生まれ変わったらオーガだった
人外系主人公で初投稿をさせて戴きます。
遅筆な味噌煮ですが、どうか拙作をよろしくお願いします。
「はぁ……また模試かよ……」
高校三年生は、つまるところ誰もが否応なく岐路に立たされる時期だ。勿論、俺も当て嵌まる。大学進学を希望するも、勉強に身が入らないまま、ずるずると無為に時を過ごしてしまっていた。
しかし、流石にこれではいけないといまさら一念発起して塾に通ったり、学校の自習室に時間ギリギリまで篭るなど必死こいて勉強していたが、急に行う事には必ず反動というものがある。帰る時にはうつらうつらしながらふらふらと帰る事が多かった。
キーンコーンカーンコーン。今日の授業が全て終わった合図が鳴った。鞄に荷物を入れたり、友人と話したり。解放された放課後の時間がやってきた。
「じゃあ、授業も終わりだ! 最近は不審者が出たりして物騒だから気をつけて帰れよ!!」
担任の峰田の声が響く。体育教師並みの大きな声だが、本人はタバコをこよなく愛する数学教師なのだから不思議な事もあるものだ。そんな峰田がカレーライスに塩をかけて食べると聞いた時には、高血圧で死にたいんじゃ無いかと思った。いくら塩辛い物好きにしても限度というものがあるだろう。
大抵適当な話ばかりしている峰田の話をぼんやりとした頭で聴きながら、荷物を手早く纏めて塾へと向かった。
「ふぅ……やっと終わった」
窓の外はすっかり日が暮れて、街には喧騒とネオンサインが顔を覗かせていた。俺は家に帰ったとしてももくもくと一人だけで無心に食料とは名ばかりの物体を掻き込むだけ。毎日のタイトなスケジュールとストレスで少しだけ遠回りをして帰ろうと決めた。
「しまった……23時くらいは補導されるしなぁ……」
最近は足を運んでいなかったゲームセンターや、色々と千鳥足でふらついていると時間が経つのも早いもので23時になろうとしていた。久しぶりの街に酔ってしまったから、俺は光から逃れるようにしてそそくさと帰路に着いた。
「うぅ……寒い」
風も冷たくなってきた。防寒具の一つや二つは欲しかったが、無い袖は振れない。手を擦りながら、ポツリポツリとある灯台のような電灯を頼りに歩いていると前方には、真っ黒な影のような人が居た。
「……」
「……」
当然の如く話なんてするまでも無く、すれ違った。
思えば、峰田の「不審者が出た」を頭の片隅にでも置いておくべきだったのだ。覚えていないにしろ、暗く、殆ど人通りの無い夜道で人間とすれ違う事自体にほんのちょっぴりでも注意を傾けるべきだった。
「おぉー、風冷たっ」
北風はカラカラと落ち葉が揺らす。明日はカイロと手袋を持ってこよう。そう心に固く誓い、身体はまたブルリと震えた。
「ん?」
脇腹辺りがじんわりと嫌な温かみを帯びてきた。黒い男は俺の背後に音もなく立っている。
「ぐっ……」
温かみを認識すると同時にやわらかく、鋭い痛みが脊髄へと襲いかかってきた。反射的に後ろへ振り返ると男は俺に大きな包丁を振りかぶる。
「があ"っ……ぐぅ……」
必死で逃げようとするが、恐怖で体が震え、足も到底動かない。おまけに身体から力が抜けて、身体、筋肉、骨。身体の全てに力が入らない。俺という名のみっともない芋虫は辺りを赤く染めて、ビクビクと濡れたアスファルトの上へ転がった。
「ッ……不審者とか……うそだろ……」
まさか、会うとは思っていなかった不審者と遭遇するなんて考えもしなかった。今日までもこの道を通った事が何度もあったから、すっかり油断し切って無警戒にもほどがあった。
どうせなら犯人の顔でも拝んでやろうと、闇の濃い色をしたフードの内を覗いた。月明かりで見える口元は細く醜悪に歪み、犬歯がギラついていた。
「あ……だめだ……」
血を流しすぎて動く気力はとうに失せ、どんどん身体中は蝋人形のような冷たさを纏っていく。
不思議とあれだけ酷かった激痛は収まり、代わりに奇妙な安心感に溢れていた。きっと脳内から快楽物質を出して、脳は生存の為にどうにかしたいのだろうが、体は駄目だ、うんともすんとも言わない。
身体から大事な何かが抜け出ていこうとするので、残り少ない気力で必死に押し留めようとするが、その甲斐虚しくもうすぐで尽きようとしていた。
「く……そ」
立ち去ろうとするフードの者へ少ない罵倒のボキャブラリーから罵ってやろうとか細い声でそう言った。しかし、奴は関係ないなと言わんばかりに、包丁から、べっとりとついた血と脂を丹念に拭き取ってからケースに納めて、静かに真逆の方向へ歩き始めた。優雅な足取りは、闇に紛れるようにして行方をくらませた。
(い、意識が……)
いよいよ意識も怪しくなってきた。お迎えというやつであろうか、母親の腕に包まれる赤ん坊のような安心感を感じている。
ーーここちいいな
好きだった、春風が頬を撫でる感覚。
一陣の風は、俺を天高くへと運んだ。
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「?」
先程、不審者に刺されて死んだ俺だ。あの後、浮遊する感覚が何分か続いて、気がついたらやけに明るい部屋に寝転がっていた。
身体が思うように動かない。俺はどうやら赤ん坊になってしまったのだろう、つまりネット小説でもお馴染みの異世界転生だ。こういうのはまず状況把握に努めるべきだというのがテンプレだ。早速、自分の周囲をペタペタと触り、検分してみた。
土色をした籠のようなものに入れられており、赤ん坊の乏しい力で何とか籠の外を覗くと、緑色の皮膚をして小さなツノを持つ、俗に言うオーガの赤ん坊が入った籠が部屋に何十個かあった。
(じゃ、じゃあ……俺も、なのか?)
