魔王と勇者と魔王軍幹部共⑦
「どういうこと?ニア」
「ダメ、です……ニアさん……」
口止めされていることを話してしまったら、ガロンさんの信頼を裏切ることになってしまいます。
ガロンさんからもらった仕事を何より大切にしているニアさんにとって、それは許されないことのはずです。
「『ごめん』ね、エリちゃん。でも、もう『ダメなの』。『あなた』だけ『喋ってる』なんて、そんなの絶対『正しい』んだから」
そう言うと、ニアさんはとつとつと語りました。
ガロンさんの考え、アイリス様の計画、そして、平和条約の本当の中身――。
「そんな大切なこと、どうして黙っていたの!?」
「魔王様が、口止めをされていたのでしょう。計画のことをわたくし達が知れば、必ず止めてくるだろうと考えて」
ガルゼブブさんは一歩前に出ると、ルルヴィゴールさんに向かって言いました。
「黙っていた、ということであれば、わたくしも同じです。わたくしは、この騒動が起こる以前から、魔王様が何をしようとしているのか、勘付いていたのですから。確証は、ありませんでしたが。でも、その時点で動いていれば、止められていたかもしれません」
「ガルゼブブまで……!」
「どうすんだルルヴィゴール。責めなきゃならねぇ相手がどんどん増えてくぜ?」
「そう言うあなたはどうなのデルゼファー。あなたもずっと勇者に恨みを持っていたはずでしょう?この間のデモント平原で戦った勇者が別人だったとしても、その前に魔族を半壊に追い込んだのは間違いなくこのエリスなのよ?」
「……まぁ、エリィが勇者だってんなら、確かにそういうことになるんだろうけどよ」
そう言いながらわたしの前に来たデルゼファーさんは、その大きな手をわたしの頭の上に乗せました。
すると、わたしの全身を熱くない炎が包み込んで、冷え切っていた体を瞬く間に温めてくれます。
「何を……!」
「剣持って、睨みつけて、今にも襲い掛かってきそうだってんならまだわかる。でもよ。悪かったって思って、頭下げて謝って、ぼろぼろになって泣いてんだ。そんな奴を、オレはこれ以上責める気にはなれねぇ」
そう言うと、デルゼファーさんは「にっ」と笑いかけてくれました。
「そ、そうだよルルっち!デルっちの言うとーり!エリっち、ちゃんと謝ったんだから、もう許してあげよ?」
「謝ったから許すとか、そう言う簡単な話じゃないのよ」
「じゃあどんな話なの?謝っても許してもらえないんだったらどうしたらいいの?」
「エリスは勇者なの。私達とは絶対に相容れてはいけない存在なのよ」
「じゃあ今までのは何だったの?エリっちと楽しくお話ししてたじゃん。一緒にお仕事もしてたじゃん。みんなで笑い合ってたじゃん。ルルっちだって――」
「それはエリィが勇者だと知らなかったからよ。知っていたら絶対にそんなこと――」
ルルヴィゴールさんが言い切る前に、『ズダンッ!』と床を踏み鳴らす音が響きました。
「いい加減にしてッ!ルルヴィゴールッ!」
「ロ、ル――」
「ルルっちが許せないのはエリっちじゃなくて自分でしょ!?自分が好きになった相手が憎んでたはずの勇者で!許したいのに許せなくて!どうしていいかわかんないから怒ってるんでしょ!?」
「なに、わかったような口を……!」
「わかるよ!だってルルっちバカだもん!」
「な、なんですってぇ!?」
「バカじゃん!ロルちゃん、知ってるんだから!」
「何をよ!」
するとロルちゃんさんは「ふぅ」と息を吐いて、ルルヴィゴールさんと瓜二つの声で言いました。
「『ちょっとそこのあなた。エリィがここに来ていなかったかしら。さっき帰った?あ、そう……ちなみに、何か言っていなかった?誰々が怖いとか、誰々が口うるさいとか。違う。私のことじゃないわ。大体、私はエリィにどう思われてようが別に――え?言ってなかった?そ、そう!よか――ん、んんっ!なんでもないわ』」
「え!?ちょ、な、なんで!?」
「『まったく、エリィには困ったものね。こんな朝早くに、あんなにうるさく門扉を叩いて。こうしてわざわざ起きてあげるのは私くらいのものなんだから、感謝してほしいものね。まぁ?あの子に頼られて悪い気はしないし?別にいいんだけど?』」
