魔王と勇者と幹部共⑮
私室に戻ると、あまりの身体の怠さから倒れるようにベッドに身を投げ出した。
布団から漂う妙に良い匂いが鼻を突き、そう言えばルルヴィゴールが抱きしめていたんだっけな、なんてことを思い出してまた頭が痛くなるが、起きる気力もなかったのでそのままにした。
しかし、今日はまたとんでもない一日だった。
エリスの存在が幹部達にバレたことから始まり、幹部達の意味不明なテスト、幹部達の知らないほうがいい一面を知り、流れでエリスが魔王城で働くことになってしまった。
まぁエリスが勇者であるということがバレていないことだけは不幸中の幸いだろうが――接する機会が増えればその分リスクも上がるわけで、注意していかなければならないだろう。
なんとなく、どうでもいいひょんなことからバレる気がしてならないが……それは今考えても仕方ないことだ。
しばらくぼーっとしていると、控えめに扉がノックされ、優しい声が聞こえてくる。
「あの、ガロンさん?少しだけお時間をいただいてもいいですか?」
声の主はエリスだった。
働かせる上でちゃんとした服装に着替えさせるとか着替えさせないとかでルルヴィゴールやらガルゼブブやらと話していたので任せてしまったのだが、どうやら終わったらしい。
身体を起こしてベッドに腰掛けると返事をする。
「あぁ、大丈夫だ。入ってくれ」
「はい、失礼します」
丁寧に扉を開けて部屋に入って来たエリスは、どこか気恥ずかしそうにしながらおずおずと俺の前までやって来ると、目をそらしながら言った。
「あの、ど、どうでしょうか……」
見ると、エリスはさっきまで来ていた動きやすい服装ではなく、どこぞの宮廷で働いていそうないわゆる『メイド』と呼ばれる者達の格好をしていた。
服の全体的な色味が黒と白しかないため、エリスの眩い金髪がさらに映える結果となってとても似合っているとは思うのだが、肩だったり足だったりにやたら肌の露出が多いせいか『寒そう』という印象が強い。
「とてもよく似合っていると思うが……なんというか、寒そうだな……」
「本当はもうちょっと厚手のごわごわしたものもあったんですが、その……ルルヴィゴールさんが『魔王様はちらりと見える肌が好き』というようなことを仰ってたので……」
また適当なことを……。
「いや、俺はそんなこと一言も――」
否定しようとするが、エリスは手を顔の前でぶんぶんと振りながら焦ったように言った。
「だ、大丈夫です!わたしは特に好きな服の種類とかありませんから!ガロンさんの好みがこういう服だということであれば、全然着ます!」
こうしてまた意味もなく変な誤解が増えていく――あぁ駄目だ、今日一日ツッコんでばかりだったせいか、ツッコむ力がもう残っていない。
「ガロンさん?大丈夫ですか?」
エリスが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「大丈夫だ。とりあえず座ってくれ。今日するはずだった分のお茶と茶菓子も残っていたはずだから、持って来よう」
「あ、そういうことでしたら……」
そう言うなり、エリスは部屋を出るとすぐにお茶と茶菓子の載ったお盆を持って帰って来た。
「実は、もう持ってきちゃってました」
「俺の考えを読んだってことか。まったく、仕事を覚えるのが早くて助かるな」
えへへと照れたように笑うエリスにつられて笑ってしまうと、なんだか心が軽くなったような気がした。
色々と見通されてしまっているようでむず痒い気持ちもあるが、悪い気分ではない。
お茶を飲んで一息つくと、エリスに問いかける。
「こんなことになって、本当によかったのか?」
こんなこと、というのは当然、魔王城で働くことになってしまった件についてだ。
もちろん勇者である以上、毎日魔王城に来て働くなんてことは出来ないため、時間がある時限定で魔王城に来て仕事をするということにした。
体よく『人族に魔族の良さを伝えて回る』という理由をガルゼブブが用意してくれていたので、うまく利用させてもらった形だ。
そのおかげか幹部達からも特に異論は出なかった。
何を言いたいのかすぐに察したらしいエリスは、小さく頷いて答えた。
「わたしが自分でやりたいって言ったんですから、いいも悪いもありません。むしろ、すみませんでした。わがままを聞いてもらって」
「いや、俺は全然構わないんだが……」
それどころか、気兼ねなく話せるエリスが近くにいてくれた方が俺としても気が楽なので、ずっといてくれて構わないというのが正直な気持ちだが――さすがに口にはできないだろうな。