魔物討伐の依頼
トートニーでの薬草採集によりある程度の蓄えができたところで、キトリーたちは次の町へと進んだ。目的地までの路銀としては少し足りないけども、郵便で稼げる僅かな収入に加えて、街道沿いを歩いているだけでも多少の小遣い稼ぎは出来ると考えている。
確率は低いけども動物や魔物が出てくることもあるし、少し目を凝らせば薬草の類を見つけることもある。目に見えなくとも、ククルならにおいに気付くこともあるからだ。足りなくなれば、また薬草採集をすればいい。そんな風に考えていた。
イーナとの距離は相変わらず縮まっていないけども、ルーの魔法の腕は少しずつだが、目に見えて成長していた。キトリーもガイララトウとの戦闘で、片腕で槍を握った経験から新たな槍捌きを習得しつつあった。
トートニーから歩いて4日ほどの距離にあるクルエトという街は林業で栄えている。町の南には広大なマライシンの森の一端があり、切り出された木材を加工しダダン王国の各地に出荷していた。
本来、木は育てるのに時間がかかる。しかし、マライシンの森には不思議な力があるのか、二・三年で伐採可能な大きさまで育つというのが大きな理由である。加えてそこで採れる木材は、強度、防湿性などに優れ数百年は持つといわれている。
そのため、クルエトの街には木材を加工する工房が軒を連ね、木を削りだしたときに舞う木屑のために町全体が木材のにおいに包まれていた。
「残念ながら郵便の仕事はありませんね」
「そうですかー」
いつものようにギルドに顔を出したキトリーたちは、受付の女性に仕事が無いことを告げられて肩を落としていた。トートニーでも預かることの出来た手紙は1通だけだった。春になり人々の動きが活発になってことで、キトリー達以外にも受ける冒険者がいるらしい。小遣い稼ぎ程度とはいえ、期待していただけに残念でならない。
「キトリー、どうします?」
「うん?まあ、良いんじゃない。今すぐお金が必要なわけでもないし。そういう時もあるでしょ」
「ですね。じゃあ、一泊したら次に進みましょうか」
ギルドに詰めている冒険者をみても数が少なかった。冬は商人の行き来も減るので、護衛の仕事も必然的に少なくなる。冬に活発に活動する魔物もいるが、相対的に言えば不活性化するのが世間の常識であり、冒険者の仕事は少なくなるものだ。
しかし、温かくなればそれらの魔物は活動を始め、外壁を持たない農村や宿場町から周囲で魔物の目撃情報が上がってくるのだ。そういう魔物を狩るために冒険者は活動を始めることになる。屯している冒険者は、自分達の実力に見合う仕事が無かったか、出遅れたのか、はたまた仕事を終えて休日を過ごしているのかもしれない。
キトリーたちが出て行こうとしたとき、カランカランとドアベルを鳴らして農夫が一人入ってきた。仕事の依頼に来たのだろう。大きな麦藁帽子を脱ぐと一直線に受付へと駆け込んだ。彼の表情は悲壮感に包まれている。
「仕事ば依頼してぇんだ」
「かしこまりました。どういう内容でしょうか」
そのまま出て行っても良かったのだけど、なんとなく気になってキトリーは受付のやり取りに耳を傾けた。
「オラ達の村に、小鬼が出たんだ。退治してほしい。村で依頼料はかき集めてきたんだ」
「小鬼-ミジェスですね。どのくらいの規模か分かりますか?」
ミジェスはショルイドヴァを素体とする魔物で、一体のショルイドヴァが死ぬと5~10匹程度のミジェスが発生するといわれている。なぜ複数体に分かれるの謎ではあるが、そういう種類の魔物も幾つか報告されている。ミジェスの厄介なところは、ショルイドヴァと同様に知恵が回ることにある。一体一体は最下級の魔物でありながら、群れる性質があるため厄介な相手である。
「村で見たのは、三匹だったんだ。んだども、足跡を辿ったら洞窟の方に続いていた。それ以上のことはオラ達にはわかんねぇ」
「そうですか。分かりました。ご依頼は此方で受理しておきます」
「お願いしますだ」
土下座でもしような勢いで、頭を下げると依頼料を置いて出て行った。キトリーの耳に屯していた冒険者の呟きが聞こえてくる。
「どうする?」
「ミジェスじゃ大した稼ぎにならねぇだろ」
「だな」
「それに、あいつ等くせぇし」
