魔王と勇者と魔王軍幹部共⑧
ノースト王国、アイリスの部屋。
「はぁ……」
今日だけで何十回目かわからないくらいのため息を吐くと、後ろから声をかけられる。
「ガロっちよぉ。いい加減その重っ苦しいため息を吐くの止めてくんないか?聞いてるこっちまで気が滅入ってくる」
その言葉に振り返ってみると、アイリスが到底王女がしていいとは思えない心底鬱陶しそうな顔をしながら俺のことを見ていた。
「うるさい。一体誰のせいでこうなってると思ってんだ」
「あたしとガロっちのせいだろ」
「正論は聞きたくない」
「正論なのは認めんのかよ」
デモント平原のあれこれが終わってからしばらくした後、俺はアイリスの私室に監禁されていた。
ちなみに俺がここにいることは国家の最重要機密になっているためアイリスしか知らず、騎士達はもちろん、病床に伏している国王にすら知らせていないらしい。
勇者が魔王を倒して捕らえたという話自体は人族の間で広まっているため、情報屋あたりは今頃血眼になって探しているだろうが、まさか王女の部屋に監禁しているとは思わないだろう。
するとアイリスはいつものように「はぁぁぁぁぁぁんぁんぁんぁっと……」とつまらなそうにため息を吐いてから言った。
「こぉんなに可愛い美少女と、こぉんなに楽しいお喋りが、タぁダでできるっつぅんだ。むしろ感謝してほしいくらいだね」
「風呂に入ってない奴に言われてもな」
「しゃあないだろ?危険だからって部屋から出してもらえないんだから。それに、あたしの汗は特別製なんだ。いつまでたってもバラの香り、フローラルってなもんよ」
「あれ、そう言われてみれば確かにずっといい匂いが――って違う!」
「ぶはははは!ほんと面白いよなぁガロっちは!なぁんでこんないい奴が魔王なんかやってんだか!」
「黙れ。魔法でその口縫い合わしてやろうか」
「とか言いつつ手は出さないんだもんなぁ」
「お前な……」
「きゃー、こわーい、たすけてー」
駄目だ、やめよう。こいつ相手にまともに取り合っていると疲れるだけだ。
すると、突然アイリスがぽつりと呟くように言った。
「でも、そんなガロっちだからこそ、正直躊躇ってるあたしがいる」
何のことを言っているのかは聞かなくてもわかった。
「……今更だろ」
本当、今更な話だった。
「エリスや魔族達を裏切ってまでこんなことをしたんだ。ここでやめるなんていう選択肢はない。それはお前も同じだろう」
「ま、そうだな。それに、ここでガロっちを逃がしたら、間違いなくあたしの首が飛ぶ。もちろん物理的な意味でな」
手で首を斬る動作をしながらアイリスは笑った。
全く深刻そうには見えないが、話の中身は冗談でもないだろう。
「でも、逃げたくなったら逃げてもらっても構わないからな、あたしは」
「またお得意のプリンセスジョークか?」
「いいや、冗談なんかじゃないさ」
その言葉にアイリスを見ると、目を閉じて天井を見上げていた。
「手錠もしてない。足枷もしてない。魔法も禁止してない。それでも逃げずにいてくれる。あたしとの口約束を守ろうとしてくれている。そんな馬鹿みたいに優しい魔王様を、あたし達の勝手な都合で封印しようとしてんだ。逃げたところで、誰も責めることなんてできない」
「お前……」
すると、アイリスは俺を見てにやりと卑しい笑みを浮かべた。
「……どう?逃げづらくなった?」
「その言葉で台無しだよ」
「ぶはははははは!上等上等!ま、安心しろってガロっち!ガロっちが逃げたら地の果てまででも追いかけてやるから!そうだ!そのまま一緒に逃げて二人だけの国を興すってのもいいかもしんないな!逃避行、追われる男女、極限状態の中、二人の間にはいつしか愛が芽生え――」
アイリスの痛々しい妄想に耳を塞ごうとした、その時だった。
「た、大変ですアイリス様ッ!」
俺が透明化の魔法を使うのと、部屋の扉が乱暴に開かれたのは同時だった。
「何事ですか」
王女モードに切り替えたアイリスが聞くと、入って来た数名の騎士達(隊長クラスと思われる)は息も絶え絶えと言った様子で叫ぶように言った。
「せ、宣戦布告ですッ!我が国が、宣戦布告されましたッ!」
「宣戦布告?まさか、魔族にですか?」
「い、いえ、その……魔族ではない、ということになるのだとは、思うのですが……」
そう言いながら騎士達はお互いの顔を見合わせるが、はっきりとした答えはすぐに返ってこない。
わからないというより言いづらいと言いたげな雰囲気だった。
「何が言いたいのかわかりません。はっきり伝えなさい」
業を煮やしたアイリスがぴしゃりと言うと、騎士達は直立不動の体勢になって言った。
「はいッ!相手は『魔王様大好きクラブ』を名乗る者達ですッ!」
その言葉にアイリスだけでなく俺の時間も止まった。
「…………今、なんて?」
「『魔王様大好きクラブ』ですッ!」
「ふざけているの?」
「めめめめ、滅相もございませんッ!本当にそう名乗っているのですッ!あ、あれですッ!」
騎士達が指さした方――窓の外を見てみると、地平線のあたりに自然に発生したものではない、大規模な砂塵が舞っているのが見えた。
さらに目を凝らしてみると、そこには見知った魔族達の姿。
数にしてみれば数十万――いや、百万は優に超えている。
ほとんど魔族の全勢力といってもいいくらいの数だ。
(な、何をやっているんだあいつらは……!)
考えていないわけではなかった。魔族達が俺を取り返しにくるんじゃないかという事は。
だが、全勢力で押しかけて来るとはさすがに予想していなかった。
ていうか『魔王様大好きクラブ』ってなんなんだよ本当に。
恥ずかしいを通り越して泣きそうだよ。




