春祭り
小鳥がさえずり虫達が土から顔を出し、空を見上げれば柔らかな陽光が降り注いでいた。畑を覆っていた雪もとけて、農村では種まきが行われている。パーダでは豊作を祈願する春祭りが行われていた。秋に行われる豊穣に感謝するお祭りと対を成すお祭りで、長い冬から開放された人々の活気で街はにぎわっていた。
通りには様々な露店が軒を連ね、おいしそうな匂いが街行く人の胃袋を刺激した。秋の祭りと比較しても、食べ物を提供するお店の数は多い。たくさんの食べ物を捧げることで、豊穣が得られると考えられているからだ。
キトリー達はバウルの焼き串を食べながら通りを歩いていた。ミジェス討伐の報酬もあり、懐は温かい。イーナとの関係も少しずつだけどいい方向に向かっていたので、ルーが街歩きを一緒にしないかと誘ってみたけれども、断られてしまった。
少しずつだけど、彼女のことも分かってきた。
ダダン王国を出ることに対してキトリーへわだかまりはなかったらしい。それが神の御心なら従うという考えは理解できなかったけども、最初の頃、口数が少なかったのも目つきが悪かったのも、理由が分かってしまえば納得いくものだった。彼女もキトリーと同様に少年の死にショックを受けていたのだ。それが、自分のせいともなればなおさらのことである。
ルーが彼女を祭りに誘ったのは、気分転換の意味もあったのだけど、そんな気分にはなれないと言われてはどうすることもできなかった。その代わりというわけではないけども、珍しく人化したククルが一緒に歩いている。彼女もお祭りは大好きなようで、あちこちから漂ってくる匂いに尻尾を左右に揺らしている。
「キトリー、次はあれを食べるのだ」
手を引かれながら、キトリーは苦笑いを浮かべた。見た目は子供なので、小さい子が駄々を捏ねているようにしか見えないけども実年齢は二人より遥かに上である。
「ククルさん、食べすぎですよ」
「この体はいくら食べても平気なのだ」
いつもはシュロの体のサイズを基準にしか食べないのに、今日はキトリーたちと同じだけ食べている。どういう仕組みなのか謎の人化したククルの体だけど、食べたところで太らないらしい。
「でも、元の姿に戻ったら太ってるんじゃないですか?」
「それはないのだ」
ソースを口の端につけたまま、ククルは断言する。
「そ、そうなの?」
ルーが恨めしそうにククルが新しく手にした川魚のフライをジト目で見ている。魔法を使うようになってからというもの、お腹が空くといって食べる量が増えていた。消費しているカロリーは確かに増加しているのかもしれないが、その分摂取するカロリーは明らかに上回っていた。
結果、彼女の体はほんのり丸くなっていた。
「なんでいまお祭りなんですか。人がダイエットをがんばろうって決意したのに!!」
「じゃあ、宿に戻る?」
「嫌です!なんでそういう事いうんですか?」
「だって、目の毒でしょ」
「そうですけど、それでもお祭りは楽しみたいじゃないですか!」
「ルーは気にしすぎなのだ。我慢は良くない。食べたい物を食べるのが一番いいのだ」
「そうだね。そんなに太ってないと思うよ」
言った瞬間、キッと睨まれた。
「キトリーはいいですよ。キトリーは、スラッとしてて、贅肉なんてどこにもついてないじゃないですか。でも、私はっ!もう、二の腕なんてぷにぷにですよ。ぷにぷに!キトリーには分かりませんよ。体重計に乗るときの恐怖が!!」
「いやいや、私も女子だからそれは分かるけど・・・」
体重計は怖い。それはもう、どんな魔物よりも恐ろしいものだ。
旅を始めた頃から、宿に入るとお互いの体をマッサージするという日課は続いていたので、ルーの肉付きは下手したら本人よりも理解している。二の腕のぷにぷにも気持ち良いなぁと思って揉んでいるのでとてもよく知っている。
「でも、あれだよ。ルーは胸が大きいから太って見えるだけじゃない?」
「な、な、な!もう!それは言わないでくださいよ。しかも、こんな往来で」
そういって胸をがっちり両腕で抱きかかえるようにするけども、そんなことをすれば余計に強調するだけなんだけど、とキトリーは思う。本人だけが気付いていない。
「はは、ごめん。まあ、ダイエットは明日からにして、今日は楽しもう!」
