勇者と妖魔とおくりもの⑬
王城を出ると、門の所でエリスが立っているのを見つけた。
こちらに気付くなり、凄い速さで走って来て心配そうな声を上げる。
「大丈夫でしたか!?」
「『ううん』、『大丈夫じゃない』よ。『大切な』話をしただけだから」
ニアはまだ俺の影の中で気絶しているようなのでやむなく成り代わっているのだが、やはりエリスを騙すのはいい気分じゃない。
心が悲鳴を上げているのがわかる。
ニアの逆言葉にしても意図して使おうとすると結構頭を使うので中々大変だ。
これを自然とやってのけるニアの頭の構造は凄いことになってそうだな……。
「そうですか。よかった」
返事を聞いたエリスは心底安堵したと言うようにほっと胸を撫でおろす。それくらいニアを心配していたという事だろう。
たった一日しか経っていないのに、ほんと、仲良くなったもんだ。
「あの、このあとお時間いただけませんか?少し、お話がしたくて」
ニアが気絶したままなので出来ればお暇させてもらいたいところだが、かといってエリスの願いを無下にすることも出来ない。
「わかった」
「え?」
「あ、いや、『わからない』」
「ありがとうございます。街外れに小高い丘があるんですけど、人も滅多に来ませんので。そこに行きましょう」
本当、慣れたもんだ……。
―――――――――――――
街から出て十五分ほど歩いたところでエリスは立ち止まった。
小高い丘ということだったが、途中かなり傾斜が急な場所もあったりして、ほとんど山を登っているような感覚だった。
気軽にほいほいと登って来れるような場所じゃないので、確かに余程のもの好きでなければ来ない場所だろう。
「ここです。今の時間は夕陽も見えて、とっても綺麗なんですよ」
登ってきた方角を振り返ってみると、その景色に思わず目を奪われた。
王都全体が一望できるだけでも圧巻だったが、家々の屋根に夕陽のオレンジ色が反射して、まるで湖面が輝いているように見える。
屋根の形がまちまちな魔族領ではまず間違いなく見れない景色だ。
「わたしのお気に入りの場所なんです。辛いこととか、悲しいこととか、そういうことがあったときにこの景色を見ると、ちょっとだけ元気をもらえるんですよ」
消極的な言葉になんとなく不穏なものを感じてしまい、思わず疑問が漏れる。
「そ、そう。ちなみに『昨日』は――」
「もちろん、とても楽しかったですよ。ニアさんともお友達になれましたし、エリちゃんって呼んでくれたことも凄く嬉しかったです。一緒にプレゼントを探して街中を歩き回ったことも、忘れられない思い出になりました」
そう話すエリスの顔はとても嬉しそうで、ほっと胸を撫でおろすが――。
「でも……」
「でも?」
「ガロンさんに嘘をつかれてしまったので、ほんのちょっとだけ、悲しいかもしれません」
その言葉を聞いてエリスに視線をやると、言葉とは裏腹に優しい微笑を浮かべながら『俺』を見ていた。
「……そうか。エリスを悲しませるなんて、とんでもない奴がいたもんだな」
「冗談です。助けに来てくれたんだってこと、ちゃんとわかってますから」
もはや隠していても仕方ないので魔王の姿に戻る。
「いつから気付いてたんだ?」
「さぁ、いつからでしょう」
エリスはニコニコしているだけで答える様子はなかった。
どうやらこれが嘘をついていたことへの仕返しということらしい。
そういうことなら甘んじて受け入れるしかないが、もやもやとした気持ちはしばらく収まりそうもない。
旗色が悪いので話題を変えよう。
「そ、そうだ。ニアに話したいことがあったんじゃないのか?」
「あ、はい。それももちろんそうなんですけど……」
そう言うと、エリスはしばらく黙りこんでしまう。
懐に手を入れ、何もせずに出し、また手を入れて――そんなことを何度も繰り返す。
「エリス?」
「は、はい?」
「何してるんださっきから」
「あ、えっと、これは、ですね……」
深呼吸をしたエリスは意を決したように頷くと、懐から布に包まれた何かを取り出した。
「こ、これ、受け取ってもらえますか?」
そう言って、おずおずと袋紙に包まれた長方形の物体を差し出してくる。
「わかった。ニアに渡しておけばいいんだな?」
「あ、いえ、そうじゃないんです。ニアさんへのプレゼントは別にあって……それは、ガロンさんへのプレゼント、と、いいますか……」
「お、俺に?」
「はい。いつもお世話になっているので、少しでもお返しができればと思って」
ま、まずい……!泣く……!