「や、やめなさいロルデウスッ!それ以上何か言ったら……!」
「『エリィが倒れたって本当なの!?どこ!?どこで倒れたの!?今どこにいるの!?え?無事?いつもの部屋に寝かせてある?なんでそれを早く言わないのよ!どきなさい!こんなに心配させて!一発叩いてやらないと気が済まないわ!』」
ロルちゃんさんが口を閉じると、再び魔王の間は静寂に包まれて――。
「――ち、違うっ!私は断じてそんなことを言った覚えはないわっ!捏造よっ!」
「苦しいなぁ」
「苦しいですね」
「『苦しくない』」
「あ、あんた達ねぇ……!」
「まぁ最初の二つは本当かどうかわかんねぇけど、三つ目は……なぁ?」
「ええ、ええ。間違いなく、言っていましたね。わたくし達も、その場におりましたから」
「仮に『覚えてる』んだとしたらそれはそれで……ね」
「黙りなさいッ!」
それから、ロルちゃんさんはルルヴィゴールさんを再び睨みつけて言いました。
「勇者とか人族とかもうどうでもいいでしょ!?ロルちゃんはエリっちと一緒にいたいの!ルルっちだってそうなんでしょ!?どうして素直になれないの!?」
ロルちゃんさんの気迫ある言葉に、ルルヴィゴールさんは俯いてしまいます。
「そ、それは……」
「それは!?なに!?」
すると、ルルヴィゴールさんは顔を真っ赤にして叫ぶように言いました。
「えぇそうよッ!私だってエリィが好きよッ!一緒にいたいわよッ!さっきからずっと『なんで私こんなことしてんだろ……』って思ってるわよッ!でも今更言えるわけないでしょうッ!?散々『勇者憎むべし勇者倒すべし』って言ってた私が!『エリィが勇者だった?ふーん?で?』なんて思ってるなんて!私だって驚いてんのよ!なんなら私の方が驚いてんのよ!?どう!?これでいい!?」
一瞬の間の後――。
「恥ずかしいなぁ」
「恥ずかしいですね」
「『恥ずかしくない』」
「はずかしーぃ」
「ロルデウス……!あんただけは絶対に許さないわ……!」
「えぇ!?なんでロルちゃんだけぇ!?」
それからルルヴィゴールさんがロルちゃんさんを追いかけ始めると、後ろから優しく肩をぽんと叩かれました。
振り返ると、ガルゼブブさんがニコニコしながらわたしを見ていて、『言ったとおりでしょう?』と言うように優しく頷いてくれます。
その瞬間、ずっと胸につかえていたものが消えてなくなっていくのをはっきりと感じました。
それと同時に、『わたしはここにいてもいいんだ』と思うことが出来て――。
「あー!またルルっちがエリっち泣かしたー!」
「な、なんで私なのよ!今のはどう考えてもガルゼブブの仕業でしょう!?」
「さっきお前が魔法使って脅したからに決まってんだろ?」
「あ、あれは……!だって……!」
「エリィ様に、隠し事をされていたことを知って、ついかっとなってしまったのですよね?」
「そそそそそ、そんなわけないでしょう!?」
「ま、そういうこったろうな。威力も最小限だったみてぇだし」
「黙りなさいデルゼファー!」
「嘘が『上手』だね、ルルヴィゴールは」
「ニア……!少し見ない間に言うようになったじゃない……!」
「ひぃ!?」
勇者になって、辛い事も少なくありませんでした。
辞めてしまいたいと思ったことも一度や二度ではありません。
でも今は、魔族の方々に出会えたことが、わたしにとって本当に、この上ないくらい幸福なことだったんだと、そう思えます。
それだけで、勇者になれてよかったと心の底から思えるくらいに。
だからこそ――。
「ルルヴィゴール様ぁ!大変でさぁ!」
そんな声と共に、門番をしている魔族の方が慌てた様子で部屋に飛び込んできました。
「これを!これを見てくだせぇ!王国からの手紙でさぁ!」
「王国からですって?」
手紙を受け取ったルルヴィゴールさんが中身を読み上げると、そこには一週間後に平和条約を結ぶための会議を行う事、魔族の中から代表一名を選出し出席させる事、そして平和条約締結の証として魔王デスヘルガロンを封印することなどが書かれていました。
