様~』とかいう珍妙な歌を合唱しながら行軍しているとのことで……」
「……………………なんて?」
「『あぁ愛しのデスヘルガロン様~好き好き大好き魔王様~』です!」
死んだ目をしながら俺がいるところを睨みつけて来るアイリス。
気持ちは痛いほどわかる。多分俺も今同じような顔をしているだろうからな。
「とにかく、騎士団の動きは私の指示通りに。行きなさい」
「はッ!」
騎士達が部屋から出ていくと、大きくため息を吐いたアイリスが俺の方を見てくる。
「……なぁガロっち」
「何も聞かないでくれ……」
それだけで色々と察してくれたらしいアイリスは同情するような視線を寄越してきたが、すぐに何かに気付いたように目を見開くと、にやりとした笑みを口元に浮かべた。
「なるほどな。あのバカでかい集団は騎士達の注意を向けるための陽動ってわけか、ニア」
アイリスがそう口にした瞬間、部屋の隅から人影がぬるりと姿を現した。
全身黒づくめの服に燕尾のマントを羽織り、顔には面を被っている。
その面がまたどういうわけか俺の顔(キメ顔)を模して造られており、それを見た俺は絶句し、アイリスは腹を抱えて笑っていた。
それから俺のところまで歩いてくると、その場で跪き、ニアは言った。
「『お会いしたくなかった』です、魔王様」
「今すぐに奴らを連れて帰れ」
「それは……『出来ます』」
「出来る出来ないなど聞いていない。帰れ。これは命令だ」
「そのご命令も聞くことは『出来ます』。今の『あなた』は魔族『であって』――魔王様大好きクラブ会員ナンバー6『じゃないです』から」
あー、駄目だ。
ただでさえわけわからん情報が多すぎるのに、ニアの逆言葉のせいで余計にわけがわからない。
気が遠くなりそうになっていると、ニアは続けた。
「お願い『しません』魔王様。『あなた』達の所に『帰らないで』いただけませんか……?」
「愚問だな」
「そう、ですか。では……」
そう言うと、ニアの姿が影の中に消える。
そして――。
「城の『端』でお待ちして『おりません』。全てはそこで……」
ニアの姿が消え、少しの沈黙が流れた後。
「さぁて、どうすっかな」
何が楽しいのか、ニマニマと笑みを浮かべながらアイリスが言った。
「正直、想定してた中で一番最悪なパターンだ。魔族総出で反旗を翻されたら、あたしら人族には太刀打ちできないからな、人数的な意味で。早々に降参して、ガロっちを手放しちまった方が被害が少なくて済みそうなもんだが」
「その必要はない。こうなった時のために、俺がいるんだからな」
「できんのかぁ?」
ニヤニヤしながら下からのぞき込んでくるアイリス。
「言う事を聞かない部下を叱りつけるのは上司の役目だろう?」
「部下がやらかしたことに対して責任を取るのも上司の役目だけどな」
そう言い合ってどちらともなくため息を吐くと、お互いに鼻で笑い合った。
「あたしがやってやるよ」
さっぱりとした口調でアイリスはそう口にした。
「さっきのニアの言い方的に幹部揃い踏みって感じだろ?デモント平原で戦った時と変わってないなら、五人いようが五十人いようがあたしの敵じゃあない。それよりも……」
「……エリス、か」
俺の言葉に、アイリスは頷く。
「エリスが件の『魔王様大好きクラブ』とやらにいるのかはわからないが、もしいたとしたら――迷いがなくなってるとしたら、多分あたしでも勝てない。エリスはあたしと違って『純正の』勇者だからな。まともにやりあえるとしたらガロっちだけだろうが――」
そう言ってから、アイリスは「はぁぁぁぁぁぁぁ……」とわざとらしくため息を吐いた。
「なんだそのため息は」
「いや、それこそ無理だろうなーと思って」
「…………」
エリスと戦う。演技ではなく、本気で。
その状況を想像して、なるほど確かに一理あると納得している自分がいた。
すると、黙り込んだ俺の背中をアイリスが突然『パァンッ!』と盛大に強く叩いてくる。
「なにしやがる」
「ぶはははははは!ま、そん時はそん時だな!あとは野となれ山となれ!なるようにしかならんと割り切っていこう!」
アイリスのことは基本的に嫌いだが、こういう何事にもさっぱりしたところは割と嫌いじゃない――と、そんなことを考えた矢先。
「あたしに惚れちゃ、ダ・メ・だ・ゾ?」
そう言ってニタニタと笑う顔ががあまりにも鬱陶しかったので、同じように背中を『ドッパァンッ!』と強く叩いてやると、耳障りの良いアイリスの叫び声が城内に響き渡るのだった。




