勇者と妖魔とおくりもの⑪
「ちょっと待って」
部屋を出ようとすると、突然背後から呼び止められる。
「何かありましたか?」
「ごめんねエリス。まだ少しだけニアに話があるの」
「あ、それならわたしも……!」
焦ったように申し出るエリスだが、アイリスは首を振って明確に拒否する。
「二人だけで話がしたいの。いいかしら」
王女の言葉にエリスは逆らうことができない。
なので、お願いしているように聞こえるが実質的には命令されているのと同じだ。
「……はい。わかり、ました」
そう言ってエリスが扉の向こうに消えると、これまでにない静寂が部屋の中を包んだ。
黙っていても仕方ないので、仕方なくこちらから切り出す。
「それで、お話とは一体なんで――」
「お互い猿芝居はもうやめにしないか?魔王デスヘルガロン」
アイリスを見ると、さっきまでの王女然とした姿はいずこかへと消え去り、椅子の上に胡坐をかいてだらしなく座る別人のような少女がいた。
にし、と歯を見せる子供のような笑顔を浮かべながらアイリスは続ける。
「デスヘルガロンはちょいと長すぎるな。そうだな――ガロっちなんてどうだ?うん、こっちのほうが呼びやすくていいかもしんない!よし、ガロっちと呼ぶことにしよう!」
見てくれからしても王女以外あり得ないのだが、態度も話し方も何から何まで別人すぎる。
本当にさっきまでのアイリスと同じ人物なんだろうか。
「ガロっちの言いたいことはわかるけどな。でも、それを聞きたいんだったらお互いフェアじゃなきゃいけないと思わないか?」
にんまりとした卑しい笑みを浮かべながら俺の頭の天辺から足の先までを意味ありげにじろりと眺めてくる。
エリスがいたときからばれていたようだし、隠し続けたところで意味はないだろう。
ニアの姿から元の姿に戻って見せると、アイリスは「おー!」と感心したような声を上げた。
「やっぱ魔法って凄いんだな!ここまで完璧に姿形を変えられるなんて!さっきニアが暴走しそうになったときもガロっちが止めたんだろ?一体どうやったんだ?」
「言うと思うか?」
そう言うなり、背筋を指でなぞられるかのような寒気が襲った。
ここに来てからもう既に何度も受けている感覚だが、気持ちが悪くて一向に慣れそうにない。
その原因であろうアイリスは、ふむふむと納得したように頷いてから言った。
「なるほどな。ニアを気絶させて自分の影の中に隠したと。つまり、『魔法』を使った『マジック』ってわけか――なぁんつってな!ぶはははは!くだらねぇ!」
何なんだろうこいつ。
とても王族とは思えない笑い方なんだけど。
ともあれ、隠す気もさらさらないようだが一応確認だけはしておこう。
「やはり心が読めるんだな」
俺の言葉にアイリスは躊躇うことなく頷いて答えた。
「あぁ。驚いたか?」
「そうだな。だが、そんな重要なことを敵にばらしてもいいのか?」
「ばらそうがばらさまいが、どうせガロっちにはわかっちまうんだろ?現にガロっちの心はもうほとんど読めなくなってるしな。さすがは魔族の王ってとこか」
「なぜ人族であるお前がそんなものを使える?」
心を読む魔法もあるにはあるが、使える者は魔族の中でも極僅かだ。
それに、読めると言っても嘘か本当かを曖昧に判断する程度のことしかできない。
だが、アイリスのそれは考えていることが正確に伝わってしまうくらいには精度が高いらしい。
現にニアの隠し場所など俺が考えたことを正しく言い当てているしな。
ニアの逆言葉を看破したのも、俺がニアに成り代わったことに気付いていたのもそれが理由だろう。
「知りたいか?」
仕方ないなというような身振りをすると、ちょいちょいと手招きをしてくるアイリス。
こっちに来いということらしいが、なんかされそうで普通に近寄りたくない。
しかし、動かなければ話を進めてくれないようなので仕方なく耳を寄せると――。
(ふーっ……)
耳の中に息を吹き込んできやがった。
「何しやがる!」
「ぶはははは!いやいや、ガロっちが妙にすかした喋り方するもんだからほぐしてやろうと思ってな!でもあれだな!お堅く喋るよりそっちの方が親しみやすくていいと思うぞあたしは!」
どうやら心を読む力について教える気はないらしい。
まぁ普通に考えて込み入った事情しかないだろうし、そう易々と敵に白状するわけもないか。
「お前の素は随分とやんちゃみたいだな」
嫌味っぽく言ってみるが、アイリスに気にした様子はまったくなかった。
むしろ嬉々とした表情で遠慮なしにバンバンと肩を叩いてくる。
「そうそう、そうなんだよ。でも王女っていう役柄上『ぶはははは!』なんて笑い方もできないし、口うるさい大臣に『うっせぇハゲ!』なんて言ったら絶対怒られるだろ?本音を出せないからストレスがマッハでやんなっちゃうよほんとにもう」
俗っぽいなぁこの王女。
チンピラとかの方が性に合ってそう。
「ちなみにあたしがこんな感じだってのはガロっち以外知らないから誰にも言うんじゃあないぞ?言ったらガロっちが耳に息吹き込まれて喜ぶ変態だって言いふらして回るからな」
「好きにしろ」
アイリスの知り合いと言ってもどうせ人族しかいないだろう。
知りもしないやつらにどう思われようが別に困りもしない。
「エリスにも言うからな」
それは困る。
「いつ誰が喜んだってんだ。大体、聞いてもいないのに勝手にばらしたのはお前だろうが」
「お前だなんて呼ぶのはやめてくれよガロっち。気軽に『アイリスちゃん』って呼・ん・で?」
「なに?おバカさん?」
「きゃああああああああああああああっ!誰か助けてええええええええええええええっ!」
突然叫び声をあげるアイリス。
バカと呼ばれたのがそんなに癪に障ったのかと思ったが、ニヤニヤしているので単なる嫌がらせだろう。
いい性格してやがるな本当に……。
王女が叫び声なんてものを上げれば当然騎士達が飛んでくるわけで。
俺がニアの姿に変身するのと騎士達が部屋に入って来るのはほぼ同時だった。
「王女様!?どうされましたか!?」
しかし叫んだ本人は椅子に座って優雅に紅茶を口に運んでおり、呆気にとられる騎士達。
そんな騎士達に、アイリスは何事もなかったように平然と告げた。
「どうしたの?何かあったのかしら?」
「え?あ、あぁいえ、今しがた王女様の絶叫が聞こえたような気がしたものですから」
「絶叫?面白いことを言うのね。私が絶叫なんてすると思う?」
「た、大変失礼いたしましたっ!」
アイリスの言葉の圧に騎士達は逃げるように部屋を出ていった。
こんなことに付き合わされる彼らの日頃の苦労が偲ばれる……って隠してるんだったかそう言えば。
部屋に静寂が戻ってくると、再びだらしなく椅子の背に身体を預けるアイリス。
「お前な……」
「これ以上騎士を呼ばれたくなかったらふざけたことは言うんじゃないぞガロっち」
「なんで一番ふざけてる奴にそんなこと言われなきゃならないんだ」
「まぁまぁ、ちょっとしたプリンセスジョークって奴だ。そうかっかするなよ。まぁガロっちは『かっか』じゃなくて『へいか』だけど――なぁんつってな!ぶははうえっほ!えっほげっほげほ!あー、変なとこ入った……」
なんなんだろうこいつ。
いやもうほんと……なんなんだろうこいつ。
話をするだけでこんなに疲れるとか生まれて初めてなんだけど。