気にして無かったが、改めて自分の腕をまじまじと見た。うん、確かに緑の色をした腕。頭部のツノを触ろうと腕を伸ばしたが、未発達の身体では流石に手が届くことは無かった。
(魔物系かぁ……チート勇者とか、魔法使いみたいなのは無理そうだ。むしろ、序盤でやられる雑魚キャラがいいとこじゃないか?)
作品によってはピックアップされる事もしばしばあるが、基本的にどの作品でもオーガは知性の無い、力だけはある怪物として描かれがちだった。
「おい、ガキどもの授乳やるぞ」
「めんでぇ……メシくいて」
「あのなぁ……ボスの方針だろう?女が交代でやるって」
突然の来訪者はドアから入ってきた。5、6人ほどのオーガの女だろうか?胸をはだけて授乳を始めたではないか。
「!?」
よく考えれば当たり前の行為であるが、つい先ほどまで高校生の俺には刺激が強すぎた。咄嗟に目を背けたが、向こうからはちゅぱちゅぱと乳を飲む音が聞こえて来る。
授乳を行い、女達が俺へと近づくにつれ、母乳の芳醇で厚い香りがより強く薫ってくる。なんだかお腹が空いてきた。
「うし、つぎつぎ」
ガシッと背中を掴まれて、ほれ!と母乳を飲むように促された。甘く、魅惑的な香りに俺は乳首にかぶりついた。
「おうおう、がっつくな」
どうやらこんな状況にも慣れているらしかった。ちゅうちゅうと母乳を吸うのだが、中々吸うのも難しい。
舌に液体が触れると俺は益々母乳の虜となった。大変に魅力を秘めた味だろうことは匂いで理解していたが、百聞は一見に如かずということわざがいかに正しかったかを身をもって知らされた。
甘く、官能的な味。
「そこまでだ」
夢中になって吸っていると、口から離された。急な事で不満はあるのだが、俺はお腹もいっぱいで満足した。満足すると、眠気が出てきた。「ごちそうさま」と心の中でいいつつ、籠の中でゆっくりとした眠りに落ちていった。
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転生から四年の月日が経った。
今、犬と猪が合体したような生き物、イヌシシを追い回していた。一気に接近して棍棒を振り下ろしたはいいものの、直撃には至らず、手負いのまま全速力で逃げているところを自慢の脚力で追いかけている。
「うらっ!! さっさとっ……!?」
徐々に動きがトロくなって来ていたので、これはチャンスと思ったのだが、イヌシシは自分の体力では逃げられない事を悟ったのか突然反転し、こちらへと襲いかかって来た。
「ガルルルアッ!!!」
「まずっ!」
このまま突進されては大怪我どころか最悪死ぬ。イヌシシは突進力に優れているだけでなく、獲物を狩るときには信じられないくらいの機敏さを見せる時がある。まさに今、それが牙を向いたのだ。そこが坂である事も手伝って、普段相対する平原よりも何倍も凶悪な頭突きになっている。
ーーヒュン! ヒュン!!
