プロローグ
俺は、神様って奴は不公平だと思ってる。
100人に1人とか、1000人に1人とかの割合であいつらは才能ってやつを与える。
この才能ってのを与えられた一部の人間だけが、成功して名誉を得るのが今の世の中だ。
才能のないものが血のにじむような努力をして得た能力を、あいつらはさらっと上回って差を見せつけてくる。
差が付いたらもう終わり、こっちが寝る間を惜しんで努力したとしてもその差を埋めることは絶対にできない。
あいつらはその才能を使って成功し名誉を手に入れ、奴らは必ずいい笑顔でこう言うんだ「努力した結果が実って嬉しい、努力した甲斐がありました」ってな。
ふざけんなっつーの!それだったら俺なんてお前の数倍書いてるんだ!それがたった2~3本書いてそれがヒットしてミリオンとかアホじゃねーの
「やっぱ才能あるやつはちげーわな」
悪態をついてインタビュー記事が載った雑誌を放り投げる。
座椅子の背もたれに全体重を預け、見慣れた天井の照明をじっと見つめて、ため息を一つ。
俺の名前は和上 侑人。性別は男。年齢は36歳
職業は物書き。文章を書く仕事をしている。
どんな文章を書くかって?どんなものでもござれ、俺は色んな「文章」を書く文字通りの物書きなのだ。
ゲームのシナリオから、演劇やドラマの脚本。新聞のコラム記事から文庫本の小説まで今までに書いてきた文章の数なら、今放り投げたミリオン作家の数十倍は書いてるだろうな。
・・・・・まぁ売れた作品は一本もないんだが。
ゲームのシナリオを手がけたといっても、ギャルゲーの複数いるヒロインの中の一人、人気もそこまでないサブヒロインのルートだったり、脚本も売れない地方のアマチュア劇団のシナリオや誰も見ないような深夜の五分物のホラー作品。
新聞に書いたコラム記事も穴埋めのようなものだし、小説も何本か書いてはいるが、鳴かず飛ばず。
ただ、どんな駄文であれ書き切ることだけは出来た俺は、出版社から「便利屋和上」なんてあだ名を付けられて重宝されていた。
いや、違うわ。
締め切り飛ばした大作家とか、文句ばっかりの大御所の代わりに「目立たない、それなりの作品を締め切りギリギリに依頼しても書き上げる」作家ということで日々こき使われるだけなんだ。
その証拠に、ここ数年は締め切りギリギリの仕事依頼が多く嬉しいのか悲しいのか忙しい日々が続き、まともに休めてはいなかった。
俺みたいな零細作家にとって、仕事があるってのは嬉しいことなのだが、こうして自分よりも若い作家が「●●賞受賞!!」とか「●●先生が描く脚本!!」とか見る度に今の自分の現状と比べてナーバスになるのが、もはやクセのようになって来ていた。
「あぁ、クソこいつらの才能が羨ましいわ」
こいつらの肉食ったら俺にも文才が宿らないかな?と再度愚痴る。
人は人、自分は自分と割り切れればいいのだが。
売れている作家の本を本屋や電子書籍などで買って読むと、つい自分の文章と比べてしまい。結局本の内容よりも「才能が妬ましい」という感情で終わってしまうのだ。
メルトダウン気味の心を何とか引き起こし、視線を天井からモニターに戻して仕事に取り掛かる。
カタカタとキーボードを打ち込み文章を仕上げていく。
外の季節はクリスマス。
カーテンの隙間から覗く外の景色は虹色に輝き、本来であれば浮足立つ季節なのだが、家族も、まして恋人も友達もいない俺にとっては全く関係ない、ただ外が騒がしくなり集中しようにもできない、迷惑な季節としか認識がなかった。
どうにも集中できず、煙草に火をつけ深く吸って白い煙を吐く。
「今年もそろそろ終わりか・・・」
今年は珍しく、今手がけているしかも今日の0時が締め切りのこの仕事が終われば後の仕事は一切なかった。
毎年盆暮れ正月なんて物は一切なかった俺にとって珍しくゆっくり出来る年末年始。
