一人称と三人称 ~初心者はどちらを選んでも失敗する~
一部内容を修正しました。詳しくはあとがきをご覧ください。
「ううん……」
私は悩んでいた。
処女作である異世界テンプレ作品を没にした私は、どうにかしてテンプレを脱却した作品を作ろうと頭を悩ませていた。しかし、没にしたテンプレ作品はすんなり書けたのに、オリジナリティを出そうとすると全く筆が進まなくなってしまった。
どうしても物語の書きだしが思いつかず、まったくプロットが組めない。にっちもさっちもいかなくなった私は、ぼんやりと昔のことを思い出した。
ライトノベルを書こう。
かつての私はそんなことを思いついて、ワードを立ち上げた。異世界テンプレと出会う数年前のことだ。なんとなく登場させた主人公に、なんとなく登場させた親友キャラと会話させ、なんとなく下校させてみた。
しかし、その続きが全く書けず、つまらなくなってやめた。筆を執って三日目のことであった。
その時のように、私は全く書けなくなってしまった。さて、どうしたものかと悩んでいた矢先に、あることを思いつく。
そうだ、没にした作品の主人公を敵にして、それをやっつける話にしようと。
それからは早かった。
強敵を倒すだけの力を持った主人公を作り、それに協力する仲間たちを作った。彼らがどう出会い、どう助け合い、どう絆を深めるのか。
次々とアイディアが浮かんでストーリーが繋がり、エンディングまで一気にたどり着く。
よし、いける。
そう確信した私はパソコンの前に座り、次なる作品を書きはじめた……のはいいのだが。
まったく筆が進まない。なぜか。
それは私が一人称ではなく、三人称を選択したからだった。
小説を書く際に、一人称にするか、三人称にするか、最初に決めなければならない。それぞれにメリットとデメリットがあり、どちらが正解というわけでもない。
この点について詳しくは解説できないが、私が小説を書く際に生じた問題についてのみ、話すことができる。
私が一番困ったのは説明すべきことが多すぎること。
三人称の場合、主人公が知らない情報について読者に伝えることができる。物語の語り部は作者なので、世界観や設定を無制限に説明できてしまうのだ。
主人公の置かれた状況を説明しようと、私は様々な設定について書き記した。そして出来上がったのは、出来損ないの設定資料集。
この大陸はうんたらかんたら。この国がああで、あっち国がこうで。歴史が~武器が~身分制度が~。
よく、自作の設定を語りたがる作者は多いと聞くが、私は違った。設定ばかり連ねるのは書いていて楽しくない。しかし、説明しないと世界観が伝わらない。どうしたものか。
設定ばかり羅列する小説の書き出しは、自分で書いていて面白くなかったし、読み返しても微妙な気分になった。そしてなんとなくだが感覚的に、これは誰も読んでくれないなと思った。
それでも、もうちょっと頑張ろうと、主人公を動かして物語を進めた。その物語の中で、正体不明の主人公は一人の少年に出会う。彼は最強の剣士で誰にも負けないスーパーヒーロー。そんな二人が組んで、現代兵器で無双するオークに立ち向かうという、壮大なスケールの物語。
今になって思うと、そんな話をよく書こうと思ったなと関心はする。だが、あまりに無謀すぎた。
前途多難で始まった私の物語はようやく運命の出会いを果たすことができた。これから主人公と最強剣士の二人が物語が始まる!
と思いきや、全く話が進まない。
なぜか。
主人公は記憶喪失という設定で、剣士君が彼にいろいろと説明を始めたからだ。ここにきてまた説明である。書いていていい加減うんざりしてきた。
そして、もう一つの悩みの種。それは視点変更。
三人称は視点の変更が可能だ。一人称と違い、複数のキャラクターの目線で起こった物事を描写できる。しかし、当たり前ではあるが、視点変更を頻繁に行っていたら読者は混乱する。私も書きながら混乱していた。
主人公君と剣士君の視点であれこれと状況を描写しているうちに、何が何だか分からなくなり、自分で書いた小説を読んで混乱してしまった。
三人称の最大のデメリットは、自由度が高いことだと思う。
主人公を俯瞰した目線で見ると、あらゆる情報が目に飛び込んできてしまう。私たちが普段、自分の目でものを見るのとは違い、例えば物陰に隠れる盗賊だとか、隠されたアイテムだとか、はたまた離れた場所にいる無関係の第三者とか、そういうものまで描写できてしまうのだ。
私は情報の取捨選択ができず、何から何まで描写してしまった。それに加えて設定の羅列。まるで物語にならない状況に、自分自身で辟易してしまう。
私自身が、私の書いた作品を、まったく好きになれない。
好きになる要素がまったく見つからない。
そして何より、まるで他人事のように書かれる文章が嫌だった。
三人称で語られる物語はどこか他人事で、熱のない冷めた文が二人の行動を語っていた。怒ったり、泣いたり、笑ったりせず、淡々と事実だけが書き連なっていく。
こんな文章を読んでも面白くないし、ましてや書き続けるのなんて絶対に無理だ。
そう思った私は、その作品を没にした。
文字数にして3万程度の作品だった。
