勇者と妖魔とおくりもの⑤
ニアとエリスが初めに入ったのは武器屋だった。
なぜ誕生日プレゼントを買うのに真っ先に武器屋に向かったのかは全くもってわからない。
鳥の姿のまま店に入ることも出来ないため、窓の桟の所に止まってガラス越しに中の様子を伺う。
ニアは壁に立てかけられている煌びやかな装飾が施された短剣を指さすと、エリスに向かって楽しそうに言った。
「これ、宝石が『ぎっとぎと』で『全然』『綺麗じゃない』。『誰も』ほしいと『思わない』だろうね」
ぎっとぎとの宝石ってなんだ。まぁぴかぴかって言いたいんだろうが。
「そう、なんでしょうか……?ぎとぎと……?」
エリスも反応に困っている。
当然、そんなことを店の中で公然と言えば店主が黙っちゃいなかった。
「姉ちゃん、そりゃ聞き捨てならねぇ話だな」
強面の筋骨隆々のオヤジがカウンター越しにニアを睨む。
「そいつぁ廃坑の奥底で採れた最高級の宝石をあしらった逸品だ。誰も欲しがらないどころか、喉から手が出るくらい欲しがるもんよ。ま、おめぇさんのような田舎者に手が出せる代物じゃねぇのは間違いねぇな」
ニアの身なりを上から下まで眺めてから、オヤジは馬鹿にしたようにニタニタと笑う。
一応、ニアは人族に対して特別な嫌悪感などは持っていない。
もちろん敵であると言う認識はあるだろうが、休戦条約を結ぶことにも反対しなかったし、出来ることなら戦いたくないと思っているはずだ。
だから敵意を向けられても手を出すと言うことはまずない。
まぁ、それも『ニアの中では』の話だが……。
下卑た視線もまったく気にした様子はなく、笑顔のままニアは言った。
「『ちょっと』『黙ってて』くれます?『クソ店員』さん」
ニアの発言に店内の空気が一瞬にして凍りついた。
「に、ににに、ニアさん!?」
初めに動いたのはエリスで、あわあわとしながらニアに詰め寄るが、その口が止まることはない。
「こっちの剣も、あっちの剣も、そっちの剣も、みーんな『なまくら』みたいで。どこの『ヘタクソ』が作ったのか『知りたくもない』です。『触らない』と『ダメ』ですか?」
「ニアさん!待ってニアさん!言いすぎ!言いすぎです!どの剣もきちんと研がれていてぴかぴか!全然なまくらなんかじゃないですよ!」
「『ワザモノ』なんて言ってないよ。『なまくら』って言ってるんだよ」
「あれ!?わたし今、ワザモノって言いましたか!?」
「え?だから『あなた』さっきから『なまくら』って言って――」
「言ってないです言ってないです!」
なんというかもう色々と滅茶苦茶で聞いてるこっちの頭も沸騰しそうだ。
二人がそんなやり取りをしていると、ついにオヤジが重い腰を上げる。
「……おい姉ちゃん。うちの品をそこまで馬鹿にするなんざいい度胸してるじゃねぇか。てめぇみてぇな素人にここまでコケにされたのは初めてだぜ」
「え?馬鹿に『してます』し、コケにも『してます』けど……」
「…………」
もはや問答無用と言うかのように、近くにあった剣をぬらりと抜くオヤジ。
「ま、待ってください!これはきっと誤解で……あれ、誤解……なんでしょうか……?」
エリスが焦ってニアの前に出るが、庇おうにも庇えなくなっているらしい。
エリスが庇えないとはよっぽどなんだろう。
そんなエリスの肩に優しく手を置いたニアは、安心させるかのような笑顔で頷いて見せると、真剣な声で言った。
「『どかないで』。『危なくない』から」
「で、ですが――え!?どかないで!?」
まさかの盾になれ発言にさすがのエリスも声を荒げる。
「おいおい姉ちゃんよぉ……いくらなんでも妹を盾にするのはどうかと思うぜ……?」
「『あなた』は『妹』ではないですよ?」
「知っとるわ!こんなムキムキのおっさんが妹に見えんのかてめぇには!馬鹿にして――って馬鹿にもコケしてるんだったなそういえばよ!」
「なんで『知らない』んですか?『私』と会ったことは『ある』と思うんですけど……」
「だから知ってるっつってんだろうが!んだこれ!新手の親族詐欺か!?」
どすんと椅子に腰を下ろしたオヤジは「ったく……」と悪態をついた後、面倒くさそうな口調で手を払う仕草をした。
「わけわからなすぎて怒る気も失せちまったぜ……。で、どうすんだ姉ちゃん。買うのか買わねぇのか。買わねぇならさっさと出ていきやがれ。商売の邪魔だ」
「どうやら入る店が『正解』だったようです。『買います』ので『帰りません』」
「え?か、買うんですか?」
どう考えても帰る流れだったのだが、突然購買意欲を見せるニアに驚くエリス。
入る店が正解だったと言われたことでオヤジも気を良くしたらしく、
「んだよ。結局買うのかよ。じゃあとっとと選びやがれ。買えるなら、の話だがな」
と、ちょっと嬉しそうにしていた。
だが、そんなオヤジに愛想のいい笑みを浮かべて会釈をすると、ニアはエリスの手を引いてそのまま店を出ていってしまう。
呆気にとられたオヤジはしばし呆然としていたが――。
「さ、最後まで馬鹿にしやがってっ!二度と来るんじゃねぇ、ボケェッ!」
そんな大声が、店の外まで響いていた。