いや駄目だ。耐えるんだデスヘルガロン。
プレゼントをもらえたくらいで泣くとかさすがに情けなさすぎる。
『プレゼントもらえた!やったぁ!』なんて言っていい時代はとうの昔に過ぎ去ったのだ。
これはあれだ。社交辞令って奴だ。
『仕方ねぇから魔王にも買っといてやっか!ついでにな!』的なアレだ。
あれ?それでも普通に嬉しいんだが?
「開けてもいいか?」
「ど、どうぞ」
包みをゆっくり開いてみると、中身は本だった。
『勇者物語』という題名に、可愛らしい勇者のイラストが添えられている。
「それ、わたしの大好きな本なんです。ちょっと子供っぽいんですけど。ガロンさんの部屋、本がたくさん置いてあったので、よければ読んでもらいたいなって思って……あの、ガロンさん?どうして上を向いてるんですか?」
「雨が降って来たみたいだからな」
「雨、ですか?雨雲は特に見当たりませんけど……」
駄目だ……!今下を向いたら間違いなく涙が溢れてしまう……!
深呼吸を何度かして心を落ち着かせると、頭を下げて言った。
「こんなに嬉しい贈り物は初めてだ。ありがとう、エリス」
俺の返事を聞いたエリスはぱっと顔を輝かせる。
「よかったです。渡すまで喜んでもらえるかどうか不安だったので」
「何言ってるんだ。エリスが選んでくれたものならどんなものでも嬉しいに決まっている」
「ありがとうございます、ガロンさん」
身体を揺らしながら嬉しそうに笑うエリス。
そんなエリスを見ていると、こちらも自然と笑顔になってしまう。
こんな平和な時間がいつまでも続けばいい。
そう思わずにはいられないくらい、エリスと過ごす時間は俺にとってかけがえのないものになっている。
だが――。
『休戦条約はいずれ破綻する。魔王と勇者が決着をつけずにいつまでも戦い続けるなんてのは不可能だ。ガロっちだってそれはわかってるだろう?』
アイリスの言葉が脳裏を過る。
それがいつ頃の話になるのかまだ見えてはいないが、刻々と迫っているのは間違いない。
もしもその時が来てしまったら、こうしてエリスと一緒にいることも、話すことも、笑い合うこともできなくなってしまうのだろう。
『あたしと手を組めば、エリスを勇者っていう重荷から完全に解放してやれるんだぞ?』
アイリスの言うことが本当に叶うのなら――俺達魔族にすら手を差し伸べてくれたこの優しい少女を、戦いとは関係のないところに連れて行ってやれる。
それは、俺が常々抱いていた願いでもあった。
だとしたら、俺は――。
「ガロンさん?」
エリスが俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
どうやら結構長い時間考え込んでしまっていたらしい。
「……あぁ、いや、大分日が暮れて来たと思ってな。いい時間だし、そろそろ帰るとするか。ニアも起こさないといけないしな」
俺の目をしばらくじっと覗き込んでいたエリスだったが、結局何も言うことはなかった。
エリスの事だから言い淀んだことに気付いていそうだが、気を使ってくれたのかもしれない。
いずれ向き合わなければならない話であるのは間違いないが、先延ばしにしようとしている自分がいる。
こんな居心地のいい時間がずっと続いてほしいと、そんなことを思ってしまっているからかもしれない。
「そう言えば、ニアさんはどこに行ってしまったんですか?」
何とはなしに聞いてくるエリスに、軽い口調で答える。
「いるじゃないか、そこに」
「そこ?」
俺が指さす先、エリスの足元に、夕日によってできた俺の影が伸びていた。
「え……えぇ!?もも、もしかして、ガロンさんの影の中にいるですか!?す、すみませんニアさん!何度も踏んづけてしまって!」
「痛みも何も感じてないから大丈夫だ。まぁ、エリスが踏んだと言う事実は間違いなく残るわけだが」
「な、なんでそんな意地悪なこと言うんですか!あ、ちょっと!逃げないでくださいよガロンさん!」
いつまでこんな平穏な時間が続くかはわからない。
だが、わからないからこそ、今この時を精一杯大切にしようと、そう強く思った。




