勇者と妖魔とおくりもの④
数日後。ノースト王国首都、フゥラ。
人口数百万にも及ぶ大都市であり、国王が居城を構える人族にとっての総本山といっても過言ではない場所だ。
俺達魔族が王国と言う場合、ここを指して言うことがほとんどである。
そんな王国の上空(と言っても屋根の上程度だが)から、俺はとある人物の背中を追いかけていた。
ちなみに魔王の姿では見つけてくださいと言っているようなものなので、目立たないよう黒い鳥の姿に変身している。
とある人物というのは、何を隠そうエリスのことだ。
当然ながら、エリスのことを尾行するような真似はしたくもないし、するつもりもなかったのだが、どうしてもしなければならない事情が出来てしまったため、やむを得ずこんなことをしている。
その事情と言うのが、エリスの隣を歩いている魔族――妖魔ニアの存在だった。
地味な色を基調とした素朴な服装はどこか薄幸さを感じさせ、長い黒髪を下の方で結っている姿も相まって田舎の村娘のような印象を受ける。
まぁニアには性別がないので村娘と言っていいのか村息子と言ったほうがいいのか判然としないが……可愛い寄りなので娘ということでいいだろう。
ニアは影から生まれた魔族であり、いつでもどこでも影の中に潜むことが出来る。
その魔法特性から諜報活動に適しているため、密かに王国内に潜伏し、人族の動向などの情報を収集する仕事をしてもらっていた。
しかし、今俺が心配しているのはニアの魔法がどうとか仕事がどうとかの話ではまったくない。
もっと別の、そして何よりも特異性のある部分のことだ。
「改めて、お忙しい所わざわざ時間を取っていただいてありがとうございます、ニアさん」
いつものように優しい微笑みを浮かべながら朗らかに話しかけるエリス。
そんなエリスに対して、ニアは全然気にしていないと言うように、にへ、と下手な笑顔を浮かべながら言った。
「気にしてね。本当、迷惑してるんだから」
何の躊躇いもなく、切れ味の鋭い言葉でバッサリと切りつけるニア。
ここまで辛辣な言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、若干焦りながらもエリスは申し訳なさそうに頭を下げる。
「あ……その、すみません。そんなに時間はかけないようにしますので」
「うん、ちょっとでも時間かかったらダメだよ。全然楽しくないし」
「は、はい……すみません……」
さらに追撃を加えるニアに、エリスは完全に委縮してしまっていた。
そんなエリスを気遣うように、ぶんぶんと両手を体の前で振りながらニアが言う。
「ありがとね。怒ってるの、あなた」
「え?あ、いえ、ニアさんの貴重な時間をいただいているのはわたしなんですから、感謝しかありません。本当にありがとうございます」
エリスの言葉を聞いてその場で立ち止まったニアは、しんみりとした表情で言った。
「……噓、悪い子だね、私。ガルちゃんが嫌いになっちゃうのもわかるよ」
「ま、待ってください。そんなことは……!」
「ううん、凄く悪い子だと思う。友達も一人もいないんだよね。もしかしなくても、あなたも私と友達になりたくないよね」
「わ、わたしは一体どうすれば……!」
コロコロと変わるニアの言動に、さすがのエリスも困惑を隠せないようだった。
端から見れば、笑いながら怒っているようなことを言ったあと、突然感謝したかと思えば、急に自分を責めだすという圧倒的メンヘラムーブを見せるやばい奴でしかないのだからそうなるのも当然だろう。
これが、俺がエリスを尾行してまでニアから目を離せない理由だ。
ニアは妖魔の名に恥じない非常に優れた力を持っているが、口の悪さについても非常に優秀だった。
口を開けば罵詈雑言の嵐、暴言虚言は当たり前、褒め言葉なんて聞いたこともない。
そのあまりの口の悪さから、他の魔族達にも敬遠されてしまっている。そんな背景があるからこそ、魔族領地から遠く離れた王国で諜報活動をさせているというのもあるのだが……。
しかし、実際のところ、ニアの本性はそれとはまったくと言っていいほど異なる。
ニアの発する言葉は、全て真逆の意味を持っているのだ。
好きなものを嫌いと言い、楽しいことをつまらないと言う。
明日のことは昨日と言うし、ありがとうはごめんなさいになる。
その中でも特に、自分のことを『あなた』と言い、相手のことを『私』と呼ぶところは、話を訳の分からない方向へと持っていってしまう一番の要因だろう。
徹底的な、そして病的なまでの天邪鬼――それが妖魔ニアだった。
だから、さっきのニアとエリスとの会話について正しい流れに直すと一応こうなる。
『改めて、お忙しい所わざわざ時間を取っていただいてありがとうございます、ニアさん』
『気にしないでね。全然、迷惑なんかじゃないから』
『あ、その……すみません。そんなに時間はかけないようにしますので』
『ううん、いくら時間をかけてもらっても大丈夫だよ。凄く楽しみにしてたし』
『は、はい……すみません……』
『ごめんね。怒ってるわけじゃないの、私』
『え?あ、いえ、ニアさんの貴重な時間をいただいているのはわたしなんですから、感謝しかありません。本当にありがとうございます』
『……ほんと、いい子だね、あなた。ガルちゃんが好きになっちゃうのもわかるよ』
『ま、待ってください。そんなことは……!』
『うん、凄く良い子だと思う。友達もたくさんいるんだよね。もしよければ、私もあなたと友達になりたいな』
しかしガルゼブブめ。随分と悩ましいことをしてくれたものだ。プレゼント選びによりにもよってニアを紹介するとは。
ニアはその言動とは裏腹に非常に良心的な性格をしているため、基本的に誰かの意見を否定することはない。
だが、だからこそその口から出て来る言葉は全て否定するものになってしまう。
つまるところ、エリスがプレゼントに何を選んだとしても否定してしまうということだ。
事情を知らないエリスにとって、これほど頼りにならないアドバイザーもいないだろう。
エリスは最近よく魔王城に来ているため、ニアの特性を当然知っているものとして紹介したのだろうが――果たして大丈夫だろうか。
まぁ大丈夫じゃないからこうして見に来ているんだけど。
それからなんとか気を取り直したエリスは再度ニアに話しかける。
「で、では行きましょうか。ニアさんの大切なお時間をいただくのも申し訳ないですし」
「時間は『ほとんどない』から『大丈夫じゃない』よ」
「そんなにないんですか!それじゃあやっぱりわたし一人の方が……」
「『いいよ』。『不安になって』。どうせなら『悪い物』を選んでほしいしね」
良いものを選んでほしいと伝えたいんだろうが、『あたしいなかったら良いもの選べないけどいいの?』と言っているようにしか聞こえない。完全に嫌味だ。
しかもそれを笑顔で言っているっていうのがまたなんとも……。
しかしエリスもめげない。
「そうですよね。せっかくきていただいたのに、一人の方が、なんて、ニアさんに失礼でした。すみません」
「『気にしたほうがいい』よ。『凄く』『悪い』んだから」
「はい。ありがとうございます」
エリス……優しさの化身か……?
そんなエリスの手を取ると、ニアは軽い足取りで歩き始める。
「『ゆっくり』行かないと陽が『昇っちゃう』から」
「それはどういう……あ、待ってくださいニアさん!」
色々と不安は尽きないが、かといって俺が出ていくわけにもいかない。
魔王が敵国に侵入してるなんてどう考えても問題しかないし、心配で付いてきたなんてことが知られたら魔王として格好がつかないからな。
とにかく今は遠くから見守るとしよう。
そうして、勇者と妖魔によるプレゼント選び大作戦は幕を開けた。