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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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隣国へ

 キトリーの相談に対してルーは迷うことなく答えを出した。


「そういうことなら、一緒に行きましょう」

「でも、アーブのことは?」

「もちろん、心配です。でも、いまはキトリーの方がもっと心配なんです」


 ルーは続ける。


「それに、ククルが調べてくれた情報によると、あの子の進んでいる方向も同じみたいなんです。だから、迷う必要なんてないんですよ」

「ありがとう」


 キトリーは力なく頷いた。守っているつもりで守られている。少年の死に堪えていた。アルノーとして戦争に参加していたときに、数多くの死を見取ってきた。医者としての経験は乏しく、両手からこぼれていった命も数知れない。無力感に苛まれ、眠れぬ日も多々あった。それでも、乗り越えられたのは戦場という特別な環境だったからだろうか。

 少年の死にキトリーに直接的な責任は無かったとキトリーは思う。むしろ、彼女は少年を救ったのだ。だが…


 彼の声が、彼の母親を呼ぶ最期の声が耳から離れなかった。


「キトリー。大丈夫ですよ。叔母様の屋敷を出たときに言ってくれたじゃないですか。私達は友達だって。頼りないかもしれませんけど、もっと頼ってください。私も友達としてキトリーのこと支えたいです」

「ルー」


 キトリーの声にいつものような力強さは無かった。心からルーがいてくれたことを感謝した。一人では耐えられなかったかもしれない。


 一緒に隣国まで行くことを了承してくれたことで、二人は護衛対象である神官と顔を合わせた。ククルの特殊性は広げて良いものとは思えなかったので、一緒に行動するものの人化はしないこととした。もちろん、シュロの姿のほうが彼女にとってノーマルな姿なので特に問題にはならない。ただ、人の言葉を話せることのほうが問題で、それだけは注意が必要だった。


 二人が護衛する神官は20代前半の女性だった。神官が男性のみでないことは分かっていたけれど、少年の側にいた神官が女性であることにまるで気付いていなかった。必死だったのもあるし、ユニフォームである神官服にしか目が言っていなかったのだろう。


 名前をイーナといい、キトリーより少し背が低いスレンダーな女性だ。ダダン王国ではあまり見ない黒髪、黒瞳で、少し浅黒い肌をしている。キトリーに馴染み深いアジア系ではなく彫が深く鼻筋も通ったラテン系の顔をしていた。


 第一印象は最悪なものだった。

 彼女は名前を名乗るくらいで、ほとんどしゃべることなくキトリーのことを睨みつけていた。キトリーにはなぜ睨まれているのか分からない。むしろ、彼女のせいでこうなったのだといいたいくらいである。だから、二人の間に会話は成立しなかった。ルーが間に入っていろいろと試みていたけども、それらは全て空振りに終わり、出発の日を迎えた。キトリーもイーナも周囲に記憶されている可能性があったため、旅の準備はルーが一手に引き受けてくれた。


 彼らが向かうのは、ダダン王国の東にあるオートレイリア王国である。ダダン王国より歴史は浅く、さらに東に位置するシルトラハンという大国より100年ほど前に独立を果たした国である。しかし、いまだに両国の間では度々衝突が起きている。オートレイリア王国の大部分では平和が維持されているけれども、国境線に置いてはその限りではなかった。


 オートレイリア王国はブヨウ族という民族の国家である。シルトラハンではブヨウ族と、アカナイ族、トーネル族、サフィ族という四つの種族が暮らしていた。遥か昔、いまとは違う国境線が引かれ、それぞれの種族がそれぞれの国家を形成していた頃、アカナイ族により四つの国は統一され、シルトラハンという国が生まれた。


 統一国家の中で、次第にそれぞれの種族は交わりを持つこととなったが、ブヨウ族だけは多種族と混じることを極端に嫌ったのだ。何か大きな切っ掛けがあったわけではなく、徐々にブヨウ族の民族意識は高まり独立へと繋がった。


 その独立戦争の際に、ブヨウ族の一部はダダン王国へと避難してきた。戦火を逃れてダダン王国へ移住したブヨウ族はほん一部であり、イーナのような容姿を持つものはきわめて少ない。そのため、彼女がこの国で神官を続けるよりも、おなじブヨウ族の住まうオートレイリア王国に向かうほうがいいというのは、悪くはない考えだと思う。