彼らの声を聞いて、どうしようかとルーに相談する。
「困ってるなら手を貸したいとは思うけど…」
「そうですね。とりあえず、聞いてみますか?」
依頼票を作っている受付嬢に話しかける。
「あの、先ほどの依頼なんですけど、どの程度の難易度ですか?」
「ミジェスそのものは最下級の魔物なので、星一つから依頼を受けることは可能です。ただ、群れの数が分かっていないので出来れば星二つ以上が望ましいのですが…」
「何かほかにもあるんですか?」
「単純に人気が無いんです。先ほど言ったように、星一つの魔物ですので、10匹討伐したとしても得られる魔核の売却益では300~400リュートの稼ぎにしかなりません。先ほどの方の依頼料を加味しても割に合わないと判断される冒険者が多いんですよ。農夫でも追い払える程度の魔物ですから、依頼が受理されるまでに放置されることがおおいですね」
はあ、と受付嬢がため息をついた。いずれはミジェスは討伐されることになる。ただ、それまでに被害に遭う村人が出るのも良くあることなのだ。受付という立場で何度もそういう場面に遭遇しているのだ。村人の声を聞く立場にあっても無力である。冒険者に依頼を受けてくれるようにお願いは出来ても、強制はできないのだ。
「一体一体は弱いんですよね」
念を押すようにキトリーが確認すると、「ええ、まあ」とあいまいな返事が返ってくる。
「キトリー、やってみますか?」
「うん。ほっとけないよ。駄目そうなら逃げれば良いし」
「引き受けてくれるんですか?」
「ええ、とりあえず。やってみようと思います」
「ありがとうございます。それでは、こちらの書類にサインをお願いします。それから、ミジェスの討伐は初めてのようですので、幾つか注意事項を説明いたしますね」
パアっと顔を明るくして、受付嬢が説明を始める。ミジェスは道具を使うことがあること。複数に囲まれないように、戦う場所を選ぶこと。ミジェスは人化したククルと同じくらいの大きさであるが、稀に人と変わらぬほど大きな個体が出現することがあること。普通のミジェスであれば、人間の足でも十分逃げ切れるので、無理だと思えば逃げること。
キトリーたちは仕事を受けたことをイーナに報告すると、「奇跡を使わせないでよ」と呆れるような顔して言われたのは腑に落ちなかったが、すぐに件の村に向けて出発した。
まさか、当日のうちに仕事を請けてくれると思わなかったのか、村人達からは歓待されてしまった。村に到着したころには日が暮れていたので、その日は空家で一晩泊めてもらって、翌日出発した。
村人から教えてもらった通り、足跡を辿っていくと村から一時間ほど行ったところにぽっかりと開いた洞窟が顔をだした。自然に出来た洞窟らしく、村人の話では中はかなり奥行きがあるらしい。人が通れない道もあり、そういう場所を通ってミジェスに背後を取られないように気をつける必要がありそうだった。
「イーナさんも、私たちのこと心配してくれてるみたいですね」
「え、どこが?」
「そりゃあ、素直じゃないですけど、彼女の言葉は私達を心配しての言葉だと思いますよ」
「ルーはいい子だね」
いつものように頭をぽんぽんと叩く。
キトリーたちはすでに洞窟に入っていた。前衛で戦うキトリーの代わりにルーが松明を手にしている。周囲5トール程度しか照らすことが出来ないのは心もとないけど、先頭を歩くククルが目を光らせている。彼女は夜目も利くし、鼻も利く。
「もぉ、キトリーも、もう少し歩み寄りましょうよ」
「私よりもイーナのほうでしょ」
「まあ…そういう部分もありますけどね」
無駄話をしつつ、洞窟を進んでいく。
入り口からしばらくは高さも幅も十分あったけれども、少しずつ狭くなりつつあった。まだまだ、槍を振り回せるだけの広さはあるけども、あまり狭くなってしまうとどうにもならなくなる。自然に作られた洞窟のため足元がデコボコとしていて歩きにくい。
ミジェスが如何に弱くても、十全の力が発揮できなければ安心は出来ない。魔物としての格は低くても星二つ以上の冒険者が望ましいという受付嬢のいうことも一理ある。
キトリー達は警戒心を高めながら、少しずつ闇に向かって進んでいった。
次回、小鬼との戦い