時間差で二本の無骨な弓矢がイヌシシの土手っ腹に突き刺さった。
「キャインッ!!!」
痛みに悶えて、思わず飛び上がったイヌシシはその勢いのままに横へゴロゴロゴロ……と斜面を転がっていく。俺はどうやら急死に一生を得たらしい。
「おい!踏み込みが甘いぞ、ゲル」
「すまねぇ、コリ……」
彼は俺たちより一つ上の世代、つまり人間の価値観で言えば父世代とでも表現すべきか。オーガには特定の親という概念が無く、一つのグループで一つの家族という考え方をしている。実際、俺には兄弟が12人ほどいるが、父親や母親もバラバラだ。
基本的にオーガの共同体は三世代で20〜70ほどの人数で生活しているらしい。狩猟や採取、略奪もしくは畜産によって生活を成り立たせている。オーガの社会は爺と親世代の『長老会』と親と子世代の『実働隊』、女で構成される『家政部』に大きく分けられる。序列も殆ど存在せず、年老いた者の言葉を大切にするという習慣があるくらいだ。
武器の面では三種類ある。複雑な武器ではなく簡単に出来る(オーガの筋力があってのことだが)木を削り出したような棍棒などの武器を拵えるか、オグルというオーガ特有の武器を長い時間を掛けて製造するか、人間やドワーフなどが作った弓などを奪うかのどれかだ。
ここでオグルという特有の武器について説明しなければなるまい。しかし、その前にこの世界のオーガ特有の力について説明する必要がある。
そもそも、この世界の生物、特に人型の者には魔力と呼ばれる不思議な事象を起こせる力が秘められている。例外であるオーガやゴブリンたちを除けば……
天は無慈悲にもオーガたち鬼人族には祝福を与えなかった。それ故に魔物として迫害される時代も存在したが、その内に偶然にも魔力へと対抗する陰陽の力を手にしたのだ。
爆発的な能力や力を得ることが出来るが、大いなる力には代償が存在する。失敗すれば文字通り爆発するか、生物とは言えない状態に成り果てるかのどちらかだ。
力を得ても有効に使えなかったオーガたち。その血の中に徐々に埋れていき、殆ど知るものは居なくなってしまった。だが、鬼人族たちは力を上手く使えなかった代わりに簡単で汎用性を高くする方向へと分岐した。陰陽の力の一部を取り出して、攻撃、防御など多岐に渡る使用方法がある、それこそがオグルの強さだ。
「俺、棍棒よりもオグルの方がいいなあ……」
「お前が兄弟と比べて苦手なのも知ってるし、オグルが好きなのも知ってるが……棍棒なんかも使えなきゃ意味ないぞ。いつでもあるとは限らないからな。もし、無くて「戦えません」は恥だぞ」
「わかってるけど……」
他のオーガよりも緑色の肌が薄い俺は色薄野郎と呼ばれて揶揄われている上に、オーガの象徴ともいえるツノも小さく、力も他と比べて弱い。他人よりも何倍も訓練を積んでようやくスタートラインに立てるレベルだ。
「というより、コリの弓使いも凄いよね。弓矢だって自作で作るし」
「人間から貰った弓矢を見よう見真似で作っただけだ。本物には到底及ばん」
コリはオーガには珍しく、手先が器用だった。要領も良かったらしく弓矢も素晴らしい出来の物を作ったが、結局コリ以上に上手く扱える者も居なかった。ということで俺たちの家族ではコリだけが弓を使っている。
下にいるイヌシシを持って帰るべく、喋りながら斜面を降りた。しかし、死んでいるだろうイヌシシの近くに、ゴブリンやエルフ達とも違う、人間の服を着ている者がいた。
「あ、誰かいる……?」
駆け寄ろうとするとコリに肩を掴まれた。
「待て、俺がイヌシシを処理する。お前はキチンと見とけ」
生きているか、死んでいるか。生物というものは意外にしぶといものだ。生死の判断を誤ったが為に寝首を掻かれることも偶にあり、それを目の前で見た事のあるコリだからこそ、まずは確かめたい事があったのだ。
イヌシシを人間から離して生死を確認するコリ。一方のゲルは人間の服をじっくりと穴が開くほどに見ていた。
(探検家……?みたいな服だな。一人だけで来るなんて無用心に過ぎないか?)
