魔王と勇者と魔王軍幹部共⑥
「ど、して……」
「エリィ様」
わたしのうわ言のような質問には答えず、ガルゼブブさんはわたしの名前を呼びました。
「これだけは、忘れないでください。わたくし達は、エリィ様と出会えて、本当によかったと思っております。幹部達も、他の魔族達も、そしてもちろん、魔王様も。皆、優しいエリィ様のことが、大好きなのだということを。たとえエリィ様が、どのようなことを隠していたとしても。絶対に、嫌いになったりはしないということを」
その言葉を聞いて、わたしの頭の中は一瞬で滅茶苦茶になりました。
「だから、お一人で悩まないでください。なんでも話してください。いつでも頼ってください。ロルデウスが言っていたように、わたくし達はいつだって、エリィ様の味方なのですから。わたくし達にとって、エリィ様は、何にも代えがたい、大切な、大切な、お友達なのですから」
どこまでも鈍い私は、ここまで話をしてもらってようやく気が付きました。
どうしてガルゼブブさんがわたしをここに連れて来たのか。
何を話したかったのか。
そして、何を伝えたかったのかを――。
でも、ガルゼブブさんの優しい言葉を聞いて、泣いてしまいそうなくらい嬉しくて、今すぐにでもその腕の中に飛び込んでしまいたいと思っているのに。わたしの口から出ていこうとする言葉はそんな感情とは全く別の、とても暗くて、どろどろとした、真っ黒な感情から這い出てきたようなものでした。
「――ない、ですよ」
「エリィ様?」
「頼れるわけないですよぉっ!」
一度声に出してしまうと、もう止めることは出来ませんでした。
「わたしのせいなんです!ガロンさんが捕まってしまったのも!ガロンさんが封印されてしまうのも!ガルゼブブさん達に悲しい想いをさせてしまっているのも!全部……全部!わたしが悪いんです!わたしが――」
そうしてわたしは、吐き捨てるように言いました。
「わたしが、『勇者エリス』だからっ!」
頭の中は真っ白でした。
ただ、ようやく伝えられたと言う安堵と、もう後戻りは出来ないという不安だけが心の中で渦巻いていて――。
だから、気付かなかったのかもしれません。
「今、なんて言ったのかしら?エリィ」
その言葉と同時に、凍えてしまいそうなほどの冷気がわたしに襲い掛かってきました。
ガルゼブブさんが前に飛び出して両手を前に突き出すと、わたし達を守るように淡い緑色の光が半球状に展開されます。
声のした方を見てみると、入り口にルルヴィゴールさんが立っているのが見えました。
「どきなさいガルゼブブ。私はエリィに聞かなきゃならないことがあるの」
「話を聞きたいだけならば、魔法は必要ないでしょう」
「どうかしらね。魔法を解除した瞬間、飛び掛かってくるかもしれないわ」
「ルルヴィゴール。本当に、そう考えているのですか?エリィ様が、そのようなことをすると、本気で思っているのですか?」
「勇者は敵よ。魔王様を傷つけ、私達から魔王様を奪った――倒すべき敵なのよ」
「それは――」
「……ガルゼブブさん。もう、大丈夫です」
そう言うなり、わたしはガルゼブブさんが使ってくれている防御魔法の中から身を乗り出します。
冷気が一瞬で身体の熱を奪い、指の先から徐々に感覚がなくなっていくのがわかりました。
「おいっ!一体何をやってんだこんなとこでっ!」
ルルヴィゴールさんの後ろにデルゼファーさんの姿が見えました。
ニアさん、ロルちゃんさんの姿もあります。
「ルルっち!?なんでエリっちを攻撃してるの!?」
「エリィが自分は勇者エリスだと自白したからよ」
「エリっちが勇者エリス!?どどど、どーゆーこと!?」
なんとかルルヴィゴールさんの前に辿り着くと、両膝を突き、頭を地面に擦り付けて言いました。
「ごめ……なさ、い……ず、っと……うそ、つい、て……」
「ほんと、なの……?エリっち、ほんとに勇者エリスだったの……?」
すると、ルルヴィゴールさんは魔法を放っていた手を下ろして、冷たい声で言いました。
「……私はね、エリィ。あなたのことがずっと嫌いだった。理由はたった一つ。魔王様があなたのことをやたらと気にかけていたからよ。ぽっと出てきたくせに、魔王様の寵愛をいただいているあなたが妬ましくて仕方なかった」
「…………」
「でも、あなたと接していくうちに、なぜ魔王様がそれほどまでに気にかけるのかわかってしまった。人族のくせに魔族を怖がらず、人族の癖に魔族のことが好きで、人族のくせに魔族に優しい。最初は疑っていた。こんな人族いるわけないって。でも、途中で疑うことが馬鹿馬鹿しくなった。そう思えるくらい、他の魔族があなたを受け入れていたから。そんなあなたを――わたしはいつの間にか、妹のように思っていたのよ。妬ましくて仕方ないのに、この子ならまぁいいかって、許している自分がいたのよ。それなのに……!」
その言葉を聞いて、わたしの目から冷たい涙がぽろぽろと零れていきました。
ルルヴィゴールさんがそんな風に想ってくれていたなんて知らなくて。
こんな状況でなければ嬉しくて仕方ない言葉のはずなのに。
今はただ、そんな想いを裏切ってしまったんだという罪悪感しかありません。
「ね、ねぇルルっち、もういいでしょ?エリっち、泣いてるよ?これ以上責めたって――」
「ダメよ。私は勇者を許さない。魔族を脅かす勇者を許さない。何より――私達から魔王様を奪った勇者を許すことなんてできない」
「……だったら、『あなた』も同罪『じゃない』よ、ルルヴィゴール」
その声は、ニアさんのものでした。




