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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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特異個体

「ごめんなさい。もっと、練習が必要ですね」

「そんなことないって。ビックリしたけど、ルーはすごいよ」

「ほんとに!」


 唇を尖らせているのが気配で分かり、キトリーはルーの頭をぽんぽんと叩いた。えへへっと笑い声が聞こえてくる。


「ククル、遅くないですか?」

「そんなに遠くないはずだけど…」


 荷物を置いたのは、広間の少し前である。ククルが近いといった場所で、戦う準備をすると同時に背中の荷物を下ろしていた。炎の熱を避けるために、逃げ出したけれども50トールも進んでいなはずだった。


「まさか、ミジェスが生きてた?」

「ククル!!」


 キトリーが疑問を口にすると同時に、ルーが大きな声を上げた。敵が周囲にいる中、大きな音を立てるのは得策とはいえないが心配する気持ちは良く分かる。キトリーの槍を握る手に自然と力が入った。


「ルー、焚き火に使ってる魔法を発動したままで歩ける?」

「…たぶん」

「足元が分かる程度でいいから、お願い」


 ルーが呪文の詠唱を始める。省略することの出来ない詠唱句の長さに、気が焦ってくる。ミジェスが相手であれば、ククルが遅れを取るとは思えない。本人の言葉を信じれば、緑色の魔核を持つ魔物程度までなら単独で討伐できるといっていた。冒険者ギルドの規定で言えば、星三つに相当する。それに、何の音も聞こえてこないのが気になった。もしも、ミジェスと戦闘状態にあるのなら、多少の物音が響くはずである。


「ブブ・エローラ」


 ルーの詠唱が完了し、目の前にこぶし大の炎が顕現した。松明の火には劣るけども足元は十分照らされている。後はルーのマナがどの程度持つかによる。


「いくよ」


 キトリーは一言口にすると、彼女の手を引いて広間に向かって進み始めた。荷物が元の場所に落ちている。荷物から松明を取り出し、ルーの魔法の火に近づける。


「松明をお願い。中に入ってみよう」


 ルーに松明を手渡し、背後を振り返る。


「「いやああああああ」」


 絶叫が轟き、広間で反響して幾重にも重なり戻ってくる。松明の光にぼんやりと映し出された白い面。心臓が止まるほどの衝撃が走った。


「ククル?」

「突然大声上げるからビックリしたのだ!」


 よくよく見れば、頭にぴょこんと生える猫耳に人化したククルだと分かったが、洞窟にいる人種はキトリーとルーの二人だけのはずだったので、予想外の出来事に驚いたのだ。荷物を持ってくるために人化したのだろう。いつものキャスケット帽子もなければ、何一つ身に着けていなかった。


「どこに行ってたの」

「気配がしたから追いかけてきた。すぐに戻るつもりが、すまないのだ」

「あ、あの。ククルさん。そんなことより、ふ、服を着た方が…」

「持ってきてないのだ。それより、広間の先にまだ道が続いている。確認したほうがいいのだ」

「ちょ、ちょっと、だからあの…」


 真顔で答えるククルに、ルーが顔を赤らめてしどろもどろになると自分の上着を脱ぎ始めたので、キトリーはその手を掴んだ。


「ルー、服は要らないって。ククル、荷物は大丈夫だから元の姿に戻ってくれる」

「あ、そうか」


 ルーがぽんと手を叩き、ククルは人化を解いた。視線を合わせる先が、急に足元になる。


「ついてくるニャ。そんなに数はいないと思うけど、ミジェスは叩いたほうがいいにゃ」


 ククルの先導で歩き始める。広間に入ると、焼き尽くされたミジェスが地面にいくつも横たわっている。左側の魔法を直撃したミジェスは真っ黒に炭化しているようだが、右側の熱波で殺されたものたちは皮膚が溶け見るにも無残な姿になっている。自分のしたことを目の当たりにして、ルーが走り出し胃液をぶちまけた。


 只でさえ腐臭の漂うミジェスに、肉の焼ける匂いが混ざりあった悪臭が漂っていた。キトリーも思わずこみ上げてくるものがあったが、ギリギリで耐えた。

 かつての戦場が脳裏によみがえった。

 頭をふって現実に目を向ける。


「ルー、大丈夫?」

「え、ええ」


 出すものを出し終えたルーが肩で息をしながらキトリーの腕を取った。ミジェスの死骸からは視線を隠している。これ以上、ここにいるのは無理だろうと、キトリーはルーの手をとり足早に広間を抜けた。その先の道は、広間の前とあまり変わらない。少し進んだだけで、道は二手に分かれ、ククルの話では、ミジェスは右手に逃げていたらしい。だけど、左手からもミジェスの気配はあるそうだ。

 洞窟に入って二回目の分かれ道。ミジェスが逃げたという右の道を選択する。


「魔法はまだ使える?」

「問題ないです。先ほどの規模の魔法でも、もう一回は確実に出せます」


 戦力はまだ十分ある。ククルがみたというミジェスは、炎に仲間が焼かれたことを、残りの仲間に伝えたのだろうかと考える。ミジェスは知恵が回る。一体のショルイドヴァから5匹以上のミジェスが生まれるという習性から考えると、群れとしての性質が強いのかもしれない。だとしたら、キトリーたちに対して怒りを覚えているかもしれない。

