勇者と妖魔とおくりもの⑥
「あの、よかったんでしょうか……」
店を出た後、しきりに後ろを気にしながらニアに問いかけるエリス。
そんなエリスに向かって、ニアはあっけらかんと答える。
「『あなた』がちゃんと『買う』って『言わなかった』から。『間違いなく』『ダメ』だよ」
「わたしが原因だったんですか!?」
驚きの新事実にエリスが愕然とする。
そりゃあれだけの大立ち回りをしておきながら責任転嫁されたら文句の一つも言いたくなるだろう。
「『うん』、『そうだ』よ。多分『あなた』が原因だと思う。だから『気にして』ね」
「そうだったんですね……すみません……」
エリスもエリスで素直すぎるせいかニアの言葉を真に受けてしまっている。
しかしこれは思った以上に酷いな……。
このまま二人を放っておいたらまともなプレゼント選びはまずできないだろう。
おそらく街中の店でわけわからん会話を繰り広げるだけで一日が終わってしまう気がする。
ニアに悪気なんてものは微塵もないし、なんならエリスのために一生懸命プレゼントを選ぼうという気持ちがあるのも伝わって来る。
元々口数が少ないニアが率先して動いたり話そうとしているところからもそれは見て取れる。
しかし、それでエリスが悲しい想いをしてしまうのでは本末転倒だ。
ニアも頑張れば頑張っただけエリスに嫌な奴だと思われてしまう。それはあまりにも可哀想だ。
様子を見ているだけのつもりだったが、さすがに何か手を打った方がいいかもしれないな……。
そんな事を考えている間に、二人はまた別の店へと入って行く。
入った店は雑貨屋で、様々な商品が陳列されているのが見て取れる。
さっきまで意気消沈していたエリスだったが、可愛らしい小物や雑貨を見て気分が高揚したのか楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「見てくださいニアさん!これ、とっても可愛いと思いませんか?」
そう言ってとある商品を手に取ると、ニアに見せるエリス。
木彫りのイヌが寝そべってお腹を見せている手のひらサイズのアクセサリーで、思わず撫でてしまいたくなるような愛嬌を振りまいている。
それを見たニアは、同調するようにうんうんと頷きながら満面の笑みで答えた。
「『全然可愛くない』ね!」
「そ、そう、ですか……」
辛辣な意見に、しゅんと肩を落として落ち込んでしまうエリス。
そっと商品を陳列棚に戻す姿には哀愁すら漂っている。
くそ……今すぐ乗り込んで『そんなことはない』と全力否定しに行きたい……!
『なにこれメチャカワじゃん!?』と全力肯定しに行きたい……!
い、いや待て。落ち着くんだデスヘルガロン。
メチャカワとか言ったことないしさすがにキャラが違いすぎる。何もかもキツい。
それに、こんなところで突然出て行ったら『え!?なんで魔王がこんなところに!?もしかしてストーカー!?噓!キモい!近寄らないで!帰れ!ボケ!』なんてことになりかねない。
いやならんか。
ならんな。
ともあれ、プレゼント選びにまで口を出すのはさすがにお節介が過ぎるだろう。
『良かれと思っておじさん』になるわけにはいかない。
ここはぐっと我慢だ……。
しょぼんとしてしまったエリスを見て、ニアがあわあわしながら焦った口調で言った。
「ほんと、『可愛くない』と思う!こんなのもらったら『嬉しいわけない』よ絶対!」
元気づけようとしているのはわかるが、追い打ちにしかなっていなかった。
むしろ、その必死さが逆に『そんなプレゼント選ぶなんて何考えてんの?ありえないんだけど?』と言っているように聞こえてしまう。
「…………」
エリスは完全に元気を失ってしまっていた。なんならちょっと涙目になっている。
それを見たニアもまたどうしていいのかわからず泣きそうになっており、完全な負の連鎖が完成していた。
あぁもう駄目……!見てらんない……!
