魔王と勇者と魔王軍幹部共③
戦いが終わってしばらく後、どうにか影の中から這い出したわたしはすぐに王城へと戻り、アイリス様に謁見を申し入れました。
私室に呼び出されて部屋に入るなり、アイリス様は笑顔で出迎えてくれます。
「おかえりなさいエリス。早かったのね。大活躍だったそうじゃ――」
その言葉を途中で遮って、わたしは言いました。
「魔王デスヘルガロンに会わせてください」
「随分といきなりね。一体どうしたというの?」
「どうしても聞かなきゃならないことがあるんです。戦いの後、この城に連れてこられたのはわかっています。どこにいるんですか?」
わたしの目をじっと見つめると、一泊置いてアイリス様は言いました。
「会わせることはできない。どこにいるのかも教えられない」
「どうして!」
「逆に聞くけれど、どうしてそこまでして会いたいの?」
「それは……」
何も言えずに口ごもってしまうわたしを、アイリス様は黙って見ているだけでした。
自分の質問に答えられない限り、答えるつもりはないと言うかのように。
「……教えてください、アイリス様」
「何かしら」
「これは、アイリス様が考えた計画なんですか?」
単刀直入にそう切り出しますが、アイリス様はうっすらと微笑を浮かべながら首を振るだけでした。
「ごめんなさいエリス。あなたが何を言っているのか、私にはわからないわ」
それが嘘だという事はわたしにもわかりました。
今思えばおかしい事しかありませんでした。
突然戦争をすることになったと言い出したのも。休戦条約を破って魔族に宣戦布告したのも。そして、わたしじゃない勇者エリスに命令を下したのも。
その話の中心には必ずアイリス様がいたんですから。
「わからないはずありません。魔王デスヘルガロンを封印するなんて大それた計画を――『平和条約』の存在を、アイリス様がご存知ないはずありません」
わたしの言葉を聞いて、「そう」と小さく呟いたアイリス様は――。
「それを知ってどうするの?」
「え?」
「これが私の企てだったとして、あなたはどうするのかと聞いているの」
その問いに、すぐに答えることができませんでした。
そんなわたしを真っ直ぐに見つめながら、視線を外すことなくアイリス様は続けます。
「人族と魔族の争いを止めるには、どちらかが滅ぶまで戦い合うか、互いに歩み寄って手を取り合うかの二つしかない。でも、魔王デスヘルガロンがいる限り手を取り合うなんていう選択肢はありえない。人族は遥か昔から魔王の力を恐れてきたのだから。でも、その畏怖の対象である魔王さえいなくなれば、人族が争う理由はなくなる」
「それは詭弁です!」
「詭弁じゃないわ。これまでの魔族の動きを観察していればよくわかる。彼らは基本的に自分達から戦いを仕掛けてきたりはしない。戦うのは決まって人族が攻め込もうとしたときだけ。だから、人族が攻め込もうとしなければ彼らも戦う必要はなくなる。つまり――魔王が消えれば、争いも消える」
その説明を聞いて、身体の力が抜けていくのがわかりました。
「……知って、いたんですか?」
「ええ。この争いのそもそもの原因が人族にあるということはね。でも、原因を取り除くことはできなかった。わかるでしょう?自分を殺せる相手が近くにいて、どこにも逃げられないとなれば、様子を見ろと言ったところで誰も聞かないことくらい。あなたもそれを知っていたから、休戦条約を作って戦いを先延ばしにした――先延ばしにするしかなかった。そうでしょう?」
「…………」
「魔王を完全に消し去ってしまうのが人族にとって一番いい。でも、いくら争いを避けているといっても、自分たちの王が殺されたとなれば魔族達も黙ってはいない。だから魔王を封印して、生かさず殺さずの状態にするのよ」
「魔王を人質にするというのですか!?」
「そうよ。それが、最も平和に争いを止める唯一の方法なの」
「それじゃあわたし達の責任を魔王一人に押し付けるようなものじゃありませんか!」
すると、アイリス様は殊更厳しい口調で言いました。
「だから何だと言うの?」
「っ!」
「私は人族の平和を望んでいる。例え人族を騙すことになろうと、魔王を利用することになろうと、それで平和が得られるのなら躊躇わずに使う。それがこの国を任されている私の責任であり、使命だから。魔族の事なんてどうでもいい。魔王の事なんてどうでもいい。人族がよりよい方向へ向かうのならそれでいいのよ。エリス。私の考えは間違っているかしら?」
アイリス様の考えは間違っていません。
人族が人族の繁栄を願うのは当然のこと。
それが国を、民を任されているアイリス様ならなおのことその想いは強いはず。
それなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのでしょう。
どうしてわたしははっきりと間違っていないと言えないのでしょう。
その理由は、考えなくてもわかります。
わたしが、魔族の方々のことを好きになってしまったから。
わたしが好きな方々を傷つけて得られる平和に、幸せに、笑顔に、納得なんてできないから。
だから、間違っていないなんて言えるわけがない。
たとえわたしが、人族を守らなければならない勇者だとしても――。
そう思った時でした。
「――ったく、ガロっちはとんでもないことをしてくれたもんだな。あれだけ聞き分けのよかったいい子ちゃんを、こんなにしちまいやがって」
聞きなれない口調に顔を上げた瞬間、目の前に今まさに剣を振り下ろそうとしているアイリス様の姿がありました。
「ッ!?」
咄嗟に自分の細剣を引き抜いて受け止めようとしますが、それを見たアイリス様は急に体勢を変えると、無防備だったわたしの腹部に足蹴りを入れようとします。
避けられないと悟ったわたしは後ろに跳んで出来るだけ勢いを抑えようとしますが、アイリス様が踏み込む方がずっと早く――。
「かはっ……!」
蹴られた勢いのまま背後の壁に激突したわたしは、そのまま床に倒れてしまいました。
「アイ、リス、様……?」
なんとか顔を上げて見ると、何事もなかったかのようにアイリス様はこちらに歩いてきます。
そしてわたしのすぐ側に落ちていた細剣を無造作に蹴飛ばすと、不敵な笑みを浮かべました。
「さすがは勇者。これ以上ないくらい完璧な不意打ちだったってのに、咄嗟にあそこまで動けるなんてな」
「ど、う……げほっ、えほっ……!」
喋ろうとすると腹部に激痛が走り、何度もえずいてしまいます。
そんなわたしを見下ろしながら、アイリス様は飄々とした口調で言いました。
「お前の疑問は二つ。一つはなんであたしがこんなに強いのか。答えはあたしに先代の勇者の血が流れているから。もう一つはどうしてこんなことするのか。答えは――そうだな。まぁ、あれだ。あたしに黙って裏で魔王と繋がってたことに対する罰ってとこだな」
まるで心を読まれたかのような言葉。
でも、そんなことよりも――。
「知っ、て……?」
そんなわたしの疑問には答えず、アイリス様は続けました。
「悪いなエリス。嘘ばっかついちまって。そうだ。お前の思ってるとおり、戦争継続派を煽ったのも、休戦条約を破棄しようと言い出したのも、魔王をそそのかして封印しようと考えたのも、ぜーんぶあたしが書いた筋書きだ。ついでに言うと、あたしの『素』がこっちだってこともな」
あまりのことに頭がついていきません。
でも、どうしても聞かなければいけないことがありました。
「魔王、を、そその、かした……?」
それを聞いたアイリス様は、待ってましたと言わんばかりに笑いながら言います。
「ああそうだ。あたしが魔王に――ガロっちに持ち掛けたんだよ。『魔族に二度と手を出さないから、代わりにお前を封印させろ』ってな」
ガロンさんは誰よりも魔族のことを大切に想っています。
でも、だからこそ、そう簡単に頷くとは思えませんでした。
「普通ならそんなことはあり得ない。敵に任せるより自分で守ったほうが確実だからな。でも、魔王はその条件を呑んだ。自分を犠牲にしてまで、あたしが出した条件を呑んだんだ。なぁエリス。どうしてだと思う?どうして『自分で魔族を守り続ける』ことよりも、『人族と魔族との争いを止める』なんて選択をしたんだと思う?」
まるでそこに気付けと言っているようなアイリス様の物言い。
アイリス様が何を言いたいのか薄々気付いていながらも、わたしは何も口にすることができませんでした。
それを言ってしまったら、それが当たっていたとしたら、どうしていいのか、わからなくなってしまいそうだったから……。
でも、そんなわたしの動揺を、アイリス様は見逃してはくれませんでした。
そして、ゆっくりと、はっきりと、言い聞かせるように、その言葉を口にしたのです。
「そうだ。お前がそう望んだから――お前が魔族と人族とが争わなくていい世界を望んだからだよ、エリス」
「わたしが……望んだから……?」
否定したかった。
でも、できませんでした。
ガロンさんがそういう方だということを、誰よりもわたしが一番、知っていたから。
「魔王を封印することが、一番手っ取り早く、そして誰も傷つかずに平和を手に入れられる方法なんだ。魔王一人が表舞台から消えることが、人族にとっても、魔族にとっても、最良の選択なんだよ。これが、あたしとガロっちが考えた計画――未来永劫に続く『平和条約』の全容ってわけだ」
アイリス様の言葉に、わたしは何も言い返すことが出来ませんでした。