こうして意気揚々と書きだした物語は、あえなくエタってしまったわけだが、諦めたわけではない。いろいろと考えなおし、今度は一人称で書くことにした。
最初に書いた異世界テンプレも一人称だったし、今度はうまくいくだろう。
そう高をくくっていたのだが……やはり失敗を犯してしまう。
私は一人称で小説を書き直し、スタート場面も変え、大きく路線変更した。
主人公は何もない荒野に突然放り出されて、正体不明の緑の肌をしたおっさんに襲われる。おっさんは自分が魔族で、主人公が魔王であると言う。
混乱する主人公だが、なんとかおっさんを撃退。命からがら難を逃れた彼は、別の魔族やドラゴンから次々に襲われ、何度も死ぬ思いをする。
いきなり混沌とした状況に陥ってしまった主人公ではあるが、私はうまく書けていると思った。ストーリーの始まり方として唐突ではあるものの、テンポもよく謎もあり、続きが気になる内容だった。
調子が出てきた私は、取りつかれたように書き続け、仕事が休みの日には一日で2万字近く書き上げることもあった。
これは行ける。これは面白い。絶対に成功する。
自分が天才作家になったかのような気分に酔いしれて、ただひたすらに物語を書き続けた。あの時はとても楽しい時間を過ごせていたと思う。
まさか自分が大失敗を犯すなど、みじんも思わなかった。
そして……ついに彼女が登場することになる。
登場したてのころ彼女はまだ大人しかった。しかし、客観性を欠いた私は、彼女の行動や言動を精査せずに放置し、とんでもないヘイトキャラへと変貌させてしまった。せっかく作り上げた物語は私の不注意で見事に破綻……というのは別のエッセイでも語ったことだが、今回は関係ないので置いておく。
この物語で失敗したのは、彼女の件だけではない。
一人称で物語を書き続けることで、困ったことが何度もあった。
それは主人公の知らない情報を、一切読者に開示できないことだ。
当たり前のことではあるが、一人称は主人公の目線で全てが語られるため、主人公の知らない情報を記述することができない。よくあるミスの一つとして「この時はまだ、あんなことになるなんて思いもしなかった」などと、物語の先の展開を予期するかのような発言をさせてしまうことがあげられる。
これ、私もたまにやってしまうのだが、未来に起こる出来事を知っているのは作者本人だけであり、読者目線の主人公は知りえない情報だ。
回想シーンや、過去編ならまだしも、現在進行形で物語が進んでいるのに、未来のことを主人公が予知するのは変だ。予知能力があれば別だが。
この表現があるだけでブラバ(ブラウザバック)してしまう人もいるほどなので、できるだけ避けたいミスではある。
話を戻そう。
調子に乗って物語を書き進めた私だが、主人公のいない場所で起こっている出来事や、第三者の思考など、開示できない情報がどんどん増えて行って、どうすべきかと悩み始めた。
伏線を張ったりしていろいろと工夫したのだが、どうしても裏で暗躍する敵の情報など、伝えられない事柄が増えて行き、思うように物語を進めらなくなった。
そこで……禁じ手を使う。
一人称と三人称を混ぜるのだ。
やめろー! どうなってもしらんぞー!
そんな声が聞こえてきそうだが、きっと気のせいではないだろう。
混ぜると言っても、ちゃんと場面変更してサブキャラクターの物語を描く時のみ、そのキャラを俯瞰する視点に切り替えるようにした。
しかし、下手に第三者視点を混ぜたことでストーリーラインはぐちゃぐちゃになり、かえって分かりづらくなってしまった。この作品を読んだ友人も、視点変更の多さを指摘。さすがに自分でもまずいと思ったが、もはや修正のしようがない。どうしてこんなことに……。
とまぁ、一人称でずっと続けてきた物語のはずが、三人称を下手に加えたことで滅茶苦茶になってしまった。物語が破綻した理由は暴走ヒロインだけではなかったんですねぇ。
というわけで、三人称でも、一人称でも、それぞれ別々に失敗してしまったのだが、所感を述べると一人称の方が書きやすかった。
設定をシンプルにして、伝えるべきことを限定し、登場人物の数を制限すれば、初心者でも書ききれるかと思う。
やはりプロットを組んで、計画をたててから書き始めた方が無難だろう。テンプレからの脱却を目指す人は、必ずプロットを作ってから書き始めた方がいい。
以前にとあるサイトで、テンプレ作品にプロットなど不要だ、プロットなんて極論だという書き込みを見かけた。
確かに、脳死で読めるテンプレ作品にプロットはいらない。もともとテンプレートが出来上がっているわけだから、考えなくても書けるし、伝える情報もそんなにいらない。
しかし……それでは結局、ただのテンプレで終わってしまう。唯一無二の作品にはならない。
長くなったが、この話はこれくらいで終わりにしようかと思う。
最後にもう一つだけ述べさせていただこう。
失敗をしない人なんていない。
失敗をするから人は成長する。
一人称か三人称か、どちらにするか迷ってないで、とっとと書き始めて失敗するべきだ。
どちらを選んでも最初は誰でも失敗する。
成功した人は失敗しても諦めず、書き続けたから成功したのだ。
勇敢なる挑戦者に祝福があらんことを。