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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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激闘

「ククルはルーの援護をお願い!」


 立ち位置を一瞬で入れ替え、キトリーはスリングを手放し槍を突き出した。特別な力もなにもない只の突き。ミジェスなら身体を貫き屠れるだろう一撃。だが、バージェスは反射的に左手で槍の柄をつかみとり、切っ先が腹部に届く寸前で押し留めた。


-動かない


 汗が噴出した。押すことも引くことも出来ず硬直する。しかし、それも一瞬のこと。バージェスが右手に握ったつるはしを全力で振り下ろしてきた。元のショルイドヴァと変わらぬ異様に長い腕は、槍を間に繋がっている一人と一匹の距離を軽がると超越する。

 

 武器から手を離しギリギリのところで攻撃を回避したキトリーは叫んだ。


「ルー、こっちに魔法をお願い!」


 駆け出したキトリーが横を通り抜けた瞬間、詠唱を追えたルーの魔法が通路を走り抜けた。炎の龍がバージェスを飲み込み、ミジェスの群れを焼き尽くす。


「ククル、広間に抜けるよ」


 キトリーはルーの手を引き駆け出した。迫り来るミジェスを石を嵌めたスリングで殴り、蹴り飛ばし、道を切り開く。元々11匹いたはずのミジェスもキトリーのスリングとククルのツメで半分以下に減っていた。最下級の魔物では、三人の進行を抑えるには不十分だった。


 広間にたどり着き、入り口に目を向ける。

 半径10トール程度の狭い空間。キトリーたちが出てきた入り口以外に道はない。魔法の威力を半減させていたので、バージェスを焼き尽くせたかは分からなかった。ただ、バージェスと相対したときに感じた粘りつくような気配はいまだ健在だった。


「ルー、まだいける?」

「大丈夫です」


 すぐに詠唱を始めるルーを横目に、キトリーはスリングを回し始める。手元に槍がない以上、他に攻撃手段はなかった。


「ククル。もしも、バージェスがきたら私が抑えるから槍を取ってきてくれる」

「分かったニャ」


 あれはヤバイ。

 星三つ相当の魔物なら問題ないと豪語したククルが、バージェスが現れた瞬間キトリーを頼ったという事実。しかし、それと同時に彼女はキトリーなら大丈夫と太鼓判を押していた。


-本当に勝てるの?


 槍はあっさりと受け止められ、膂力は明らかにあちらの方が上だった。動きを止めて、ルーの魔法をぶつけるのが正解かもしれない。しかし、広間では槍を存分に振れる半面、ルーの魔法は当てにくくなる。味方を巻き込むレベルであれば可能かもしれないが、それでは意味がない。

 嫌な予感というのは得てして当たるもの。


 身体の右半分の体毛がなくなり、緑と黄色のジクジクと溶けた皮膚がむき出しになっている。黒っぽく炭化している部分も多い。醜い姿のそれはこちらの姿を見つけると、吼えた。

 お腹に響く重低音の咆哮に竦みあがりそうになるのを堪えてキトリーはスリングの一撃を放った。首を軽くひねるだけで、小石を交わすと地面を蹴った。


 ククルがバージェスの背後を抜けたのを目にして、キトリーはスリングに大き目の石をセットした。部屋には持っていた残りの松明を使って三つの明かりで点されている。浮かび上がる影は実態よりも大きく、キトリーに必要以上の恐怖を与える。ルーの魔法を受けたときに、取り落としたのか右手に握っていたつるはしはない。

 

 叩きつけるように振り下ろしてくる長い腕を回避し、スリングを叩き付けた。投石用の武器だが、近接戦にも使用できる。遠心力を持った一撃は、素手で殴りつけるよりも遥かに強い。


 真横から殴りつけてくるスリングをバージェスは腕を曲げて防御する。人間じみた動きにキトリーは驚愕し、後ろに飛んだ。バージェスは更に一歩踏み込み、両腕を振り上げキトリーの頭上に叩きつけようとする。がら空きの腹部に蹴りを叩き込み、反動でさらに後ろへと飛びのいた。

