勇者と妖魔とおくりもの③
「ガルゼブブさんのような素晴らしい方の頼みなら、きっと、魔王さまも喜んで右腕をくれると思いますよ」
「そうでしょうか」
そう言って、少しだけ困ったような笑顔を浮かべるガルゼブブさん。
「実は、以前より、それとなくお願いをしてはいるのですが。『そんなもの無理に決まっているだろう。我の右腕はそう簡単にほいほい取れるものではない』と、きっぱりと断られてしまいまして……」
「そうなんですか?」
ガロンさんは魔族の方々をとても大切に想っています。
なので、余程無理なお願い以外は無下に断ったりしないと思うのですが――それだけ魔王の右腕という資格は重いということでしょうか。
確かに、魔王の右腕ともなればそれだけの責任を伴うでしょうし、戦う際には真っ先に最前線に出ることにもなるのでしょう。
そう言った理由から、ガロンさんも選ぶのに慎重にならざるを得ないのかもしれません。
それから、ほぅ、と思いを馳せるように、ガルゼブブさんは言います。
「ええ。右腕が駄目なら左腕、右足、左足、とにかくどこでも構わないと、そうお伝えしたのですが」
「え?」
「え?」
あ、あぁなるほど、そういうことですか。
何も右腕だけが側近の証と言うわけではありません。
当然左腕もそうですし、足と言う表現は聞いたことがありませんが、部位の名称なんて些細な問題でしょう。
もはやなりふり構っていられないくらい、ガロンさんの役に立ちたいというガルゼブブさんの気持ちが伝わって来るようでした。
話を聞いてもらったお礼として、ここは応援しなければ不義理と言うものでしょう。
「わかりました。ガルゼブブさんの想い、わたしからも魔王さまに伝えてみようと思います。もちろん、わたしなんかの意見では多少の足しにもならないかもしれませんが」
そう言うと、ガルゼブブさんはぱっと顔を輝かせ、突然わたしの頭を胸の中に抱き入れてしまいました。
あまりにも突然のことに気が動転してしまいますが、なんとか声を出します。
「は、はほ……はふへふふはん?」
「くふふっ……ありがとうございます、エリィ様。多少だなんて、そんなことはございません。理解していただけただけでも、とても嬉しいです。いつか、魔王様からどこかしらいただけた暁には、エリィ様にもお裾分けいたしますね」
あれ、なんでしょう。
今一瞬だけガルゼブブさんから身の毛のよだつような寒気が伝わってきたような――いやいや、きっと気のせいでしょう。
多分わたしが誰かに抱きしめられると言うことに慣れていないから驚いてしまっただけだと思います。
権利のお裾分けなんてできるのかな、とも思いましたが、おそらく言葉の綾というものでしょう。
ガルゼブブさんが嬉しそうにしているのだから、ここで余計なことを言うのは野暮に違いありません。
それからわたしの頭を解放すると、ガルゼブブさんは興奮したように言いました。
「あぁ、エリィ様。こんなにもよくしていただいて、お礼一つしただけではとても我慢なりません。よろしければ、プレゼント選びに最適な、穴場をご紹介させていただけませんか?」
「穴場ですか?」
「ええ、ええ。わたくしも、最近知ることができたのですが。精巧なガラス細工や置物、機能的な品物も、数多く取り揃えられているのです。売っている場所が場所なだけに、中々お目にかかることはできないのですけれど」
魔族領地内には何度も足を運んでいますが、そういったものを見かけたことはありませんでした。
ということは、まだ行ったことのない奥地にあると言うことなのでしょうか。
ガロンさんには危険だから行かないほうがいいと言われている場所もあるため、ちょっとだけ心配です。
そんなわたしの不安を感じ取ったのか、ガルゼブブさんは言いました。
「ご心配には及びません。案内に、妖魔ニアを紹介いたします。とても素直で、優しい子なんですよ。エリィ様のことを聞けば、必ず力になってくれるはずです」
ニアさん。
聞いたことのない名前です。
妖魔というからには魔王軍幹部のお一人なんでしょうか。
ともあれ、プレゼントに何を買うかもまだ具体的には決めていませんし、ガルゼブブさんのおすすめする場所であれば間違いはないでしょうから、是非見てみたいところです。
「ありがとうございますガルゼブブさん。それじゃあお願いしてもいいですか?」
「ええ、ええ。お任せください、エリィ様」
そう言って、ガルゼブブさんはふんわりと微笑んでくれたのでした。