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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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ルーの進む道

 宿の一階の食堂で朝食をとっていた。パンとスープと腸詰という宿屋の定番の朝食。左腕は違和感なく動いている。怪我をした痕跡は、四つの穴と血の染みが残った袖だけだ。中に着ているシャツは替えたものの、ジャケットに替えはなかったのでそのままだ。


「昨日は本当にありがとう。助かりました」

「いえ、神官として当たり前のことをしただけです」


 イーナの表情は昨日までと何も変わることは無かった。無表情のままもくもくと目の前のスープを口に運んでいる。ただ、昨日までは朝食のときも、夕食のときも離れた席に座っていたので少しだけ距離が縮まったのかもしれない。キトリーの中で、彼女へのわだかまりがキレイさっぱり消えたとは言えなかった。それでも、助けられたことには素直に感謝しているし、見方が変わったのは事実だった。


「奇跡について聞いても?」

「…無理」

「そう」


 会話とも呼べないものだけども、返事が返ってくるようになっている。とりあえず、いまはこれで十分だろう。暗くなった空気を察して、ルーが飛び切り明るい声で話題を転換する。


「それで、キトリー。今日はどうします。先に進みますか?昨日の薬草は全部でおよそ500リュートだったんで、多少のプラスですけど、もう少し稼いでも良いと思うますが」

「そうだね。イーナさんも別に急いでるわけじゃないよね」

「…構わないわ」


 彼女を預けられたときも、特に期限は設けられなかった。そもそも十分な準備金を与えられて無い以上、どこかでお金を稼ぐ必要があるのだ。昨日の山は軽く歩いた感じでは、まだまだ採集する余地はありそうだった。いくらかの薬草が採集できたということは、他にも群生している場所があることを意味している。春先で需要の高いうちに、出来る限り採集するのも一つの手だろう。


「あなた達、ちなみに星は?」


 珍しいイーナからの質問に、キトリーは目を瞬いた。


「星一つだけど、聞いてない?」

「!?」


 イーナの口が半開きになった。すぐに真顔に戻るけども、よほど驚いたのだろう。隣国まで自分を連れて行く護衛のレベルの低さは、そのまま自分の首を絞めかねない。「やっぱりそういうことなのね」誰に聞かせるわけでもなく、イーナは小さな声で呟いた。キトリーは首を傾げる。


「言うだけ無駄だと思うけど、星の数が少ないうちは雑用をこなしながら訓練場で腕を磨いたほうが良いわ」


 彼女の声は平坦で無機質だった。本心から心配しているわけではないのだろう。だが、神官として、大怪我をした冒険者を数多く見てきた経験からの言葉だ。


「大丈夫ですよ。無茶はするつもりないですから」


 怪我をしたばかりで反論の出来ないキトリーに代わり、大蛇を倒して自信をつけたルーが胸をそらせて言い切った。実際に怪我をしたのは、キトリーだがガイララトウが狙ったのはルーだった。あの時、眼前に広がる大きな顎を見て恐怖を感じたはずなのに、彼女は平気そうだった。


-本当に大丈夫?


 キトリーは胸中に不安を覚える。


「好きにしたらいい」


 どこか投げやりにイーナは言うと、朝食は終わったとばかりに食堂を出て行った。


「ルー、油断したらダメだよ」

「分かってます。でも、私達なら大丈夫ですよ」

「なんで、そんなに自信満々なの。根拠なんて何もないのに…」

「ううん。ありますよ。昨日の怪我の原因は私の所為なんです」

「それは違う」


 キトリーは力強く否定する。ルーを庇うための言葉ではない。事実として、アレはキトリーの油断が原因だったと思っている。


「違うよ。昨日の怪我は完全に私の油断だった。超音波攻撃を知らなかったことは問題じゃないの。蛇が大きかったのもあるし、攻撃はククルと二人で十分に捌ききれていた。だからね、ルーの魔法の練習にちょうどいいかなって思ったの、相手を格下にみて操っているつもりでいた。スキルのお陰で格上の相手にも挑めるからって、調子に乗っていたんだと思う」


 キトリーは昔のように太ももの古傷をなぞった。キレイさっぱり消えてしまった左腕の傷が恨めしかった。残っていれば、醜くてもそれを目にすることが自分への戒めになったのにと思う。少し思いつめた様子のキトリーにルーは微笑みかけた。


「ね、だから大丈夫なんですよ」

「?」

「キトリーはもう油断しないと思うんです。怖かったです。昨日は死ぬかと思いました。キトリーだけじゃないです。私も調子に乗っていたんです。キトリーは実践で使える段階じゃないっていうけど、攻撃魔法も覚えたし、私も戦えるって勘違いしていたんです。私は弱いです。全然ダメです。キトリーがいなかったら、竦みあがって何も出来なかったと思うんです。キトリー何度か聞きましたよね。私に冒険者になりたいの?って。私は違うっていいました。でも、どこかで冒険者という道もあるかもしれないって思ってました」


 そこまで一気にいうとルーはテーブルの上にあるジュースに手を伸ばした。


「弟を見つけても、私には帰る家はありません。生きていく術が必要なんです」

「それが冒険者っていうこと?」

「分かりません。でも、選択肢の一つだと思っています。だがら、私は戦えるようになりたいです。少なくともキトリーの横に並べるようにはなりたいんです」


 叔母の家、スウォンジー子爵に受け入れられなかったときから、その後のことを考え始めていたのだろう。だから、こそ魔法を覚えたいと言ったのだ。軽はずみな発言ではなかったのだ。あの時も、いまと同じように真剣な表情をしていたことをキトリーは思い出した。


「ルーが冒険者になりたいなら、もちろん応援する。私ももう油断しない。まだまだ経験不足だけどね。でも、二人でがんばろう」

「はい。それに、忘れちゃいけませんよ。ククルさんも一緒ですから」

「そうだね」


 キトリーは目の前のお皿に目を落とした。熱くなっていた二人と反対に、スープから湯気はなくなり、腸詰も冷たくなっていた。我に返ったとき周囲の目が気になったけども、大きな声ではなかったので誰にも聞かれていなかったようだ。


「とりあえず、食べてしまおうか」

「ふふ、そうですね」


 朝食を終えてギルドに向かう。


 その日、二人と一匹はありえない量の薬草を抱えて街に戻ってきた。

 

次回、小鬼の洞窟

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