 問題は残り何匹いるのかである。


「ククル。ミジェスがどのくらいの規模で群れを作るかわかる?」

「森で見かける場合は10匹前後。洞窟に巣を作る場合はもっと多い。でも、100は超えない。精々50匹くらいと思うにゃ」


 100と50では倍ほども違うけども、そこはシュロらしい適当さとして納得する。ククルは人と関わることの少ないシュロエの一族とはいえ、生きてきた時間は長い。その分、キトリーやルーには及びもつかない知識を持っている。


「ギルドの人が、時々身体の大きい個体が生まれるって言ってたけど、それについては知ってる?」

「バージェスはめったに生まれないニャ。魔物化するときに、複数に分かれなかった個体ニャ。その分、大きく、力強く、賢い。他のミジェスを統率するから、群れも多くなる。とても厄介ニャ」

「さっき、ククルが見たミジェスが報告に行ったってことは考えられる?」

「キトリー不吉なこと言わないでくださいよ」

「最悪を想定しておきたいの。洞窟が思った以上に広いし、逃げることも真剣に考えたほうが良いかと思って」

「問題ないニャ。一度見たことあるけど、キトリーなら問題ないニャ」

「それは一対一で?」

「そうニャ」


 ここにいるミジェスが50匹としても、残り25匹以上はいる計算だ。一対一で勝てても、囲まれたら安心は出来ない。大きい固体のバージェスもいる可能性があるのなら危険はもっと大きくなる。


-どうしよう。引くか進むか?


「近いニャ。声も聞こえる。数は…ちょっと見てくるニャ」


 言うや否やククルは飛び出した。迷っている時間はないらしい。


「次の広間も同じ規模なら、私がやります。燃焼時間を抑えれば、余力も残せますから」


 先ほどの広間で目にした光景はまだ残っているだろうに、ルーの決意は固そうだ。キトリーが応じるようにうなづいたところで、ククルが戻ってきた。


「バージェスはいないニャ。全部で11匹。木の棒を持っててすごく興奮してた。たぶん、じっとしてても向こうから来ると思うニャ」

「だったら、急ごう。ルーは魔法をお願い。威力はさっきの半分以下でいい」

「はい」


 もしも、50匹以上いるのなら、力はまだ温存したほうがいい。バッグを下ろし行動を開始する。


「キトリー!」


 歩き始めた直後、ククルが叫び振り返った。

 キトリーも気配を感じ取った。

 悪臭が背後から漂ってきた。


「ククル、牽制をお願い。ルーは魔法の詠唱が終わり次第広間に向かって」


 指示を飛ばすと共に、下ろしたばかりの荷物に手を伸ばし予備の松明を取り出した。ルーの持つ松明から火種を貰い背後に一つ、投げた。ククルがミジェスの喉笛を切り裂き、反転して天井に着地した。

 身軽さを過分なく発揮し、三次元の飛び回る。


 キトリーはククルの邪魔をしないように、スリングを手に取ると小石を一つ投擲した。ミジェスの頭部を陥没させ、確かな手ごたえをキトリーに与える。キトリーは次弾を準備すると、狙いを定めるようにスリングを回転させる。ククルがミジェスを直接屠り、キトリーは援護に徹する。即席の連携ながらも、お互いの動きをカバーしあう見事な攻撃にミジェスはそれ以上の進行は阻まれていた。


 背後から「ゲギャギャギャギャ」と耳障りな声が聞こえ、広間から通路に入ってきたことが分かった。詠唱の言葉は不明だけども、ルーの周囲で踊る光を見れば発動までの時間は想像できる。


-間に合わない


「ククル!ルーの援護に回るけどイける?」

「大丈夫ニャ」


 キトリーはいまだ姿の見えない標的に向かってスリングの一撃を放った。「ギャ」と悲鳴があがり、命中したことが分かった。ミジェスの大きさと、通路の狭さを考えれば適当に放った一撃でも当てるだけなら可能だろう。致命傷かどうかは不明だけれど。


 結果を無視して、キトリーは連続して投石による攻撃を続けた。少しでも前進するミジェスを躊躇させて、ククルの詠唱を完成させれば広場側の敵は一掃できる。


「キトリー!!」


 ククルの悲鳴が上がった。背後に目を向けた瞬間、ぞわりと鳥肌が立った。濃厚な気配が物理的な風となって駆け抜けた。キトリーより少し大きいくらいの上背、長い体毛に包まれながらも分厚い筋肉に包まれていることが分かるほど肩が隆起していた。だらりとぶら下がった腕にはつるはしが握られている。依頼を出してきた村を襲ったときに、持ち帰ったのだろう。あれが大型の特殊な個体であるバージェスであるのは聞くまでもなかった。


次回、激闘

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