といっても先に言った通りやることもないし、旅行するにもそんな余裕は一切なくどうせコンビニと家の行き来以外しないいつもの生活が続くだけなんだが。
あれこれ考えつつも指を動かし、文章を仕上げる。
仕上げるといっても先週の段階で終わりまで出来ており、リテイクで帰ってきた個所を死んだ目で修正し、再度送ってやるだけなんだがな。
どうせ締め切りギリギリだし、編集も時間がないのはメールから伝わってきている。
程々な修正でもこれ以上のリテイクはないだろうと、高を括り作業を終了する。
「でーきたっと・・・後はこれをメールで添付して送ってー・・・・はい、終わり!!」
下がってテンションから一転、仕事が終わった解放感から高めのテンションでメールを送る。
送信完了と共にググっと体を伸ばし、体のコリをほぐす。
どうせリテイクが来ないのは分かってはいる。一旦シャワーでも浴びてリフレッシュしようと立ち上がろうと思ったとき「ピロン」とメール受信の音がPCから聞こえてきた。
「ずいぶん確認するのが早いな」と思って確認すると、見たこのないメールアドレスからのメールで件名は「物語作成依頼」となっていた。
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件名:物語作成依頼
本文:
はじめまして、和上 侑人 様
(株)神栄社の螂ウ逾槭い繝ォ繝?リと申します。
先般、書店にて先生の作品をお見受けし、素晴らしい良作に感動いたしました。
特に~~という作品は大変興味深く、先生の手腕には感服させられるばかりでした。
つきましては我が社でも先生と共に仕事がしたいと思い、ご連絡申し上げた次第でございます。
もし受けて頂けるのであれば、その場で返事を頂ければ幸いです。
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「ほーん・・・・?」
正直内容は悪戯メールとしか思えなかった。
そもそも報酬や仕事についての詳細など一切書かれていないし、担当者らしき名前も文字化けしていて読むことができない。
大体「物語」て。
小説やゲームのシナリオとジャンルが書かれてあれば理解できるが「物語」では漠然としすぎている。
色々突っ込みどころしかないメールではあったが、なぜか気になって目が離せない。
試しに「神栄社」という出版社がないか検索してみるが、それらしい出版社はヒットしなかった。
「このご時世にHP無い出版社とか存在するのか?」
ますます悪戯感がまして行くがなぜか悪戯とは思えず、シャワーもそっちのけで座って考え込んでしまう。
そもそも「その場でご返事いただければ幸い」ってどういうことなんだろうか。
まさか今ここで「はい」と返事をすれば、仕事を受けたことになるのだろうか。
普段ならこんなに考えることなく消してしまうであろうメールに色々と考えを巡らせた俺は、スケジュールも開いてるし、詳しく聞いて受けてもいいか、と考えた。
『まぁ!受けて頂けるのですねぇ!!嬉しいですわぁ!直ぐにお迎えに上がりますねぇ!』
と、そう考えた瞬間頭の中に何とも言えない緩い女性の声が響く。
慌てて辺りを見回すが声の主は見当たらない。
一体何事かと驚いて立ち上がった瞬間、急に体に力が入らなくなった。
ドサっとまるで物のように音を立てて体が床に打ち付けられる。
痛みなどはなく、ただただ力が入らなくなり意識が遠のく。
『大丈夫ですよぉ、そのまま一度永眠ってくださぁい~お迎えにあがりますからぁ~』
お迎えって、まさかそっちのお迎えかよ!と突っ込むと俺は完全に意識を失った。
・・・・後日、連絡が付かないと心配した出版社の編集が俺の部屋を訪れ、倒れている俺を見つけ、通報。
駆け付けた救急隊によって和上侑人の死亡が確認された。
かくして俺は死んだのだった。