「それって、やせられない人の口癖じゃないですか」
「ルーはそんなに痩せたいの?」
川魚のフライを包んでいた紙をゴミ箱にすててククルが戻ってきた。
「痩せたいですよ。女の子はいつだって痩せたいんです」
「ボクの一族に伝わる秘儀があるけど、試してみるか?」
「そ、そんなのあるんですか!?」
「あるのだ。シュロエでも時々太りすぎが問題になるのだ。ボク達の家は木の上に作られるけど、太りすぎて木登りが出来なくて困るのがたまにいる」
「それで、それで」
「うん。そういう時は、ご飯と一緒にマダの実を食べるのだ」
「マダの実?」
「胃が刺激されるから食べたあと全部逆流する」
「うへぇ。それはちょっと…」
「一番効果的なのだ。美味しいご飯はいつも通り食べられるから満足できるのだ」
「で、でも、吐くんですよね」
「だから、身につかない。一週間もすれば体重は激減するのだ」
断食しているのと変わらないのだろう。ただ、食べている感覚だけは残るので確かに痩せれるのだろうけど、摂食障害とかの別の問題が発生する。キトリーはため息混じりに注意する。
「それ、やっちゃ駄目な奴だから」
「そうですよね」
苦笑いでルーが答え、ククルがしょんぼりと肩を落とした。
「ボクの一族の秘儀なのに…」
「ダイエットは運動と健康的な食事だよ。近道はないからね」
「やっぱり、そうですよね。はあ」
彼女の決意に水を差すように、甘い香りが漂ってきた。
「ふわああああ。もう駄目です。ここは天国であると同時に地獄かもしれません」
「うん。だから、宿に戻る?」
「せめて香りだけでもっ……てククルさん?なんで買ってくるんですか?嫌がらせですか?」
ククルの手には小麦粉を練ってあげたドーナツのようなものが握られていた。一つ一つは一口サイズで、蜂蜜がたっぷりとかけられている。ククルが一つ、口に入れると幸せそうに頬を緩ませた。
「一個貰っていい?」
「もちろんなのだ」
キトリーがククルの手からドーナツを受け取ると、口に運ぶ途中でルーの手にがしっと掴み取られた。
「ルー?」
「キトリーも食べるんですか?酷いですよ。私がこんなに苦しんでるのに」
「えーと…」
一瞬、考え込むとルーの手を力づくで引き剥がしドーナツを食べる。蜂蜜の甘さが口いっぱいに広がった。ドーナツ生地には味はついてないけども、もっちりしていて美味しかった。
「これ美味しい。ルーも食べな」
「だ、駄目です。私はダイエット中なんです」
拒否しながらも言葉は尻すぼみにでどんどん弱まっている。キトリーは悪魔のような笑みを浮かべると、ククルからもう一個貰うと、蜂蜜をたっぷりつけてルーの目の前に差し出した。
「明日から、明日から」
「もう…駄目、やめて…ください。それ以上は…」
逃げ道を塞ぐようにククルが背後をとり、ルーは追い詰められていた。目の前にある芳しいお菓子と必死に戦っていた。味方のはずの二人の裏切りにあった彼女は四面楚歌だった。逃げ場はない。
「受け入れたら楽になれるよ」
悪魔のささやきに、ルーは撃沈した。
口内に広がる天国の味わいに、ほんの数瞬前までの強張った顔がふにゃっと弛緩する。一度受け入れてしまえば後は、転がり落ちるのみ。
「うぅ。明日から。明日から…」
「それって、やせられない人の常套句じゃなかったっけ」
「…キトリーがそれを言いますか!?」
「ふふっ。とりあえず、今日は楽しみましょう。もう少しで国境のあるカバナ山脈に入るわけだし。お祭りなんて年に数回しかないんだから」
「そうですよね。楽しまないなんて勿体無いですよね。うん。うん。あ、じゃあ、私、さっきククルさんが食べてたお魚のフライが食べたいです」
と、ルーは踵を返して、一つの屋台の前に飛び込んだ。イーナの護衛という仕事も半分以上の工程が終わりを迎えていた。ルーの弟アーブの情報もちらほらと入ってきている。二人の旅路に重なったり、外れたりしながらも同じ領内にいるらしい。もしかしたら、ばったり会えるかも知れない。そんな希望が見え始めていた。ルーが浮かれるのも無理はない。
ただ、浮かれすぎた彼女は、「明日から、明日から」と、呪文のように唱えながらルーは誰よりも良く食べて、ほっぺが一段と丸くなっていた。
次回、試練




