小鬼との遭遇
「ルーはオートレイリアに行ったことあるの?」
「ないですね。テリオンは国境線から遠いですし、そうでなくても国外へ行くことってほとんど無いと思います。外交を任された貴族か一部の商人だけだと思いますよ」
「どういう国か知ってる?」
「ブヨウ族は手先が器用な人達なので、工芸品や装飾品を他国に輸出しているらしいです。ダダン王国の貴族もオートレイリア製の装飾品をこぞって買い求めるって聞いています。南側は海に面しているので、海産物はたくさん取れるようですが、あまり土壌の豊かなところではないので、いろいろと輸入に頼っている部分も大きいと聞いてます。シルトラハンといまだにもめている理由の一つが、その国境線の引きなおしを求めてのことみたいです」
「国境側に近寄らなければ特に危険は無いんだよね」
「そのはずです」
時々、ポタンポタンと水の滴る音が響き、足元は川とは呼べない糸のように細い線を引いて水がちょろちょろと流れている。外に比べると気温が少し高かった。緊張もあり、ジワっと体が汗ばんでいるのが感じられた。
「足音が聞こえるにゃ」
先行するククルの警告に無駄話を中断してキトリーは槍を構え、ルーは呪文の詠唱を開始する。
「ミジェスが三体。こっちに気付いて、走りだしたにゃ」
二人には見えない闇の奥をククルの金色の瞳が鋭く射抜く。キトリーはルーの持っていた松明を奪い、前方に転がした。直後、キトリーの鼻に腐敗臭が届いた。遅れてミジェスの醜い姿が現れた。
小鬼とは言い得て妙だと思った。
人から化けるジェスタとは似ても似つかない。
ギョロリと大きな瞳が顔の半分以上をしめて、鼻はつぶれて口からはよだれを垂らしながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべいる。頭には短い角が三本映え、手足はひょろひょろしている癖にお腹だけがぽっこりと出ている。
キトリーはタイミングをはかり、横薙ぎに槍を一閃させた。余りにも軽い手ごたえを驚くも、並んで走っていたミジェスは壁に打ち付けられ、あっさりと絶命した。
最下級の魔物という情報を聞いていたが、予想以上の弱さに驚愕する。キトリーは太ももの傷跡をなぞり、ククルに聞いた。
「他は?」
「いまのところ大丈夫にゃ」
呪文の詠唱を中断したルーがミジェスに近寄り漆黒の魔核を取り出した。彼女の掌に乗るほどかなり小さい。1バインで50リュートという安値だけれども、おそらく1バインも無いはずだ。腕に覚えのある冒険者が忌避するのも分かるというものだ。
「先に行こう。ミジェスも現れたし、ここからはお喋りなしにしよう」
「はい」
松明を拾い上げ歩き出す。ミジェスの総数が分からない以上、虱潰しで当たるしかない。いまのところ、分かれ道は無いけどもこの先もそうだとは限らない。すでに洞窟に入ってからかなりの距離を歩いている。歩きにくいことを考慮しても、思いのほか深いようだ。村人達もどこまで続いているかは知らないと言っていた。そして、予想通りのものが現れる。
「どうします?」
目の前の道が二つに分かれていた。道幅はほぼ同じ、特に違いは感じられない。
「右の方がミジェスの匂いがキツイにゃ」
ククルの助言に従い、右の道を選択する。左側からもミジェスのにおいはあるらしい。しかし、そっちは後回しにすることにする。左を攻めているときに、右側からミジェスが来て囲まれるのはよろしくない。逆の場合もあるけども、自分たちの退路にいる魔物が多いか、少ないかの違いは大きいと思う。
「止まるにゃ。ちょっと様子を見てくる」
しばらく進んでところで、ククルがそういうと明かりも為しに先行した。洞窟内には松明の燃える音と、時折聞こえる水の落ちる音に二人の息遣い。ククルの足音は一つも聞こえなかった。
「においますね」
「うん」
ミジェスの腐敗臭だけは進めば進むほど、きつくなっていた。松明のぼんやりとした明かりにククルの影が戻ってきた。
「少し広いところがあるにゃ。そこに20匹くらいいる」
「20!」
「固まってる?」
「三つぐらいに分かれていたにゃ」