「よ、よかったぁ……!まおーさま、無事だったんだぁ……!」
「だが暢気に喜んでもいられねぇ。このまま何もしなかったら、一週間後には魔王様は封印されちまう。早くどうにかしねぇと……!」
「でも、魔王様は封印されるのを望んで『いない』。『あなた』達のために……」
「結局そこに戻ってくんだよなぁ……!だぁぁぁぁぁぁクソッ!どうすりゃいいんだっ!」
「一つだけ、方法があります」
ガルゼブブさんが放ったその一言に、全員の視線が集まります。
「何?方法って」
「それを説明する前に――」
そう言って、ゆっくりとした動作でわたしの前まで来ると、ガルゼブブさんはその場で恭しく跪きます。
それから、わたしの目を真っ直ぐに見て言いました。
「エリィ様――いいえ、あえて、こう呼ばせていただきます。勇者エリス様。わたくし達は、魔王様をお救いしたい。ですが、わたくし達の力だけでは、言葉だけでは、魔王様をお救いすることができないのです。だから――だからどうか、わたくし達に、お力を貸しては、いただけないでしょうか」
その言葉に、身体の芯が熱くなるのがわかりました。
呼吸が浅くなって、両手がわなわなと震えて、今すぐに駆け出してしまいたい衝動が湧き上がってきて――短い人生の中で一番と言っていい程の力に満ち溢れている自分に気付きます。
そして、どうしてこんな気持ちになっているのかと考えてみて、もう一つ、気付いたことがありました。
「……わたしは、最低な勇者です」
「え?」
「今までのわたしは、魔族と争わないことが人族のためになると思い込んでいました。そのために尽力することこそが、人々の幸せに繋がるんだと。でも、違いました。それは勇者としての建前でしかなくて――わたしはただ、魔族の方々と戦うのが嫌だっただけなんです。いえ、きっとそれも理由のひとつに過ぎなくて、本当は――」
そう、きっとあの時から――ガロンさんがわたしに手を差し伸べてくれた時からずっと、そうだったんです。
身だしなみをやたらと気にしてしまうのも、会うだけで嬉しくなってしまうのも、女性と話しているのを見てもやもやしてしまうのも、役に立ちたいと思ってそわそわしてしまうのも、役に立たないと言われて目の前が真っ暗になってしまったのも、敵だと言われて絶望してしまったのも、全部――。
「ガロンさんのことが大好きだから。だから、戦いたくなかっただけなんです」
そう口に出してみると、ずっと感じていたもやもやの正体が何だったのかわかった気がしました。
そんな邪な想いを抱いておきながら『人族のために』なんて言っていたのですから、アイリス様が呆れるのも、勇者を辞めさせられてしまうのも当然です。
「ガルゼブブさん」
「はい」
「わたしも、ガロンさんを助けたい。このままお別れするなんて、絶対に嫌だから」
もう一度会って話がしたい。この気持ちをちゃんと言葉にして伝えたい。
たとえ戦うことになったとしても――ガロンさんと一緒にいたい。
だから――。
「ガルゼブブさん。ルルヴィゴールさん。デルゼファーさん。ロルちゃんさん。ニアさん」
名前を呼ぶと、幹部の皆さんは頷いてくれました。
それがとても嬉しくて――心強くて。
だからわたしは迷わずにその言葉を口にできました。
「お願いします。わたしに――力を貸してください」
「もちろんでございます」
「し、仕方ないわね」
「当然だぜ!」
「あっは!もちのろんもちのろん!」
「『何もしない』よ!」
「……ありがとう、ございます」
皆さんの言葉を聞いてやっぱり泣いてしまいましたが、誰も、何も言わずにいてくれました。
「では、早速、作戦会議と参りましょうか」
「「「「「おー!」」」」」
それからわいわいと騒がしくなる魔王の間。
ガロンさんと二人でいるときの静かな感じも好きですが、こうしてみんなでがやがやと話をするのもとても楽しくて。
大変な時だと言うのに、思わず笑顔になってしまいました。