幸い店員は一人だけ。しかも他の客の相手をしている最中で、返品しろだのなんだのと面倒そうなのを相手にしているためしばらくこちらを気にしている余裕はないだろう。
路地裏に身を潜め、店員(顔は変えている)の姿に変身すると、何食わぬ顔で店の中に入り、二人の元へ近寄って行く。
「何かお探しですか?」
そう声をかけると、気付いたエリスが返事を返してくる。
「えっと、誕生日に送るプレゼントを選んでいるところなんですけど……」
「そうですか。でしたら――」
言いかけると、エリスはすぐに待ったをかけ、申し訳なさそうに頭を下げて言った。
「すみません。こちらの方が一緒に選んでくれているので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
(本心は真逆とはいえ)あれだけのことを言われてもなお、ニアを頼ろうとするエリス。
「ですが、あまりうまくいっているように見えなかったものですから……」
「そんなことありません。ニアさんは今日会ったばかりのわたしのために、大切な時間を使って手伝ってくれているんです。そんな方の意見を、わたしは大切にしたいです」
そうか。考えてみれば当たり前のことだった。
ここで店員に頼ってしまったら、ニアの立つ瀬がなくなってしまう。
未だ有用なアドバイスが出来ていないからなおさら肩身を狭く感じさせてしまうだろう。
もし自分がニアの立場でそんなことをされたら嫌な思いをするに違いない。
エリスはそのあたりのことまで考えて、ニアを気遣ってくれているのだ。
だというのに俺ときたら――。
「『私』……」
エリスの優しさに触れたニアは、手で口元を覆うと突然ぽろぽろと泣き出してしまった。
「に、ニアさん!?どうして泣いてるんですか!?もしかしてわたし、また何かやっちゃいましたか!?」
どこまでも優しいエリスに、ニアは大袈裟なほどぶんぶんと頭を振って否定する。
そうだった。俺がわざわざ心配するまでもなく、エリスはこういう奴だった。
だとすれば、俺が今ここですべきことは――。
「あれ?もしかして、ニアさんじゃないですか?」
「お知り合いなんですか?」
「いえ、自分が一方的に知ってるだけなので」
それからエリスの耳元に口を寄せると、エリスにだけ聞こえるよう小さな声で言った。
「なんでも、とても天邪鬼な方なんだとか」
「天邪鬼?」
「言葉は確かに酷いんですけど、表情を見るとわかるらしいんですよ。ニアさんが本当は何を思っているのか」
「え……?」
困惑したような声を出すエリスから離れると、さっきエリスがニアに見せていたイヌのアクセサリーを手に取る。
「このアクセサリー、こちらのお客様にとてもよく似合っていると思うのですが、どう思われますか?」
アクセサリーをエリスに近づけながらそう問いかけると、ニアは身体を前のめりにしてうんうんと頷きながら言った。
「『全然』『似合ってない』と思う!」
「……あっ!」
何かに気付いたように、口元に手を当てて驚いた顔を見せるエリス。
ニアは口にする言葉こそ酷いが、行動自体はとても素直だ。
普通は表情と言動が一致しないことなんてまずないので気付かないが、明らかに反応が異なっているため、一度気付いてしまえば逆にわかりやすかったりする。
するとエリスは近くに置いてある宝石の付いた剣のキーホルダーを手に取ってニアに見せた。
「に、ニアさん。このキーホルダーはどうですか?宝石がキラキラしてて、とっても綺麗だと思うんですけど……」
「『汚い』ね。『女の子』とか絶対『嫌い』そう」
「じゃあ、こっちの可愛いクマのぬいぐるみは……」
「『可愛くない』。家に『持って帰りたくない』し、もらったら『大事にしない』と思う」
案の定の逆言葉。
だが、それを聞いたエリスは難しい問題が解けた時のようにぱっと顔を輝かせた。
「そっか!そうだったんだ!ずっと違和感があったんですけど、そういうことだったんですね!ニアさん!」
エリスはぽかんとしているニアの両手を取ると、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「え!?あ!?ちょっと!?」
困惑していたニアだったが、エリスの雰囲気に当てられたのか、しばらくするとおずおずと一緒に飛び跳ね始める。
その顔にはいつしか笑顔が浮かんでいた。
なんて平和な世界なんだ。見ているだけで涙出てきそう。
だが、こうなってしまえばもう俺はお役御免だろう。
エリスもニアもどちらも優しい性格だから相性はいいはずだし、逆言葉の誤解が解けた今ならきっと素晴らしいプレゼントを選べるに違いない。
二人に気付かれないようこっそり店を出ると、再び鳥の姿に戻る。
あとは若い二人に任せて、なんて言うとなんともジジくさいかもしれないが、邪魔者は見つからないうちに退散するとしよう。
二人が楽しそうに話している様子を最後に目に焼き付けた後、俺はその場を後にしたのだった。