ドッキリ大成功!
この瞬間が一番緊張する
『ドッキリ大成功!』の札を持った仕掛け人が現場に突入してくるこの瞬間。
ドッキリが本当に大成功するかどうかは仕掛けられた側のファーストリアクションが大事だ。
お笑いのプロとアマを見分けるならドッキリに対する反応を見ればいい
素人はドッキリでした~と言われたとき、頭の整理が追い付かずとっさの一言が出てこない。
プロはすぐ言葉が出る。『ちょっとちょっと!何ですかこれは!』言葉はシンプル且つコミカルなものを選ぶ。TVを見ている視聴者はドッキリから何かを学ぼうとは思ってない。ピエロを笑おうと思って見ているのだ。
今日も俺中堅芸人フルモンティー岩井はドッキリを仕掛けられた。
見事なリアクションを返し、番組は大成功。
楽屋でプロデューサー安藤が俺に話しかける
『いや~今日も良かったよ~!岩ちゃんのお陰でこの番組
持ってるようなもんよ』
安藤は令和のプロデューサーらしくおしゃれな佇まいだ。髪を
カーリーヘアーにしブランドの服に身を包む彼がプロデューサーと
気付く者は少ないだろう。青年実業家にしか見えない。
プロデューサーは俺をおだてつつも妙な事を聞く。
『どう岩ちゃん体の調子は?大丈夫?疲れてない?』
『大丈夫ですよ!このあともう2個ドッキリがあってもやれます!』
『本当に本当に大丈夫?』
…しつこいな。ここでピンとくる。これはドッキリの伏線だな。
近々身体的にきついドッキリがあることを暗に知らせてくれてる。
プロデューサーに心の中で頭を下げながら、たわいない会話を続けた。
帰りタクシーに乗り、高速に乗ったところで物憂げに外を見ると工場が見える。工場が赤・緑・青の点滅を一定間隔で繰り返している。人間の瞬きのようだ。
煙を吐き出す煙突を見て憂鬱な気分になった。
俺の親父は工場で働いていた。毎日のように工場に通い手を真っ黒にして夜遅くに帰ってきたが、ずっと貧乏のままだった。
親父が働いていた工場を一度見たことがある。そこにも煙突がありとてつもない量の煙を永遠に吐き出していた。
その煙をみて、親父がどんだけ働いてもあの煙が吐き出しているのではないのか?と考えたっけ
大海に浮かぶボートに穴が開いたときのように
結局、早くに死んでしまった親父を見て俺は絶対金持ちになってやる。と芸人になって成功したはいいが、最近よく考える。幸せなのはどっちだろうか?芸人の方が十倍は稼げるだろうが、
どこから見張られているか分からない毎日。ドッキリを気にしすぎてオナニーもろくに出来ない。工場で働いてつつましい暮らしをしていた方が幸せだったんではないだろうか?
そんなことを考えていると急にタクシー運転手が俺の顔面にクリームパイを投げつけてきた
『ドッキリでーす!』
『ちょっとなんですかこれは!』いつものリアクション。
お茶の間は今頃大爆笑だろが、親父の事を思い出した俺は気分が落ち込む。
タクシードッキリを終え、ようやく家に着いた。
年間100本以上のドッキリに掛けられ、立てた豪邸だ。近所では『ドッキリ御殿』と呼ばれているらしい。
ただいまと声を掛けると、か細い声でおかえりと返ってきた。
やつれて今では見る影もないが俺の嫁敦子はモデルをやっており美しい女だった。はつらつとした美貌で俺を癒してくれたものだ。そんな彼女にすい臓がんが見つかったのは半年前だ。健康そのものだった彼女は人間ドッグに行った事が無く、見つかった時には手の施しようが無かった。
余命半年と言われ、残りの期間を一緒に過ごそうと自宅療養を選んだ。
すい臓がんは特に過酷ながんだ。痛みに耐える彼女を見るのは忍びない。
が、大丈夫だ。これも俺を騙すためのドッキリだ。
壮大だと感心するが、彼女がガンだったどっきりを仕掛けるのは、どこのテレビ局だろうか?見当もつかないがすでにドッキリが始まって半年がたっている。とんでもない予算が付いている番組だろう。絶対に失敗は許されない。テレビを意識した行動を心掛けている。彼女を抱くのもずっとしていない。このどっきりが終わったら思い切り抱いてやるからな。彼女を見て心の中でつぶやく。
彼女を寝かしつける。
『最近どう?疲れていない?』
『大丈夫だよ』
優しく声をかけて寝かしつける。
こんな生活がもう半年。もうちょっとの我慢だ。
居間の机の上には彼女が読んでいたであろう雑誌が開いたままだ。
見出しには『あのフルモンティー岩井が奇行?ドッキリで病んでしまったか?』と書いてある。
”この頃、彼の様子がおかしいらしい。妻であるモデルの敦子がガンになってから、精神的な病
ともとれる奇行が相次いでいる。
彼と近しいあるプロデューサーがAが答える。
『ドッキリが生活を侵食するようになってから彼の様子が変わりました。何が起こっても、ドッキリと思い込むようになってしまったのです。
それでも彼の出るどっきり番組は視聴率が取れるので続けるしかありません』
彼のようなモンスターを生み出したのは我々かもしれない”
小道具もしっかりしているな~。こんな壮大な番組ならギャラも期待できる。
精神的にきついが、そのことを考えて自分を奮い立たせる。
寝床に着きある恐ろしい妄想が頭をよぎる。もしこれがすべて本当だったら?現実だったら?彼女が本当のガンだったら?
ない
ない!ない!ない!!!ない!!!!!!!!!あり得ない!何てこと考えるんだ俺!
強制的に妄想を頭から振り切り目をつぶる。
起きて彼女を見に行くとベッドに彼女はいなかった。
トイレを探そうとドアノブを回そうとするも重くて回らない。力を込めて回してドアを
開けると彼女がドアにくっつくような形で姿を現す。
ドアノブにひもを引っ掛けて首を吊っていた。彼女の顔は真っ青だ。
トイレの便座の上に遺書が置いてある
『痛みが耐えられないので死にます。あなたにも疲れました』
首を吊っている彼女を見て思った。最近の小道具はしっかりしているなあ~。本物の死体みたいだ。
特に真っ青になった彼女の顔。素晴らしい技術をもった裏方に作ってもらったのだろう。
感心してリアクションを忘れそうになった。危ない危ない!
『うお~!!!』
彼女の足にしがみ付き泣き叫ぶ。足は異常な冷たさだ。本物がこんなに冷たいわけがない。笑いそうになるが我慢して演技を続ける。
さあ、見事なリアクションをお茶の間に届けた。
仕掛け人はもうすぐ来るだろう。『どっきり大成功!』の札をもって
ここが一番大事だ。情けない顔をしてお茶の間を大爆笑させてやろう。気合が入る。
この瞬間が一番緊張する