勇者と妖魔とおくりもの①
わたしの名前はエリスといいます。
年齢は十四歳、好きなものはオムレツとチャーハンで、最近は魔族領内の観光名所を見て回ることが密かなマイブームです。
若輩者のわたしですが、勇者というものをやらせてもらっています。
自分がそのような重要な役割をさせていただいているのはとても恐れ多いことですが、人族の平和のため、そして世界の平和のため、宿敵である魔族の方々と日々、戦いを繰り広げています。
とは言っても、最近は休戦条約というものを結ばせてもらっていて、わたしが直接戦うのはガロンさん――魔王デスヘルガロンさんひとりだけ。
さらに言えば、そのガロンさんとも戦うことはせず、お茶をしながらお喋りをしているだけなんですが。
もちろん勇者としては、魔王と親しくするなんてよくないことだとわかってはいるのですが、わたしとガロンさんが戦って勝敗が決してしまうと休戦条約自体がなくなってしまうかもしれません。
なので、双方の平和を維持するために、ガロンさんにも協力してもらって、誤魔化し誤魔化しやらせてもらっているというのが現状です。
魔族の中にもガロンさんや幹部の方々のように優しい方はたくさんいるため、いつの日か人族と魔族とで手を取り合える日が来ると良いのですが――。
――――――
今日は月に一度の定例であるガロンさんと戦う日――ではなく、魔王城に働きに来る日――でもなく、まったく別の用事で魔王城へとやってきていました。
用事と言っても、ガロンさんにちょっとした相談をしたいだけで、全然大したことではないんですが。
最近、魔王城に来る頻度が多くなったせいか、全くと言っていいほど抵抗感がなくなってしまい、事あるごとに遊びに来るようになってしまいました。
あまり来ないほうがいいと言うのは理解しているのですが、なんだか自分の家のように居心地がいいんですよね、魔王城。
魔王城に到着すると、いつものように門を叩きます。
しばらくすると扉がゆっくりと開き、一人の女性が出迎えてくれました。
クリーム色の髪に、純白の修道服。眠たげな眼にあたたかみのある微笑を浮かべたその綺麗な女性――ガルゼブブさんは、わたしだと気付くなりふんわりとした笑顔を浮かべて言いました。
「あらあら。エリィ様では、ありませんか。こんにちは」
「こんにちは、ガルゼブブさん。今日もいい天気ですね」
「ええ、ええ。とっても。外に出て、日光に当たっているだけでも、とても幸せな気持ちになります。こんな日和が、ずっと続くといいのですが」
ゆったりとした口調はガルゼブブさんの穏やかな心を表しているようで、聞いているだけでも気分が落ち着いて、癒されていくのを感じます。
「遠い所から、お疲れでしょう。さぁさぁ、どうぞこちらへ」
ガルゼブブさんの後に付いて魔王城に入ると、城の中で仕事をしている魔族の方々が早速声をかけてきてくれます。
『なんだ、エリィじゃねぇか。まさか今日も仕事じゃねぇだろうな?』
「こんにちは、リバルさん。いえ、今日はお仕事で来たわけじゃないですよ」
『おーおー、そりゃあよかった。お前が来ると、俺達の仕事ぜぇんぶ取られっちまうからな!』
「そう言われると、なんだか仕事をしたくなってきたかもしれません」
『んだとぉ?やめろやめろ!今日のお前はゆっくり体を休めてるのがお似合いってもんだ!』
「わかりました。そうさせてもらいます」
『あ、エリィちゃん!また来てくれたんだ!』
「こんにちは、シンギィさん。今日も来ちゃいました」
『この間もらったハチミツ、皆すっごく喜んでたよ!甘くて美味しくて、パンに塗って食べたらもう最高で!』
「それはよかったです。今度、多めに持ってきますね」
『え?いいの?ありがとうエリィちゃん!それじゃあお返し、気合入れて見つけてこないとね!』
わたし自身、ちょっと魔王城に馴染みすぎているような気がしないでもないのですが、皆さんいい方ばかりで、気付いたら自然とこうなっていました。
魔王さま――ガロンさんがいつも気にかけてくれているからと言うのももちろん大きいとは思うのですが。
そんな感じで歩いていくと、落ち着いた頃合いを見計らってガルゼブブさんが口を開きました。
「申し訳ありません、エリィ様。皆、エリィ様を見かけると、話しかけたくなってしまうようで……」
「そんなことないです。わたしも皆さんと話せてとっても楽しいですから。こちらこそすみません。何度も立ち止まってしまって」
「いえいえ。わたくしは歩くのが遅いですから、丁度よいくらいですよ。それに、魔族達の楽しそうな声を聞けるのは、わたくしにとっても、大変幸せなことです」
そう口にするガルゼブブさんの顔には本当に幸せそうな笑顔が浮かんでいて。
心からそう思っていることが伝わってきて、なんだかわたしまで嬉しくなってきてしまいます。
「それはそうと、エリィ様。本日はどのようなご用事で、いらっしゃったのですか?」
そう言えば、まだガルゼブブさんに来た理由を伝えていませんでした。
「はい。実は魔王さまにちょっとご相談したいことがありまして」
「魔王様に、ですか……」
するとガルゼブブさんは、とても残念そうに言いました。
「申し訳ありません。魔王様は本日、ルルヴィゴール達と共に、外出しておりまして。城に残っている幹部も、わたくし一人だけなのです」
「そう、ですか」
そうか。そうですよね。
ガロンさんは魔王なんだから当然忙しいだろうし、いつでもいるわけじゃないですよね。
定例会の時や仕事に来る時にいなかったことはなかったので勘違いしていましたが、もしかするといつも時間を空けて待っていてくれたのかもしれません。
あれ、ということは、わたしと一緒にお茶やお話をしている時間も、かなり無理をして作ってくれていたんじゃ……。
今頃になってそんなことに気付いて、申し訳ない気持ちが沸々と湧いてきます。
「でしたら、また日を改めたいと思います」
そう言うと、ガルゼブブさんはゆっくりとした動作でわたしの手を取りました。
ひんやりした手はとても心地よくて、火照っていたわたしの手から体温を吸い取っていくようです。
「エリィ様。こんなわたくしで良ければ、お話を聞かせては、いただけないでしょうか?」
「でも、ご迷惑じゃ……」
「迷惑だなんて、とんでもないことです。常日頃から、わたくし達によくしてくださっているのですから、そんなエリィ様のお力になるのは、当然のことです」
「ガルゼブブさん……」
ガルゼブブさんがここまで言ってくれているんですから、むしろ頼らないほうが失礼でしょう。
「そ、それじゃあ……」
そうしてわたしは相談したいことを話し始めたのでした。