基本的に魔物がうろつくこの世界の山。力自慢のオーガでさえも一人だけで入ることを避けるのだ。やけに人間がボロボロな事はきっと何かの関係があるのだろうと勝手に予想した。
「終わったぞ、人間はどうだ?」
コリの作業は終わったらしい。イヌシシを一匹担いでいる。
「生きてるんじゃない?息してるし。でも、どーすんの?」
「取り敢えず……おや?コイツ……」
ん"んッと呻き、ゆっくりと身体を起こした。
『ん? え! おおおお、おオーガ!? お、お助けえええ!!!!』
「なんだこいつ? 喚いてるが……」
「え?コリはコイツが言ってる事が聞こえないのか?俺らにビビってるだけだぜ?」
コリは人間が何を言っているのか理解しておらず、ただ意味不明な言葉を喚いているようにしか聞こえないようだ。
「へー、そうなのか。じゃあお前が話せよ」
「まぁ、良いけど?」
『おい、人間。何でこんな山中に居るんだよ……死にたいのか?』
『え……言葉分かるのかい?』
押さえていた頭をくいっとこちらに向けてきた。喚いていたときよりは幾分か希望に満ちた声色だった。
『何でか知らねーけどな。で、どうなんだ?』
『あ、ああ……私は学者をしているチャールズだ。そこそこの人数で来たんだが、逸れてしまってな。そうしてどうにか出ようと歩いていたら、知らない間に気絶していたのさ。まあ何であれ助かったよ。感謝する』
あちらは最大限の礼儀を示しているのだろうが、異種族のオーガに頭を下げているのは何だかこそばゆい気持ちにさせられた。
『学者ねぇ……もうじき日が暮れるが、人間たちがいる方なんて知らんぞ』
これは本当の事だ。オーガは嗅覚が優れているわけでもなく、捜索能力もさして高くは無い。本隊から逸れたのだからおとなしく諦めたほうが良さようだった。もちろん、命の方をだ。
『ど、どうしよう……』
あたふたしだしたチャールズ。山で寂しく野垂れ死ぬんじゃないかと顔面蒼白だ。
「なあ、コリ。人間を俺らのとこに泊めてやってもいいんじゃないか?」
状況から見ても彼が気絶したのはある意味俺たちのせいだとも言えたからだ。それに対してコリは言葉を濁した。
「……長老会次第だな。それに俺のせいで怪我をしたようなもの……流石に放っておくのは気分が良くない」
『あ、あの……何を話しておられるので……?』
自分を食べる相談でもしているんじゃないかと、ビクビクしている顔を見せた。
『お前、俺たちの住んでる所に来るか?食事くらいは出せると思うが』
『え! 良いんですか!?』
宝石と見紛うほどに目を輝かせた。これが学者魂というやつなのだろう、俺は独り合点した。
『多分、事情を話せば何とかなる。早く行こう、日が暮れちまう』
『お、お願いします……』
二人+一人で、皆が待つ村へと帰っていった。途中から俺は怪我をしているチャールズを背負ったが、
『おおお!!オーガに背負って貰った人間なんて、世界初じゃないんですかねッいたたた…………』
『怪我してるんだ。そんなにはしゃげば、痛むに決まってるだろうに……』
余りの激痛にチャールズは気絶した。
「人間、アホだな……」
コリが呆れ返りながらも、半ば夜の闇に足を突っ込み、村まで歩いた。
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ーー長老の家
「まあ一人くらいならよかろう。彼の気を読んだが、村に害をなす者ではなんだ。お前たちが、しっかりともてなしなさい」
「「はい、長老」」
結果としてチャールズは受け入れられた。初めは「何故入れた!!」と皆から激怒されたが、事情を説明した事と俺が人間と話せることを教えると半数が認めて、残りの反対派も長老の鶴の一声で渋々納得した。
『どうだ? 村は?』
イヌシシを蒸し焼く間の時間に現在病室となっている客間に俺は立ち寄った。
『いやはや、何から何まで本当に助かります。代わりの服まで用意してもらって……』
申し訳なさそうにしていると、ギュルギュルとチャールズの腹の虫が鳴った。
『早く食おうぜ、腹減ったし』
他の料理はとうに出来ていたので、早く酒を一杯ひっかけたかった。
『あ……そうですね』
昔から伝わる秘伝の軟膏を塗って、多少は楽になったチャールズは身体を起こし、俺とゆっくりと食堂へ向かった。
『そういえば、なんでここら辺に来たんだ?』
この地域一体の山では、大抵オーガやゴブリンが住み着いている事が多いからだ。余程の実力者か物好き、何も知らない旅人くらいしか立ち入らない。
他の人間と来たらしいチャールズの目的くらいは聞いておきたかった。
『ッ……』
突如として黙り込み、立ち止まった。額から冷や汗がたらりと流れる。
『おい……痛むのか?』
『まずいですよ……』
『え?何て言った?』
チャールズの声は震え、出会った時よりも生気が欠けていた。
『この村や周囲の村を攻撃して、開拓するつもりなんですよ!!!』
『え……」
思えば、これが全ての始まりだった。俺の背負うことになる大きな運命は漸く時計の針を動かし始めた……
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