ククルの情報を吟味する。さっきの手ごたえを思えば、数は多くても危険は小さい。囲まれることさえなければ何とか出来そうな気はしている。でも、油断は禁物だ。
「ククルはどう思う?」
「ルーの魔法で左側の塊を焼けば、残りはボクとキトリーで問題ないニャ」
松明の明かりでは分かりにくいけども、ククルの瞳には自信が漲っている。彼女の俊敏性、体が小さい分、攻撃力は低いけども、ミジェスの貧弱さであればククルのツメで十二分に通用する。
「広いとこだと光量が心配だね」
「問題ないニャ、一番奥はボクが殺から、キトリーは右手前の敵をお願いするニャ。ルーはできるだけ長く燃焼するように魔法を使ってくれたらいいニャ」
「ルー、どのくらい燃やし続けられる?」
「たぶん、一分程度なら」
「分かった。じゃあ、それでお願い。打ち洩らすつもりはないけど、スリングで警戒だけはしてて」
「はい」
「よし、いこう!」
魔法のデメリットは詠唱に時間が掛かることにある。でも、敵のいる場所が事前に分かっていて、呪文を事前に唱えておけるなら、先手必勝の一撃を叩き込める。
ククルを先頭に足音を立てないように、洞窟内部を進んでいく。ミジェスの群れが近いことは強烈に鼻を刺激するにおいでキトリーたちにも分かった。腐敗臭は吐き気を催す。呪文の詠唱をしているルーは吐きそうになるのを必死に堪えていた。
「近いニャ。あとはルーに任せるニャ」
ルーの周りで光の粒子が踊っている。暗がりの中にあって、光はキラキラとまぶしくはあるけども、決して洞窟内部を照らすようなことはなかった。不思議な光だ。
松明を持つルーが頷いた。
キトリーは槍を構え、頷き返す。
足元に気をつけながら、すばやく走る。目の前に大きな空間が広がっているのが分かった。
「そこニャ」
ククルが合図を送り、ルーが松明を投げ込む。
「ゲギャギャギャギャ」
甲高い声が響き、仄かな明かりにミジェスの姿が浮かび上がったところで、ルーの発動句が反響する。
「ブブ・エランガ!!」
極大の炎がミジェスを飲み込んだ。外とは違う狭い空間で暴れ狂う熱量に、キトリーは二の足を踏んだ。今飛び込めば、キトリーも一瞬で沸騰する。左手に固まるミジェスを狙った炎は、対象を一瞬で炭化させ、直撃を免れた二つのグループも余波で嘗め尽くした。
「離れるよ!」
ククルの要求どおりに、燃え続ける炎は空間そのものを熱し近くにいるキトリーの肌をちりちりとし始めたところで、ルーの腕を引っ張り通路を逆走する。ククルがキトリーの体を駆け上がって肩に乗り耳元でささやく。
「ここまでくれば大丈夫ニャ」
遠くに赤々と明かりが見えるが、キトリーたちの周囲は真っ暗で何も見えない。
「ルー!!」
「な、なんですか!?」
怒気を込めてキトリーが言うと、ぎくりとして首を回したのが気配で伝わってくる。
「やりすぎ!」
「だ、だって、何匹いるかわかんなかったし、どのくらいの大きさの炎が必要か言ってくれなかったじゃないですか!」
「だからって、あれはないでしょ。こっちまで巻き込まれるところだったじゃない。まだ燃えてるし」
「えへへ、いひゃい!」
キトリーは気配を頼りにルーの頬を摘み上げた。
「考えたら分かるでしょ。全部で20匹って話だよ。3で割ったらいくつ?」
「ひゃなふ(ななつ)」
「3匹のミジェスと遭遇したから、その倍だよ。大きさ想像つくよね」
「ふきます(つきます)」
「はあ、まあ、倒せたからいいけどね…」
大きくため息をつき、首を左右に振った。経験の少ない彼女をせめても仕方がないだろう。それよりも、20匹ほどの群れを一瞬で倒せたことを喜ぶべきだ。
-っていうか、ルーの魔法は最下級の『炎の矢』じゃなかったの?あれのどこが矢だっていうのよ。
「ククル、荷物のある場所分かる?」
「うん、分かるニャ。取ってくるよ」
炎は消え去り、あたりは完全な闇が覆っていた。息の届く距離にいながら、姿は全く見えない。手を握っていなければ、ルーの存在さえ希薄だった。入り口付近ならともかく光のまったく届かない真なる闇の中にあって、それでも視界がゼロにならないククルの存在はありがたかった。夜目が利くという次元ではない。
次回、特異個体