 しかし、いくらルーツが同じであっても、イーナはダダン王国で生まれ、両親はダダン王国に住んでいる。それを思えば、故郷を奪ったキトリーのこと恨むのも仕方がないことである。いくら隣国だからと簡単に行き来が出来るわけでもないのだ。


 空を見上げると、太陽が真上に来ていた。人々の動き出す少し前に、キトリーたちはアシュートの街を出発していたため、空腹を感じ始めていた。隣を歩くルーに聞く。


「そろそろ、お昼にする?」

「そうですね。実を言うと、少し前からお腹ぺこぺこでした」


 にへらっと笑みを浮かべて返事が帰ってきたので、キトリーはそのまま後ろを歩くイーナを振り返った。


「そろそろ、昼食にしましょうか」


 期待をしていたわけではないけども、案の定返事は返ってこない。ここまで二回の休憩を挟んでいたけども、彼女とのコミュニケーションが成立したためしは無かった。とりあえずいまは付いてきてくれるだけで良しとしている。さすがにこのままずっとというのは、嫌気が差すけども何事も少しずつだろうと思う。

 それに、キトリーとしても積極的に仲良くしたいとは思えなかった。彼女に罪がないのは分かっている。分かっているが、あの時彼女が余計な言葉を口にしなければと。


「あそこの木陰にしましょうか?」


 ルーが休憩するのにちょうどよさそうな場所を見つける。誰か他の旅人が使っていたのか、座りやすそうな岩が4つほど大きな木の前に並んでいた。


「イーナさんと、ククルさんはここで待っててください。私達は薪を拾ってきますね」


 ルーの肩に乗っていたククルが器用に伸びをすると、シュタッと地面に着地した。ククルも基本は自分で歩くのだが、何か話があるときなどはルーやキトリーの肩に乗って耳元でささやくことにしていた。イーナに気付かれないようにする配慮だけども、さっきまで肩に乗っていたのはただ眠たかっただけである。シュロは良く眠る動物である。シュロエは別種ではあるものの、人族と比較すると一日の睡眠時間はかなり長い。そのため、一緒に行動をしようとすると、少しばかり無理がある。


 イーナは抗議をすることなく、岩の一つに腰掛けると隣の岩で毛繕いを始めたククルを見つめた。強張った表情もククルを見ている間だけは僅かに緩む。それを見てルーは満足そうに頷いた。


「キトリー、行きましょう」

「うん」


 街道は森の中を横切っているが、森の浅い部分であるためそれほどの危険はない。雪解けの始まったいま、春の息吹が少しずつ芽を出し始めている。冬眠から獣が目覚めて森の中を歩き始める頃合でもあるので、注意は必要だ。イーナたちの姿がギリギリ確認できるくらいのところで薪拾いをする。本格的に暖を取るわけではないのでそれほど必要なわけではない。


 日差しが温かくなって来たとはいえ、まだまだ気温は低い。歩いている道中はともかく、休憩をすると身体を冷やして体調を崩すこともあるので、火を熾すことにしている。もちろん、簡単な調理をするという意味もある。

 適当に薪を拾っていると、雪の下からトポが顔を出していた。大きさもちょうど食べごろである。


「ルー」

「なんですか?」


 すぐ近くで薪拾いしていた彼女にトポの指差すが、彼女は怪訝な顔をしている。


「知らない?鮮度が命だから、街ではあまり見ないのかな?焼いて塩ふるだけでも美味しいから、いくつか拾っていこうか」

「そうなんですね。ちょっと楽しみです」


 薪と一緒に両手いっぱいにトポを拾って休憩場所に戻った。薪を並べて、火をつけるのはルーの役目だ。いままでは直接火をつけていたけども、新しい魔法を習ったルーは少し離れたところから着火を試みる。詠唱句を覚えただけでは、本当の意味で魔法を覚えたとは言えないのだ。


「イーナさん、少し下がってください」


 キトリーの指示に怪訝な顔をしかめながらも、立ち上がり薪を重ねたところを離れる。不満そうな顔は相変わらずだけれども、こちらの指示に従ってくれるだけマシかと思う。前よりもさらに長くなった呪文をルーが唱え、キトリーは様子を伺いながら昼餉の準備をする。街で新たに手にいれた小さな鍋に水をいれて、スープをペースト状にしたものを小さじいっぱい入れる。そこに、干物肉をナイフで小さく切って投入する。一欠けらだけスープではなくククルの前に差し出した。