 誰もいない空間にバージェスの腕が振り下ろされる。


 足の裏に伝わってきた凶悪すぎる固さに歯噛みし、キトリーは更に距離を取ると、先ほどセットしていたスリングを無駄と知りつつ投げ打った。


 ルーの呪文の完成にはまだ時間がかかる。だが、正面から打ち合って分かったことがある。筋肉の壁は厚く、有効な攻撃はなかったが、少なくともキトリーにバージェスの動きは見えていた。キトリーは左腕の見えない傷跡をさすり、太ももの古傷をなぞった。


 バージェスの攻撃を掻い潜り、スリングを叩き込む。ルーが狙われることのないように、背後の壁にも気をつけながら時間を稼ぐ。ククルが戻ってきたのが視界の端に映った。握っている槍に損傷はなかった。鉄製の槍が燃やし尽くされるはずもないかと、どこか冷静な頭で考える。


 数合打ち合い、隙を見てキトリーの手に槍が戻ってきた。

 正面からの一撃は無駄だと理解している。キトリーには武人としての誇りや正々堂々と言うような考えはそもそもない。勝つために、生きるために最善を尽くす。


 故にキトリーは足元を狙って槍を突き出した。一撃ではない連続するそれをバージェスは忌々しそうに飛びのいて避ける。キトリーは槍を横に一閃させた。長い腕は脅威だ。掴まれるわけには行かない。だが、突きに比べて身体を回転させての一撃は空気を切り裂くほど早い。

 

 緑色の花が開いた。


 分厚い筋肉の壁も、刃物を弾く力はない。腸が飛び出るほど深くはないが、バージェスの苦悶の表情を見れば確かな一撃であることは良く分かった。身体を回転させながらの斬撃。横だけではなく縦にも斜めにも線が走る。ガイララトウと片腕で対峙したときに覚えた槍捌き。舞うようにキトリーはクルクルと回り続ける。緑の血が飛び散り、バージェスが壁際に追い詰められる。腕を交差させて斬撃から身を守ろうとするが、刃物に素手で勝てるはずもない。


 舞が終わった。

 

「キトリー」

「さすがニャ」


 大きく息を切らせるキトリーに二人が駆け寄ってきた。ルーは呪文を中断し、ククルもシュロの姿に戻っている。


「気配はない?」

「たぶん、大丈夫ニャ。少なくともバージェスが二匹出ることはないニャ」


 その言葉にほっと息を吐く。古傷をなぞり、自分が倒したバージェスを改めて見下ろした。実感は余りなかった。冷静に状況を見ながらも無我夢中だった。ピクリとも動かない死骸をみて、自分の手を見つめる。開いたり閉じたりを繰り返し、少しずつ実感が湧いてくる。死骸から黄緑色の魔核を取り出したとき、ようやく実感がわいてきた。


「星四つって事ですか?」

「みたい…」


 戦いが終わったというのに、血の気が引くのを感じていた。ハバクラムジーでもギリギリだったと思う。それより一つ上のランクなのだ。


「キトリーなら大丈夫ってボクは言ったニャ」

「死ぬかと思ったよ。もう!」

「キトリーはもっと自信持っていいニャ。ボクが知る限りかなり強いニャ」

「いやいや、過大評価はやめて、この間も死に掛けたし、それに、ギルドの受付嬢も酷いよね。大きい個体が出ることもあるって言ったけど、星一つの冒険者が受けたら不味いでしょ。これ」

「キトリーだから良かったけど、普通死にますね。星二つでも足りないですよ」

「だよね。だよね。よし、抗議しよう!外なら逃げれると思うけど、洞窟だと逃げ場ないし」


 背後を取られないように注意していたはずだ。それでも、駄目だった。ククルの策敵能力すら上回る気配を断つ能力の高い魔物。もちろん、道が二手に分かれていた以上、その可能性はあったのだ。その時点で引くことが正解だったのかもしれない。経験の浅さが今回の危険を招いたのだろう。


「とりあえず残りの通路も確認してから戻ろうか」

「そうですね。私も外の空気が吸いたいです」


 途中に放置していたミジェスの死骸から魔核を回収しつつ外に出たキトリーたちは新鮮な空気を肺いっぱいに取り込んだ。依頼のあった村で報告し、体中に染み付いた匂いを落としてから街に戻ったキトリーたちは、星二つに昇格した。

次回、イーナ

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