 呪文の詠唱を終えたルーが、発動句を口にする。


「ブブ・エランガ」


 こぶし大の火の玉がルーの目の前に発現すると、熱量を伴って飛んでいく。「炎の矢」という炎系の最下級の魔法であるが、兵士の射る弓矢よりも遥かに遅い。魔法を使いこなせば、熱量を増すことも、速度を上げるとも可能になる。あくまでも少しずつ慣らして行くしかない。


「え?」


 いままで自ら言葉を発することの無かったイーナが思わず口を滑らせる。何しろ、ルーの魔法は地面に積み上げられた薪とは全然違う空の彼方に飛んでいったから。


「また、ダメでした…」


 がっくりと肩を落とすルーに、キトリーは「次はうまくいくよ」と声をかける。スリングを教えたときも、最初はこんなものだった。それでも、いまは前に飛ばせるようになっているのだ。何事も一歩ずつである。ルーは気を取り直して、限りなく近い位置から、同じ魔法を唱える。さすがに手が届く距離であれば、着火に成功する。


 イーナが険しい顔つきでキトリーとルーの顔をうかがうように見ていた。護衛としての能力に疑問を抱いているのだろう。街道沿いが比較的安全だといっても、危険がないわけではないから。イーナのため息を無視して、キトリーは先ほど用意した鍋を火にかける。さらに、木の枝を尖らせたものに、トポを突き刺して火であぶった。


「なんで、うまくいかないんですかね」

「うーん。スリングのときもそうだったから練習あるのみだよ」

「それは分かるんですけど、スリングはこう、手に握っているし、なんとなく方向を定めやすいんですけど、魔法は実態が無いから良く分からないんですよね」

「じゃあ、スリングで狙いをつけながら魔法を唱えてみるとか?」

「スリングに集中してしまって、魔法が出てきませんよぉ」

「はは、やっぱり一歩ずつってことだね」


 表面がちりちりと言いはじめたトポを手に取り、塩を振る。それをイーナとルーにそれぞれ一つずつ渡すと、キトリーは自分の分を一つ確保して、残りは鍋に投入する。生のまま入れると、トポの独特の香りがスープについてしまうが、軽く火を通してスープに入れると具材の一つとしてきちんと調和する。


「いただきます」


 ルーがトポを小さく齧る。初めての味わいに彼女の目が大きくなり、すぐに笑顔になる。


「美味しい」


 いつものニコニコ顔を確認して、キトリーも手を伸ばす。独特のほろ苦さや香りがあり、春の到来を感じる。取ったばかりを食べるのは本当に美味しい。イーナは木の枝に串刺しにされたトポに目を落としながらも、口を付けようとはしなかった。そういえばルーもはじめてのときは躊躇していたかと思い出す。


 スープもぐつぐつと沸騰し、いい香りが漂い始めていた。木製のスープ皿に三人分よそおって、それぞれに手渡した。イーナはトポの串を握ったままである。


「これはこれで…」

 

 スープの中のトポを頬張りながら、ルーが満足な顔をする。キトリーもスープを口にする。まだまだ、肌寒いので温かい飲み物は心も身体も温めてくれる。串刺しのトポには躊躇していたイーナも、スープには口をつけた。街で買った携帯用のスープの元だけど、干し肉とトポを入れたことで味が深みが増している。イーナの表情に変化は見られないけども、スープを飲み干してくれただけで良しとする。トポの串焼きは最後まで手をつけなかったが・・・。


「イーナさんはそのまま休憩しててくださいね」


 ルーは食事の片づけをすると、魔法の練習を始めた。せっかく炎を飛ばせるようになっても、対象にぶつけることができなければ、意味がないからだ。キトリーもいつものように槍術の修練を行う。王都で買いなおした槍はまだ手に馴染んでいなかった。斬る、突く、払う。一つ一つの動きを確かめながら、身体に馴染ませていく。


 ククルはお昼を食べて満足したのか、大きくあくびをすると岩の上で丸くなる。イーナは手持ち無沙汰に遠くを見つめていた。彼女が何を考えているのか、キトリーには全く想像もつかなかった。


次回、薬草採集

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